第五十二話 戦いのあと

 レイラさんの話によると、スタンピードによって町に出現した魔物は、特に法則性なく町の住人を襲ったり、建造物を破壊したりするという。


 レイラさんたちはスタンピードの発生を知って、傭兵たちを迎撃に出そうとする途中で襲撃を受けた――運悪く敵が上空から接近しており、斡旋所から出てきた亜人たちを視認した途端に撃ってきて、建物ごと攻撃を受けたとのことだった。


 彼らは今、守備兵たちによってギルドに収容されて治癒師の治療を受けている。全身が焦げていた亜人は所持している技能によって炎の耐性があったため、辛うじて一命を取り留めたとのことだ。


「もう少し戦闘が長引けば、確実に死者が出ていただろう……無事とは言えないが、乗り切ることができたのはアリヒト、おまえたちのおかげだ。私も立ち会った者として、ギルドにおまえの功績を報告しておこう」

「いえ、俺は……」

「あまり謙遜をすることはない、実際に見ればおまえの勇敢さ、そしてパーティ全員の活躍は間違いのないことだ」


 テレジアを仲間にしたときの件で、レイラさんは俺のことを高く評価してくれている。その評価がさらに高まる。


「しかし、リヴァルを助けたときの、あの見知らぬ技能は……アリヒト、召喚ができるのか?」

「召喚……確かに、それに近いかもしれません。防御系の技能だと思ってください」

「ふむ……そうか。パーティの秘密というものか。私も探索者として別の区にいたころ、一度だけ似たようなものを見たことがあるのだが……」


 やはり、『秘神』の信仰者は他にもいるということか――それとも、本当に召喚魔法の類なのか。

 しかし召喚石を使って呼び出すのは生きている魔物であって、先程の『ガードアーム』のように、手だけを呼び出して攻撃を防ぐということはありえない。


「レイラさん、それは……巨人みたいなものの、身体の一部を呼び出した感じでしたか?」

「いや、土のゴーレムを呼び出して盾にしていた。ゴーレムは形を変えられるので、組成物を全て手の形に変化させることも可能なはずだ」

「そう……ですか。ありがとうございます、教えてくれて」


 やはり違った――そう簡単に秘神は見つからないし、目撃もされない。

 皆の前で『加護』を申請しても、簡単にアリアドネのことを察知されることはない。リヴァルさんたちも、ガードアームのことは誰かの使った技能だと考えていた。


(しかし、あの防御性能を出せる技能なんて、人間が使えるものなのか……いや。俺の支援防御も、ゆくゆくはその領域に行くと思いたいが……)


 仲間たちは『運び屋』に頼み、俺たちが倒した分の魔物の輸送を手配している。今回は全て、ライカートンさんの解体屋に頼めばいいだろう。メリッサはすでに、店から持ってきた台車を使って、ライカートンさんと二人で『空から来る死』を運んでいった。一箇所にまとめて持ち込めた方がありがたい。


「では、私は傭兵たちの容態を見てくる。破壊された斡旋所の修復についても、考えなくてはな……一時的に、違う物件を借りることになるか」

「俺に協力できることがあったら、なんでも言ってください。レイラさんにはお世話になりましたから、いつかお礼ができればと思ってたんです」


 レイラさんはすぐに答えず、じっと俺を見る。屈強なアマゾネスという彼女の印象が、赤い髪をかき上げつつ耳を触る仕草を見て、少し変わった――チェインフレイルを振るって奮戦していた戦士である彼女が、照れているなんて。


「……おまえと戦う連中は、この安心感を感じているのか? 常に後ろから包み込まれて、守られているような……」

「い、いや……その、どうなんですかね……」


 レイラさんが参戦したあと、彼女がフレイルを振るう時に前に出てくれたので、『アザーアシスト』をレイラさんにかけて支援したのだが――『支援攻撃1』でも、そういう感覚があるということか。


「っ……な、何でもない。今のは気の迷いだ、忘れてくれ。今度こそ私は行くからな」

「は、はい……お疲れ様です、レイラさん」


 レイラさんは苦笑し、切れた眼帯を手持ちの紐で補修して付け直してから歩いていった。彼女らしからぬ照れた姿を見せたことが、気恥ずかしかったのだろうか。


 俺は広場に視線を巡らせ、マドカが俺の仲間たちと一緒にいることに気づく。俺が近づくと、マドカは仲間の輪を抜けてこちらにやってきた。


「アリヒトお兄さん、助けていただいてありがとうございました……みなさんが来てくださなかったら、私はきっと……」


 青ざめて震えているマドカ。あれだけの魔物の群れに襲われたのだ、怯えるのは無理もない。


 そして彼女が出していた初級武器の露天も、直撃こそしていないが熱線でいくらか武器が散らばり、破壊されていた。


「その武器、災難だったな。これから初心者に配るためのものが、足りなくなるんじゃないか」

「は、はい……壊れた武器の種類を確かめてみないと、何とも言えませんが……」


 黒箱から出てくる大量の『+なし』武器は、初心者が最初に使う分には十分な性能を持っている。武器は種類によって装備できる職に制限があり、強い武器はレベルが上がらないと持てないこともある――俺は今のところ、装備できない武器に遭遇していないが。


「……ここで初心者に武器を配るのも大事だが。マドカ、俺たちのパーティの専属で商人をやらないか? 組合みたいなのがあるなら、そこから無理に抜けるようにとは言わないが……」

「っ……い、いいんですか? 私、まだレベル2で……」

「私もまだレベル2だよ、マドカちゃん。これから一緒に強くなっていこ?」

「ミサキさん……」

「なんて、私も同じレベルの仲間が欲しいだけだけど。スズちゃんレベル一個上で、もう大活躍してるんだもん。私も剣道とかやってたらなー」

「私もアリヒトさんや、皆さんについていくのがやっとだから……マドカちゃんも、一緒に頑張ってみませんか? きっと、アリヒトさんと一緒だと楽しいと思います」


 もう勧誘は済ませていたが、さらに重ねて畳み掛ける。マドカは安心して、今さら涙が出てきてしまったのか、五十嵐さんにハンカチを渡されて涙を拭き始めた。


「本当は、もっと自分のレベルを上げて、新しい技能をいっぱい身につけたいと思っていたこともありました。でも……あんな魔物がたくさんいて、最初の迷宮も最後まで潜れなくて。わたし、本当にだめだなって……だから……」

「あきらめることはないんじゃないか。パーティを組んで助け合うことで、どんな職でも上の区に上がっていける。俺だって、一人じゃ何もできないからな」

「……アリヒトお兄さんは、わたしなんかよりずっと強くて立派です。あの魔物たちを見ても、全然怖がらないで立ち向かって……」

「確かにびっくりするくらい動じないわね。だから、ついていって間違いはないと思うわ。女の子ばかりだけど、後部くんは悪さをしたりしないから」


(むしろ俺が、夜の間にみんなに悪さをされた疑惑があるんだが……俺がいやらしい夢を見ただけだったりしたら自爆もいいところだし、なかなか真偽が確かめられないんだよな)


 いつか、俺が寝ているときの映像を記録できるアイテムが見つかったりしないだろうか。『記録石』みたいな魔石を使って――それがありえなくもないのがこの迷宮国だ。


「そうだ……アリヒト、これを『スティール』で取れたわよ」


 エリーティアが、『空から来る死』のドロップ品を渡してくれる。それは桃色の魔石のようなものだった。


 ファルマさんの店で黒箱を開けたときにもらった初級鑑定の巻物。それを使ってみると――『混乱石』であることが分かった。


(魔石は、魔物の持つ特殊攻撃の内容を反映してることが多い。つまり、『空から来る死』は、混乱の特殊攻撃を持ってたわけだ……使われる前に仕留められたのか、使う頻度が低いのか。どちらにせよ幸運だったな)


 混乱の効果は、攻撃する対象が敵味方関係なくなってしまうこと。エリーティアの『ベルセルク』で陥る状態にも似ているが、もし複数人が混乱すると目も当てられない――同士討ちは必至だろう。


 そして混乱石を武器につけることで、『ヒュプノス』系の技が使えるようになるらしい。魔石は付け外しができ、複数個つけることもできるので、混乱石と毒晶石をスリングにつければ、俺の付加できる状態異常は二つとなる。


 デミハーピィがもしかして睡眠石なんかを持っていないか――と思うが、一見して魔石のようなものは額にくっついていなかった。まあ、調教して手なづけ、召喚できるようになれば、『睡眠の歌』を戦術に組み込むことは可能になる。


 今回テレジアとエリーティアの新しい技能を取り入れなかったので、それも試験の時には有効に利用したいところだ。


「怪我人も無事に搬送されたし、いったんギルドに戻るとするか」

「ええ、そうね。ルイーザさんを安心させてあげないと」


 ◆◇◆


 ギルドに戻ると、他のギルド職員と共に被害状況の確認に追われていたルイーザさんが、俺たちの姿を見つけて駆け寄ってきた。


 そして、深く頭を下げる。ギルド員も、探索者も――俺たちがこの建物を出て、魔物たちと戦ったことに感謝を示してくれていた。


 やがて顔を上げたルイーザさんは、いつもの愛嬌のある笑顔ではなく、凛と表情を引き締めて言った。


「アトベ様たちは、この八番区の危機をお救いくださいました。僭越ながらギルドの代表に代わりまして、担当官として感謝の意を表します……本当に、ありがとうございました」

「これからが大変だとも思いますが、無事に乗り切れて良かったです。怪我をした人たちも、できるだけ早く復帰できるよう祈ってます」


 そうやって答えるうちにも、ただ目の前の危機に対処しただけという俺の意に反して、周囲の評価はギュンギュンと上昇していた――謙遜しすぎるのも良くない、人格者だと思われてしまう。俺はそこまで立派な人間ではない。


 ずっと気を張っていたルイーザさんの緊張が切れて、彼女が涙ぐむ。スタンピード対処の責任者を務めた彼女の重圧を、俺たちの手で取り払ってあげられた。仲間たちも安堵しているし、俺も同じ気持ちだ。


 仲間たちがルイーザさんに歩み寄り、彼女を励ます。俺の隣に並んだテレジアは、蜥蜴のマスクをつけているからか、ルイーザさんを囲む輪には加わらなかった。


 俺の横に並んだテレジアの口元は無表情のままだが、蜥蜴の瞳がこちらを見つめている。彼女もまた、安堵している――そして俺がデミハーピィもろとも屋上から飛び降りたことを思い出したのか、少し震えてもいる。


「もっと安定した戦いができるように、強くならないとな。俺も、みんなも」

「…………」


 テレジアはこくりと頷き、自分の胸に手を当てる。今よりももっと自分の力を引き出し、活かして欲しいというように。

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