第五十三話 飛び級
八番区の被害状況は、建造物およそ三十棟が破損、怪我人は46名、うち重傷者が2名とのことだった。
スタンピードで死者が出ることも珍しくなく、初級探索者に敬遠されて魔物の増えがちな『午睡の湿地』には、定期的に上位探索者を招聘することによる魔物掃討が行われていた。しかし予想より遥かに早くスタンピード警戒域に入ってしまい、今回の事態が起きてしまったのだという。
守備兵が迷宮に入って積極的に魔物を討伐しないのは、彼らが町の治安を守ることを優先しているからである。カルマ上昇反応があれば即座に急行しなくてはならない彼らはそこまで大人数ではなく、レベルも非常に高いというわけではない。八番区の守備隊長はレベル5で、他の探索者はほぼそれ以下だった。
それゆえに、レベルは非常に上がりにくい――はずなのだが。『名前つき』と遭遇する頻度が高い俺たちは、通常では考えられない速度で成長している。
エリーティアはさすがに連続でレベルアップとは行かなかったが、経験値バブルが5つ溜まっていた――レベル5の名前つきを二体討伐すれば、彼女もレベルが上がる可能性がある。休みなく探索しているので経験値が減るペナルティはないが、そのうち休養してどれくらい減るのかは検証しておかなければ。
さておき、今日も俺はみんなに外で待ってもらい、リーダーとしてルイーザさんに戦果報告を行った。
「では、ライセンスを拝見させていただきます……ああ、やはり……」
◆今回の探索による成果◆
・★1迷宮のスタンピードを鎮圧した 1000ポイント
・『アリヒト』のレベルが5になった 50ポイント
・『テレジア』のレベルが5になった 50ポイント
・『キョウカ』のレベルが4になった 40ポイント
・『スズナ』のレベルが4になった 40ポイント
・『ミサキ』のレベルが3になった 20ポイント
・『フライングドゥーム』を32体討伐した 480ポイント
・『スイートバード』を5体討伐した 80ポイント
・『デミハーピィ』を3体捕獲した 240ポイント
・賞金首『★空から来る死』を討伐した 1600ポイント
・パーティメンバーの信頼度が上がった 300ポイント
・合計32名を救援した 960ポイント
・『リヴァル』を救助した 100ポイント
・『マドカ』を救助した 100ポイント
探索者貢献度 ・・・ 5060
八番区歴代貢献度ランキング 1
七番区貢献度ランキング 332
「ルイーザさん、やはりというのは?」
「アトベ様が短期間に非常に大きな貢献をしたため、ギルドはあなたがたを無試験で七番区の序列に組み入れました。おめでとうございます、最初から七番区の中級住宅を使用することができますよ」
「中級住宅……もしかして、一軒家を借りられるんですか?」
「はい、テラスハウスになりますが。マンションタイプの方が好みだからと、集合住宅を選択される方も多いです」
「なるほど、ライフスタイルも色々ですからね」
当面は借家、賃貸的な住宅で暮らすことになるわけなので、良い物件でも腰を落ち着けられないわけだが――いずれはここを拠点にしたいという場所がどこかの区に見つかるだろう。
「でも、無試験っていうのは寂しいですね。同じところに泊まってる『北極星』っていうパーティも試験を控えてると思うんで、できれば一緒に受けたいんですが」
「北極星……あっ。その方たちでしたら、今日の早朝に『呼び声の森』での試験に入られています。まだ、帰還されていないようですが……」
「それで、町で姿を見なかったんですね。試験って、数日がかりになったりすることもあるんですか?」
「はい、七番区からは迷宮内での野営も必要になってきますので、その訓練も兼ねています。魔物の夜襲などもありますが、それに対する対処も試験項目に含まれます」
「それは色々と、いい訓練になりそうですね。仲間との相談にはなりますが、予定通り明日試験を受けさせてもらってもいいですか?」
「はい、ご希望されるのであれば、もちろん試験のご用意をいたします。戦闘には参加しませんが、万が一のために、ギルドセイバーが一名同行することになっています」
それなら『北極星』のゲオルグたちも、何かあっても無事に戻ってくるだろう。彼らも意地があるし、見事に試験をクリアして帰ってきそうだ。
「では、私は町の修復についての会議に出ないといけませんので、失礼いたしますね」
「かなりお金がかかると思うんですが、もし負担が大きかったら俺からも……」
「いえ、こういったときのために、全ての区の住人たちで作っている基金がありますので。個人的に出資していただく必要は、原則としてございません。お気持ちだけで大丈夫ですよ」
「そうですか……それを聞いて少し安心しました。傭兵斡旋所が半壊していたので、かなり修復が大変そうだと思っていたんです。他の建物も、俺たちが戦闘するときに壊れてしまってますし」
「これでも被害は小さいほうです。地上を荒らし回るタイプの魔物が出てきてしまうと、人的にも、物的にも、途方もない被害が出ることがあります……そうならないよう、スタンピードの危険度は常に一定以下に保たなくてはいけないのですが」
ルイーザさんの態度が徐々に柔らかくなってきたと感じていたのに、今日は硬い受け答えに見えるのは、スタンピードのことで彼女が責任を感じているからだろう。
「俺たちも厄介な敵だと感じる魔物たちでしたし、みんなが敬遠するのはある程度仕方ないと思います。魔物の発生源みたいなものを封鎖したりはできないですか?」
「それは……魔物には出現条件があり、それを把握すれば、出現を抑制することもできるそうです。それこそ、『魔物学者』の方が一部の魔物について研究結果を公表しているだけで、ほとんど明らかになっていないのが現状です」
「そうすると、危険度が上がってきたら対応するしかないですね。俺たちにも知らせてください、もう対策はしっかりできているので、効率よく魔物を減らせると思いますよ」
「一度スタンピードが起こると、よほど長く放置することがなければ、再度発生するまでに日にちがかかります。ですので、魔物掃討のスケジュールを見直して、未然に再発を防ぎたいと思っています」
おそらく『午睡の湿地』のように、敬遠されがちな迷宮は他の区にもあり、スタンピードの危険はそこらじゅうの迷宮で高まり、ギルドセイバーや守備兵は対応に追われていると考えられる。
最も恐ろしいのは、上の区で活躍する冒険者でも魔物の数を減らすことに苦労するような迷宮が、スタンピードを起こした場合――八番区でもこの被害なのだから、一つ間違えば惨事にもなりかねない。
自分の実力に合った迷宮に勤勉に潜り、魔物と戦い、それぞれの区でスタンピードを防ぐ。それもまた、探索者の使命であると言える。
だが全員が勤勉ではなく、命をかけて魔物と戦い続けられるわけではない。
「……迷宮というものが、とても厄介なものだと感じておられますか?」
「正直を言えば、そういう部分もあります。手強くて、謎だらけで、気を抜けばスタンピードを起こす。そういうものを数多く集めたこの国は、一体なんなんだ……とも思いますが。だからこそ、序列を駆け上がって、色々なことを知りたいとも思います」
「アトベ様……あなたは、とても高い志をお持ちです。やはり私よりも、もっと優秀で、私情を持ち込まない担当官を選ばれたほうが……」
――鷲頭の巨人兵を倒したあと、結果報告のときから、彼女はどこか俺に遠慮するようになったと感じていた。
その理由も察していたが、彼女が誤解をしているのなら、それは解かなければいけない。
「ルイーザさん。俺は前世で、周りに認められたりとか、ちやほやされたりってことはほとんどありませんでした。だからルイーザさんが喜んでくれたり、俺が有望だと思って、婚約の予定がないかって聞いたりしてくれたのも、夢みたいな話だと思った。もちろん、勢いでぽろっと出てしまったんだとは分かってますが」
「そ、それは……っ、私は、あまりにアトベ様がすごい功績を上げられているので、驚いて、気が動転してしまって……大変失礼いたしました……っ!」
お金に目が眩むというと言い方は悪いが、誰でもお金は欲しいもので、できるだけたくさんあった方がいいとも思う。貨幣経済に触れれば、ほぼ誰でも必然的にそうなるものだ。
「いや、俺は良かったと思ってます。俺以外に有望な人がいて、ルイーザさんがその担当になって惚れ込んだりしたら、それはちょっと悔しいじゃないですか」
「そ、そんなことは……誰でも同じようなことを言うわけではありません。アトベ様が、一介のギルド職員である私などに、丁寧に接してくださったから……そして、どれだけすごい貢献をされても、自覚していらっしゃらないくらいに謙虚で……」
「え、えーと……偉ぶるのは得意じゃないんですよ。どれだけ序列が上がっても、俺の基本線は変わらないと思います。強くなったり、名声が上がったりしたら、求められる振る舞いはあるのかもしれませんが」
これだけのスピードで功績を上げながら、何を引っ込み思案なことを言っているのか――と言われてもおかしくないところだが。
やはりルイーザさんは、何の役に立つかわからない職についた俺でも甲斐甲斐しく面倒を見てくれたあの時と変わらず、優しく微笑んでくれた。
「アトベ様という方が、ようやく少し分かってきた気がします……こんなに奥ゆかしい英雄さまは、きっと他に探しても見つかりませんよ」
「英雄ではないです。それは訂正しますが……ルイーザさんに褒められると嬉しいし、その気にもなってくる。自信のない俺にはありがたいですよ」
「……では、これからも、あなたの探索報告を見て、驚いて、たくさん賞賛する役割を続けてもいいですか?」
「いつも上手くいくと限らないですが、そうなるように頑張りますよ。ルイーザさん、もし仕事が終わって余裕があったら、また遊びに来てください。今日は忙しいから、大変だと思いますが」
俺はつまり、それを伝えたかったのだ。自分にできることをしただけで、勝手に遠慮をされて距離を置かれるというのは寂しいことだ。
しかしルイーザさんはすぐに頷いてはくれない。何か切実な顔をして、おずおずと尋ねてくる。
「……あ、あの……アトベ様、私がお部屋に泊まったときのことなのですが。まだ、お気づきになられては……?」
「え……何かみんなと話したりしたんですか?」
「い、いえ……っ、お気づきになられていないのなら、私の一存で明かすことはできませんので……」
「そう言われると気になりますね。あ、何か俺の話をしてたとかですか? あまり悪い話じゃないといいんですが」
「そ、それも違います。アトベ様のことは、皆さんすごく信頼なさっていますし……唯一苦言を呈されるとしたら、その……純粋すぎるところかと……」
「え……じゅ、純粋? 俺がですか?」
もしかして、みんなと一緒に住んでいるのにやましい考えを起こさないので、男性としての本能の有無を疑われているのだろうか。
「も、申し訳ありません……思わせぶりな言い方になってしまって。いずれお話できればと思いますので、今は保留をいただけますか?」
「は、はい。えーと、ルイーザさんが泊まった時のことで、何か俺に秘密があるんですね。大事なことだったら、決心がついたら教えてください」
「……本当に、この方は……でも、皆さんもそういうところが……」
ルイーザさんは何かとても困惑している様子だったが――今日も仕事が終わったあと、オレルス夫人邸の俺たちの部屋に来てくれることになった。
せっかく交流ができたので、今後も仲間たち共々、担当官の彼女とは親しくできるといい。そう思うのだが――彼女が仲間たちと共有している『隠しごと』が何なのか、ギルドを出るまでずっと気にかかったままだった。
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