第五十五話 自己強化
短い昼寝から覚めて寝室から出ると、ドアの外にテレジアが控えていた。
「ずっとそこにいたのか? テレジアも休んでいいんだぞ」
テレジアは首を振って、俺をじっと見る――俺が起きてくるまで待っていたかった、ということだろうか。
彼女も魔力が少し減っていたが、五十嵐さんは技能を限界まで使っていたのでさらに疲労が大きい。魔力をすぐに回復する手段があればいいのだが、今のところはポーションが手に入りにくく、高級な寝室での睡眠がもっとも効くという状況だ。
居間に行くと、エリーティアたちが話をしていた。俺に気がつくとスズナが席を立って挨拶しようとするが、その前に制する。
「いや、座ったままでいい。俺はちょっと出てくるけど、何か買ってきて欲しいものとかあるか?」
「コンビニとかあったらいいんですけどねー、そこまで便利ではないですよね」
「生活に必要なものは、ロイヤルスイートのお部屋だと備えつけてありました。毎日補充してもらえるみたいです」
男性よりも、女性の方が必需品は多い――そういうことを失念していたが、部屋のランクが上がることで自然に生活用品の問題は解決された。
「足りないものは、私に申し付けていただければ手配できますので、いつでも言ってください」
「ああ、金貨百枚ずつは一人ずつの小遣いとして自由に使ってくれ。それでもまだ一万枚以上あるから、大量出費があるときはみんなで合議をして使うかどうかを決めよう」
ジャガーノートの賞金と素材で金貨9500枚、さらに『空から来る死』の賞金が1600枚で、それだけでも一万枚を超えた。
大きな出費があるときに金貨が足りない事態は避けたいので、いちおう金貨の半分はパーティ財産、残りは個人で山分けという感覚で考えてはいるが、いざというときのために倹約しておきたい。
「すごい……アリヒトお兄さんのパーティは、八番区で一番資金がたくさんあると思います」
「八番区ではそうだけど、七番区がもう見えてきてるからな。あと手に入った赤い箱二つがあるから、その中身次第ではもう少し増えると思う」
「マドカちゃんがいると物を買う時は割引ができて、売るときもちょっと高くなるそうですよ。余ったものを売るときも、お得になりますよねー」
黒い箱から出てきた大量の初心者用武器・防具は、どのみち売却価格が二束三文なので影響は少ないが、高額なものを売却するときは、もし1割でも高く売れれば大きく違ってくる。商人たちとの付き合いもあるので、毎回値段交渉をせず、肝心なときのみにするのが重要だとは思うが。
「アリヒト、みんなの技能を見てあげたら? あなたの技能も増えていると思うし」
「あ、私たちは後で大丈夫ですよー。一度にお願いしたら、お兄ちゃんも大変ですし」
「ミサキちゃんと、夕食のあとで聞きに行こうって話していたんです」
一気に見てもいいのだが、取得する技能は熟考して決めたいので、一人ひとり時間を取るべきではある。
そういえばマドカがパーティに入ったので、俺は単身で寝ることになったわけだが――まあ男一人なので、それが自然といえば自然だ。
「……アリヒトの部屋に一人ひとり訪ねていくの? 今のミサキと二人きりにすると、アリヒトが危ないんじゃないかしら」
「そ、そんなことないですよー。お兄ちゃんは私より、スズちゃんみたいな子が好みで、さらに言うとキョウカお姉さんに踏まれたい人なんですから」
「いや、踏まれたくはないが……どういうイメージで俺を見てるんだ」
「キョウカお姉さんとお兄さんは、すごく仲良しですよね。お姉さんがお兄さんをいじめるなんて、そんなこと絶対ないと思います」
俺は思わず遠い目をしそうになる――五十嵐さんにも色々あったとはいえ、俺を長く真綿で締め付けるように苦しめてくれたわけで、ツンデレのデレがない、いわゆるツンドラというやつだったのは紛れもない事実だ。
「あ……キョウカ。どうしたの、具合が悪いならもう少し休んだら?」
「っ……い、五十嵐さん、大丈夫ですか?」
部屋から出てきていた五十嵐さんが、ばっちりマドカの発言を聞いていてダメージを受けている。こうして過去のことを思い出すたびに彼女が落ち込んでしまうとしたら、それは俺への仕打ちを反省してくれているからというわけで――だが、すでに溜飲は下がりきっているので、それこそ俺が五十嵐さんを虐めているみたいになってしまう。
「い、いえ……何でもないのよ。ちょっとまだ、魔力が回復しきってないみたいね」
「この部屋でも、一晩寝ないと回復しないから……ん……私も眠くなってきたかも……」
「エリーさんもおねむですかー? スズちゃん、お昼寝する?」
「うん、私も少し魔力が減ってるから……ふぁ……」
ミサキも魔力を使うようなことをしてないので元気だが、スズナも『皆中』『盛り塩』でかなり消耗している。
そんなわけで、五十嵐さんとテレジアを残してみんな昼寝に行ってしまった。マドカもライセンスを介して遠隔地にオーダーを送るときに魔力を使うらしく、パーティメンバーの魔力の減りを確認すると、四分の一ほど減少していた。
「五十嵐さんも、もう少し休んだ方がいいですよ」
「……ごめんなさい、後部くん」
「い、いや……思い出させちゃってすみません。でも、今のマドカには、五十嵐さんが優しそうに見えるんだと思います。実際優しいですしね」
「そ、そんなこと……まだ罪滅ぼしには、足りなさすぎるわよ……」
俺の指示にあれだけ従って、危険な役割を果たしてくれているのに、彼女はまだ足りないと思っている。
それが自己犠牲なんてことに繋がらないよう、ここはしっかり俺の考えを伝えておくべきだろう。
「五十嵐さんがいないと、ここまで来られなかったですよ。もう、罪滅ぼしとかそんな話は終わってるんです。そんな気持ちで戦ってたら、いつか五十嵐さんは、俺のために大怪我をするかもしれない。そうなったら、俺は後悔するどころじゃすまないですよ」
「……ごめんなさい、考えなしなことを言って。私、後部くんに嫌な思いをさせてばかりで……」
「っ……い、いや。心配はしてますが、嫌な思いとかじゃないです。ただ、もうイーブンにしませんかっていうことなんですが……引け目に感じることは、もう終わりにしませんか」
「……それって、後部くんの立場だったら、普通自分から言わないと思う」
「ま、まあ確かに……」
過去のことを簡単に水に流すというのは、俺がよくても五十嵐さんが納得しない。では、どうすべきなのか。
「…………」
じっと様子を見ていたテレジアが、何を思ったのか、五十嵐さんの後ろに行き、肩に手を置く。
「っ……ああ、びっくりした。ごめんなさい、後部くんに面倒かけちゃって……テレジアさんと外出するところだったんだものね」
「…………」
そうなのか、というようにテレジアがこちらを見る。俺としてはそこまで考えていなかったが、彼女は魔力の減りもそれほどでもないので、同行してもらうのは問題なさそうだ。
「あ、ああ。テレジアの技能も見ておきたいしな。レベル2つ分、新しい技能が溜まってるし……五十嵐さん、面倒ってことはないですよ。テレジアも別に、見ててしびれを切らしたってわけじゃないと思います」
「……じゃ、じゃあ、行ってらっしゃい……ませ」
「ま、ませ?」
「だ、だから。自主的に、後部くんにしたことを謝らせて欲しいと思って……」
それで『行ってらっしゃいませ』とは、何か恥ずかしい罰ゲームのようだが、正直を言うと悪い気はしない――誤解されては困るのだが、俺は別に『ご主人様』的な立場に憧れているということはない。あくまで世間並みのはずだ。
「……私は後部くんのことを、尊敬してるから。今になってそんなこと言っても、なかなか信用できないと思うけど……信じてもらえるまで、頑張ってもいい?」
「もう十分頑張ってますから、これ以上は申し訳ないですよ」
「でも……わ、分かったわ。それならこれからすることは、私が自主的にすることだから。謝罪とか、そういうのじゃないから」
よほど恥ずかしいのか、五十嵐さんは耳まで真っ赤になっている。テレジアは彼女の肩に手を置いたままだったが、すっと離れてこちらにやってきた。そして、俺に席に座るようにと、控えめに袖を引っ張って促す。
「…………」
「え……あ、ああ。テレジア、ここで技能を選んでほしいってことか?」
テレジアはこくりと頷く。真面目な話に戻ったので、五十嵐さんは台所に向かい、お茶を淹れに行ってくれた。
その間にライセンスを出し、テレジアの技能を表示する。元傭兵のテレジアはライセンスを持っていないので、俺が代わりに表示する必要があった。
◆隷属者の技能開示 『テレジア』◆
リザードスキン1 アクセルダッシュ
索敵拡張1 警戒1 無音歩行
◆取得可能な技能◆
スキルレベル2
シャドウステップ:残像を残しながら回避し、敵を幻惑する。
隠れる:敵に攻撃するまで全く気づかれなくなる。必要技能:無音歩行
指先術2:中程度の難度の鍵、罠を外すことができる。必要技能:指先術1
スキルレベル1
ダブルスロー:投擲武器を二つ同時に投げる。
アサルトヒット:敵に気づかれずに攻撃すると打撃が2倍になる。
ピックポケット1:相手に気づかれずに指定の所持品を盗めることがある。
縄抜け:拘束状態になっても脱出できる。
指先術1:難度の低い鍵、罠を外すことができる。
残りスキルポイント:7
「攻撃系と補助の技能が一気に増えたな……おっ、ダブルスローは良さそうだな」
「…………」
ダブルスロー、アサルトヒットは使えそうなので取っておく。そして、アサルトヒット後に安全に離脱するため、シャドウステップを取る――ここまで取ってしまうなら、アサルトヒットに確実に繋げられる『隠れる』も欲しいところだが、指先術2が取得できるので、1と一緒に覚えてしまうという手もある。
「鍵を開けたり、罠を解除する役目をテレジアに任せてもいいか?」
「…………」
テレジアは戦闘向けの技能に興味があるようだが、すでに三つ取得する予定に入っていると説明するとこくりと頷いた。『隠れる』は次のレベル以降で再検討だ。
「ダブルスローのために、投擲武器を手に入れないとな。ショートソードは接近戦用に持っておきたいから、同時に持ち歩くためにあまり重くない武器を探そう」
「…………」
投げナイフだと数を投げきったら終わりだが、ミサキも鉄のサイコロをほぼ使い捨てにしているので、投擲武器はそういうものだと思うほかはない。手元に戻ってくるような効果がついているものがあれば、それを魔石やルーンで強化すれば、テレジアの瞬間攻撃力はかなり上昇しそうだ。
「さて、次は俺か……」
自分の技能をライセンスに表示する。テレジアの技能を見て俺のは見せない、というのもそろそろ不公平なので、彼女には見ていてもらうことにした。
そして俺は目を見開く――まさにこういったものが欲しかったという技能が、いくつも表示されていたからだ。
◆習得した技能◆
支援防御1 支援攻撃1 支援攻撃2 支援回復1 支援高揚1
鷹の眼 アザーアシスト バックスタンド
◆取得可能な技能◆
スキルレベル2
支援防御2:前にいる仲間に自分の防御能力と同等の防壁を張る。
殿軍の将:前に仲間が多くいるほど、自分の能力が上昇する。
スキルレベル1
支援連携1:前にいる仲間に連携技を発動させる。
支援魔法1:前にいる仲間の魔法を、50%の消費魔力・威力で重ねがけする。
支援回避1:前にいる仲間がまれに『絶対回避』を発動する。
支援招集1:近くにいるパーティを後方支援として招集する。
アシストチャージ1:前にいる仲間に魔力を少し分け与える。
後ろの正面:魔力を5ポイント消費し、一定時間後方まで視界が広がる。
バックドラフト:後ろから攻撃されたとき、自動的に反撃する。
残りスキルポイント:3
「…………」
テレジアが無言で指差したのは『殿軍の将』だった――
もちろん本来の意味通り、逃げる時に俺の防御力が上がれば、皆を守る役割を果たせる――どれくらい防御力が上がるかにもよるが。
テレジアは俺の身を守るスキルを取った方がいいと進言してくれているようだ。ずっと指で同じところを差したままでいる。
「本格的にスキルポイントが足りなくなってきたな……とりあえず、もしもの時のために『アシストチャージ』を取る。『殿軍の将』は……」
それよりも取ってみたい技能が多くある。『支援連携1』――上手く扱えれば、パーティ全体の攻撃力を底上げできそうだ。
「…………」
「そ、そんなに取るべきだと思うか……?」
こく、とテレジアは頷く。俺が選ばずにいると、もう一度頷く――これで他の技能を選んだら、言葉の発せられないテレジアがどんなふうに落胆するかと思うと、とても意見を無視するわけにはいかない。
「……よし、分かった。自分を優先するのは『後衛』の本分じゃないとは思うが、いつか取りたいのは確かだからな」
テレジアは何も言わず指を引いて、膝の上に両手を置き、かぁぁ、と蜥蜴のマスクが赤くなる。技能のことで俺に意見を出したことを、今になって遠慮しているのだろう。
「正直を言うと、俺も自分を強化する技能が一つくらい欲しいと思ってたんだ。仲間がいないと意味がないけどな。テレジアやみんなが俺の前にいてくれたら、それだけで強くなるわけだ」
「そんな技能があるの……? 後部くんって、本当に後ろにいるほど強くなる職業なのね」
話を聞いていた五十嵐さんが俺の前にティーカップを置く。テレジアは熱いのは苦手なので、ストックされているお茶をグラスに入れて持ってきてくれた。
「そうだ、五十嵐さん。今取った技能で試してみたいものがあるので、俺に背中を向けてもらって立ってもらっていいですか」
「え、ええ……これでいいの?」
(五十嵐さんに魔力を分け与える……『アシストチャージ』!)
「っ……!」
俺の身体から魔力が放たれ、五十嵐さんの魔力と混じって増幅される――俺の魔力が全体の十分の一ほど減り、五十嵐さんはその二倍くらい回復した。俺と五十嵐さんのレベルに差があるから魔力値も違うのだろうが、どうやら俺が消費した魔力よりも、回復量は大きくなるようだ。
「あ……身体が少しだるかったのに、疲れが軽くなったみたい。これも後部くんの技能なの?」
「ええ、そうです。俺の魔力を使って、前衛の魔力を回復させられるようになりました。これで、もし『ブリンクステップ』を使う魔力が足りなくてもチャージできますね」
「っ……そ、そこまで考えて技能を取ってくれたの? 私が危なっかしいから……?」
「回避は重要ですからね。それに、今も元気が出て良かったですよ」
五十嵐さんは何かを言おうとして、言葉にできずに、俺たちの向かい側に座った。
「……こういう人だから、テレジアさんも頑張ってね。なかなか恩返しをさせてくれないわよ」
「…………」
「え……テレジアもそんなこと考えてるのか? というか、五十嵐さんとの方が通じあってないか……?」
動揺する俺をテレジアはただ見返し、五十嵐さんと頷き合う。やはり、女性同士でないと分からないこともあるということか――少々悔しいが、二人の和やかな空気を見ている分には悪い気はしなかった。
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