第五十四話 商人組合

 報告を終え、ギルド近くの医療所に行き、リヴァルさんたちの様子を見に行く。魔法職の男性は復帰まで三日ほどかかるそうだが、命に別状はないとのことだった。


「すまねえな、アリヒトも疲れてるだろうに顔を出してもらって」

「確かに、戦いのあとはいつも多少は気疲れしますが。仲間がいると、俺の負担はそれほど大きくないですから」

「本当に大したもんだ。デビューからまだ三日で、もう貫禄が出てきてやがる。この区で過ごす時間も残り少ないだろうが、おまえみたいなルーキーに会えて良かった。たまには八番区にも顔を出してくれよ、寂しくなるからな」


 リヴァルさんは多くのルーキーたちに出会い、そして見送ってきた。その中でも強く印象に残ったというなら、光栄という他はない。


「ありがとう、アリヒトさん。あんたのおかげで、俺たちは仲間を失わずに済んだんだ」

「リヴァル兄さんは、あたしたちの恩人なんです。初級迷宮でつまずいてたあたしたちを助けてくれて……」

「本当なら、野心を持って迷宮に潜り続け、いい武具を手に入れて上を目指すべきなんだろう。だからアリヒト、お前は俺にとって眩しい存在だ。俺たちは、俺たちにできることをやっていく。アリヒト、こんな言い方は重荷かもしれないが、俺たちの夢をお前に託させてくれないか」

「……分かりました。行けるところまで行きます。でも俺は、いつだって夢を再開してもいいんじゃないかとも思いますよ」


 初心者の救助を後進に引き継ぎ、再び迷宮に潜る――そういう選択をする自由は、どのパーティにでもある。


「……そうだな。そうだ……何を諦めたようなことを言ってたんだ。アリヒト、本当にお前は……」

「俺も、まだ見知らぬ強い敵の攻撃を受けてみたい。リヴァルに盾を使わせるなんて体たらくで、何を言ってるのかと思うだろうが……」

「あたしも怖くて、あのすごい色の化物に何もできなかった。でも、負けたままでいたら心が死んじゃいそうだから……できるだけ、みっともなくもがいてみます」

「俺も毎回ヒヤヒヤしてます。それでも仲間がいてくれるから、何とか逃げずにいられてるっていうだけですから」


 一人では手が届かなかった壁も、仲間と連携し、あるいはパーティの誰かが新しい技能を得ることで、超えられるようになるかもしれない。


 『後衛』が、仲間を支援することにかけて万能であることから、俺が技能の可能性を無限に感じているところはある――だが、仲間たちの技能にも強力なものはあって、何度も助けられている。


 探索者としての目の輝き――野心を取り戻したリヴァルさんたちと、いつか他の区で会う日が来るだろうか。それもこの迷宮国で生きていく上で、楽しみにしておきたい。無数のパーティの中で、縁あって知り合える数は限られているのだろうから。


 ◆◇◆


 リヴァルさんたちと別れ、ギルド前の広場に向かう。すると、シオンを迎えに来てくれたのか、ファルマさんがアシュタルテを連れてきていた。


「あっ……お疲れ様です、アトベ様。この度は町をお救いいただき、住民の一人として篤く御礼申し上げます」

「それを言うなら、俺も住民ですから。この町には平和でいてもらわないと困りますからね」


 ファルマさんはくすっと上品に笑うと、お座りをして五十嵐さんに首を撫でられているシオンを見やった。


「この子の気持ちは、今日のことを通してよくわかりました。アトベ様……もしよろしければ、シオンをお連れいただけませんか? これからもパーティの一員として」

「えっ……そ、そんな、こんなモフモフして、大きくて可愛い犬なのに、いいんですか?」

「……バウッ」


 なぜか五十嵐さんが慌てている――シオンが仲間になってくれたら嬉しいと思っていたんだろう。


 俺も「カバーリング」で何度も助けられたし、シオンは頼りになる。テレジアも怖がっている様子は無くなったし、エリーティアと一緒に前衛を務めてもらえば、パーティはさらに盤石となる。


「ありがとうございます、ファルマさん。お言葉に甘えて、シオンを預からせて……いや、俺のパーティに正式に入れさせてもらえますか」

「はい、喜んで。この子もとても喜んでいます……あらあら、そんなに尻尾を振って」


 シオンはおすわりをしたまま、大きな尻尾をふわふわと振っている――テールカウンターをするときと違って、ゆったりした動きだ。


「アシュタルテ、シオンはアトベ様と一緒に、もっと立派になって帰ってくるから。心配しないで見送ってあげてね」


 アシュタルテはファルマさんを静かに見返してから、シオンに近づいていく。そして、ペロペロとわが子の毛を舐め、毛づくろいを始めた。


 それも終えると、シオンは一度だけ母犬の胸に顔を寄せてから、そっと離れた。アシュタルテは目を細め、俺の前にやってくると、地面に伏せるようにする。


「よろしくお願いします、ということみたいです。アトベ様、アシュタルテを撫でてあげていただけますか? それで、了承ということになります」

「ああ……シオンは絶対無事に帰すからな。寂しくなると思うが、定期的に会いに来るから」


 アシュタルテは俺が頭を撫でると目を閉じる――それが、彼らにとっての服従、あるいは信頼の証だということだった。


「ちなみにファルマさん、アシュタルテのレベルはいくつなんですか?」

「アシュタルテはレベル13です。ふだんはギルドのお使いで、上の区の難度の高い迷宮にも行っていますので……」


 レベル9のエリーティアが現時点で破格の強さだというのに、それ以上とは――正直一匹で八番区の治安を維持できそうだが、強者には強者の仕事があるということか。


「シオンもレベル13になったら、あんなに大きくなっちゃうのかしらね……」

「あはは、レベルと大きさが関係あったら、エリーさんはもっと大きくなってますよー」

「っ……だ、だから、小さくないって言ってるでしょう。平均身長には届いているわ」


 五十嵐さんたちのやり取りを聞いてファルマさんがもう一度笑う。彼女も少し寂しいと思っているのだろう、シオンに近づくと、その首元を優しく撫でていた。


 ◆◇◆


 『曙の野原』前にある広場の修復が行われるため、マドカはいつも開いている露天を撤収し、俺が新しく借りた倉庫に在庫を入れて、商人としての活動を続けることになった。


 『オレルス夫人邸』にやってきたマドカはその豪華な内装に感嘆しきりだったが、彼女が商人としてどんなことができるのかと尋ねると、談話室で説明してくれた。みんなも同席して、マドカの自己紹介も兼ねて、お茶を飲みながら話を聞くことにする。


 いつもつけているターバンを外して、マドカは少しぺたんとしている黒髪のボブカットを整える。頭装備をしているメンバーは今はみんな外しているが、マドカと同じように髪に癖がつくのが難点だと言っていた。


「初めまして、アリヒトお兄さんからご紹介にあずかりましたが、改めてご挨拶させていただきます。マドカ=シノノギと申します」


 みんなも一人ずつ名乗っていく。シオンは屋敷に入れず、護衛犬用の犬舎にいる――犬が入っても大丈夫な宿舎も、中にはあるらしいのだが。


「私は『商人』という職を選んで、『商人組合』に加盟したので、八番区で組合に加盟しているお店とは、ライセンスで連絡を取ることができます。特定の商品を探したいときに検索したりできますし、素材を加工してもらう工房の場所を探したり、スケジュール状況について確認することもできます」

「それは……まさに商人の特権っていう感じだな」

「お店を一つひとつ回らなくて良くなるのは凄く便利ね」

「できれば、ルーンを装着するところはこの目で見たいが……加工の見積もりとかは出せるのか?」

「はい、少しお返事に時間はかかりますが。複数の同業者さんで見積もりを出すこともできます」


 この話を聞く限りだと、『商人』だけネットショッピングが使える特権を持っているような感覚だ。パーティに一名いるかいないかで大きく変わってくる。


「メリッサさんのところにも連絡ができるので、先ほど討伐された魔物の素材についても、加工をお願いすることができますよ。パーティリーダーの認証が必要なので、アリヒトお兄さん、ここを押してもらっていいですか?」

「ん……こうか。おお……これは便利だな」


 ◆アリヒト=アトベ様 解体所からの報告◆


 ・フライングドゥーム 32体 素材利用不能

 ・フライングドゥーム解体時に『吸体石』を2個発見

 ・スイートバード 5体 肉、武器、防具に加工可能

 ・★空から来る死 1体 表皮を防具に加工可能

 ・★空から来る死 の体内から『赤い箱』を発見


 触手の塊のフライングドゥームは加工しようがないだろうと思ったが、その通りだった。食用にも使えないとは、見た目通りまずいのだろうか。しかし数を多く倒したので、ドロップ品の『吸体石』が出ている――名前からして、もしかして攻撃と同時に体力を少し吸収したりするのだろうか。


 スイートバードの羽根は矢に使えるらしいので、スズナの矢に加工してもらう。羽毛で帽子を作れるというので、それも作ってもらうことにした。


 そして、空から来る死――触手を落としたあとに皮をきれいに剥がすことができ、それが防具に使えるらしい。赤い箱の中身は黒い箱と比べるとかなり少ないらしいが、箱はロマンの塊なので、開けるのが楽しみではある。


「……あの『名前つき』から作れる防具は、ラバーみたいな触感の、身体にフィットするアーマーか……」

「そ、そこで私を見られても……着てほしいの? レディアーマーでまだ十分だと思うわよ、エリーさんのお墨付きだし」

「確かにキョウカの鎧はしばらく使えそうだと思うけど、名前つきの防具なんて滅多に作れないから、誰か装備できるといいわね。テレジアはどう?」

「…………」


 どういう装備か分かっていないので、テレジアは無言でこちらを見るだけだった。ボディアーマーからラバーアーマーに進化したら、どうなってしまうのだろう――いよいよ首から下のリザードマンらしさが失われてこないだろうか。


「まあ、性能を見てからにするか。せっかく装備にできるなら、してもらった方がいい」

「では、オーダーはこちらで送っておきますね。鍛冶屋さんは、どちらを利用されますか?」


 ルイーザさんの紹介を受ければまた穴場を教えてくれるかもしれないと思ったが、とりあえず並んでいる店名に目を通してみる。


「……ここの職人の人が一番レベルが高いのか。レベル7、ファルマさんと同じだな」

「そうすると、探索者の私たちより、支援者の人の方が強いのね……」

「職人のレベルも1から7までありますから、全員強いわけじゃないとは思います。より技能を磨こうと思うと必然的に高レベルになるんでしょうね」


 彼らが探索をせず、支援に徹してくれているので、俺たちが八番区の序列一位を取れたということになるか。いずれにせよ、高いレベルの人の技術を見てみたいとは思う。


「じゃあ、ここの職人さんで……うわ、予約が凄いな。そうか、そういうこともあるか」

「二週間待ちですから、キャンセルが出てもかなり待つことになりますね……お兄さん、どうされますか?」

「分かった、やっぱりツテを探してみよう。後でメイドのミレイさんにも聞いてみるかな」


 メリッサに加工を頼んだ装備は、明日の朝届けられるとのことだ。魔石の類は短時間で取り付けできるので、その場で使うものを選んで彼女に頼むことにする。


 まだ昼下がりなので、あとは夕食までそれぞれ自由行動とした。俺も一度昼寝をしてから、鍛冶屋について情報を集めるとしよう。

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