第五十一話 加護
シオンは『テールカウンター』を発動し、大きな尾を鞭のように振るってフライングドゥームを弾き飛ばす。そしてマドカと共に建物の陰に隠れた――だが、まだ状況は切迫している。
「リヴァル、逃げろっ! それ以上受けたら死んじまうぞ!」
「死なねえよ……お前らこそ逃げろ! あいつは俺に狙いを定めた、あと一発なら耐えられる! 後から行くから逃げろ!」
「
「そうだよ、俺は
リヴァルさんが真剣なのは分かるが、ここで命を賭けるなんていうのは俺からしてみれば、必要のないことだと言わざるを得ない。
――だが、気持ちはとても良くわかる。分かりすぎるほどに分かる――俺もまた、リヴァルさんと同じ立場だったら、その無謀を迷わず選択するだろうからだ。
「――エリーティア、あの熱線を避けられるか!?」
「任せてっ! 困った時は、私に甘えてくれていい……キョウカ、私に『デコイ』をかけて!」
「いえ……私も一緒に出るわ! こんなに大量の敵を、あなただけに殺到させるわけにはいかない!」
「五十嵐さん……こちらからも援護します! あの『名前つき』が撃ってくる熱線だけは確実に避けてください!」
「「了解っ!」」
二人が飛び出していくと、手ぐすねを引いていたとでも言うように、広場の周りにある建物の屋根に隠れていたデミハーピィの鳴き声が聞こえる。
(今眠りの歌を使われたら、リヴァルさんたちのパーティは……いや……そうか、眠りの歌は頭上で歌うくらいでないと射程が届かない。奴らがこちらに出てくるのなら……!)
だがデミハーピィも、何も準備をせずに上空に姿を現すほど甘くはない。先ほどの鳴き声に呼応したスイートバード三体が、『翼の狂宴』で支援を積んだあと、こちらに向かって二匹並んで突っ込んでくる――もう一匹は、盾を構えたままで視界が狭くなっているリヴァルさんを狙う。エリーティアはそれを察すると、彼のカバーに回った。
――各所で戦況が動いていて、全てを把握して瞬時に判断を下すことに限界が近づく。そう思った瞬間、俺は自分の視界が、上空まで見通せるほど一気に広がるように感じた。
◆現在の状況◆
・アリヒトの『鷹の眼』が発動 → 状況把握能力が向上
俺は上空にいる『空から来る死』の、現在の状態を間近で見ているかのように理解する。
熱線を撃ったあと、クールダウンが生じる。全身が白熱して熱線を放つのだが、その後球状の身体を覆った極彩色の触手は、赤く赤熱したままになっている――だが、再発射までは十五秒ほどと考えられ、あといくらも猶予はない。
そして体力が減った時に『暴れる』ことを考えると、半分まで体力を減らす前の段階で、総力で叩いて一気に堕とさねばならない。
「テレジア、まず一匹だけ押し返してくれ! 片方は俺達が落とす!」
「――ッ!」
テレジアがウィンドスラッシュを、二体のスイートバードの片割れに打ち込み、ノックバックさせる。その横をすり抜けて後衛の俺たちを狙おうとするもう一匹の頭部に、容赦なく矢とサイコロ、そしてスリングの金属弾が突き刺さった。投射武器持ちが全員で協力すれば、何とか一匹落とせる。
テレジアは敵の反撃をギリギリまで引きつけ、『アクセルダッシュ』で回避する。減速しきれずに敵が床にめり込んだところに、俺だけが追撃を入れる――弓と、攻撃に慣れていないミサキの投擲準備ができていない……!
だがそこに、後ろから飛んできたのは――長い鎖の先に鉄球のついたチェーンフレイル。それはスイートバードを正確に叩き伏せ、スズナとミサキが追撃するまでの時間を稼いでくれた。
そして、裏から来たデミハーピィたちが歌い出す――盾となるスイートバードがいなくても、眠らせてしまえば勝ちだというように。
「――甘かったな。こっちは徹夜には慣れてるんだよ!」
「――ピィッ!?」
◆現在の状況◆
・デミハーピィが『眠りの歌』を発動
・アリヒトのパーティ全員が耐性により無効化
歌を無効化されると思っていなかったのか、少女の姿をしたハーピィが揃って驚愕の表情に変わる――その時にはもう、俺たちは攻撃の準備を終えていた。
「みんな、撃てっ!」
「ダイスアターック!」
「――やぁっ!」
「――っ!」
俺のスリングとミサキのサイコロが一匹のデミハーピィに撃ち込まれる――付加ダメージ11を受けたデミハーピィはバランスを崩し、ふらつきながら落下する。
もう一匹の翼をスズナの放った矢が射抜き、羽根が舞い散る――そして高度を下げつつも再び舞い上がろうとしたデミハーピィに、テレジアが跳躍してウィンドスラッシュを入れる。
吹き飛んだデミハーピィは最後の力で羽ばたき、踏みとどまろうとするが、力尽きてそのまま落下する。これで厄介な敵はいなくなった。
そして俺たちは建物の陰に戻り、振り返る。そこには、俺達を先ほどチェーンフレイルで援護してくれた人物がいた。
「レイラさん……良かった、無事だったんですね」
フレイル使いは、傭兵斡旋所の副長レイラさんだった。強者の風格を感じさせた彼女だが、赤い髪は乱れて汗と共に肌に張り付き、レザーアーマーの所々が壊れてしまっている。
「済まない、傭兵斡旋所を敵の熱線で破壊され、安否確認に時間がかかってしまった……面目ない限りだ」
後方から走ってきたレイラさんは、眼帯が切れてその下の瞳が見えている――傷がついていたりというわけではないが、その眼は盲目のようで光がない。
「レイラさん、その眼は……」
「これか……昔、五感を奪う魔物と戦ってな。視力自体に攻撃を受け、奪われた。片目だけ残っていればある程度は戦える」
「わかりました、一緒に戦いましょう。回避系の技能は持ってますか? それがないなら、今は……五十嵐さんっ!」
「大丈夫よ、後部くんっ! あと3回……いえ、4回なら……っ!」
◆現在の状況◆
・空から来る死が『ラスターフレイム』を発動
・キョウカが『ブリンクステップ』を発動 →『ラスターフレイム』を回避
まさに一瞬――『空から来る死』を包み込んだ光が一点に収束し、次の瞬間に炎の光線が五十嵐さんのいた場所を射抜く。しかし分身を作り出して回避した五十嵐さんは、合わせて追撃してくるフライングドゥームを深追いせず、回避に徹する。『ダブルアタック』が使えず、ノックバックもさせられない彼女は、一撃で倒せなかった時のリスクを理解しているのだ。
五十嵐さんに攻撃をかわされたフライングドゥームが高度を上げる前に、スズナの矢が飛び、ミサキが一か八かで投げた金属のサイコロが投下され、少なからず打撃を与える――だが、前衛の攻撃がなければ一撃で仕留めるとはいかず、敵が減らせない。
「一気に敵が来てくれれば、一網打尽にしてやれるのに……わずらわしい……っ!」
エリーティアはそう言いつつも、タイミングをずらして降ってくるフライングドゥームを確実に落としていく。『スラッシュリッパー』、『ライジングザッパー』、どちらも一撃必殺だが、『ブロッサムブレード』の範囲に多くの敵を入れられれば、もっと効率良く敵を減らせる。しかし、敵は二三匹ずつでタイミングをずらして攻撃してくる――まるで、範囲攻撃の存在を警戒してでもいるかのように。
「嬢ちゃんっ、俺も的くらいには……」
「いいから逃げなさい! あなたが死んだら悲しむ人がいっぱいいるの!」
「っ……わかった。後のことを頼む……うぉぉぉっ!」
リヴァルさんが意地を見せる――彼の仲間たちのいる、広場を挟んで向こう側の建物の陰に駆け込む途中で、倒れている人を担ぎ上げていったのだ。超重量の盾を背負ったままで。
「私たちが敵の狙いを引きつけるから、早く逃げてっ!」
「――あと一発なら耐えられる。あと一発なら……おぉぉぉぉっ!」
シオンにはマドカを庇ってもらっている――この状況でリヴァルさんをカバーさせれば、支援防御で熱線を防げなければシオンは深手を負う。
頭が高速で回転する。残っているフライングドゥームは9体、『名前つき』は無傷――そして俺は、あることに気がつく。
(『空から来る死』が熱線を撃たなくなった……魔力が切れたのか。ならば、奴は何を狙って――)
――その時俺は、表情などないはずの極彩色の触手の塊が、確かに笑ったように見えた。
残ったフライングドゥームが、五十嵐さんとエリーティアに向けて殺到する。そして『空から来る死』が狙っているのは、倒れていた探索者―ー魔法職の人物を抱えたリヴァルさんだった。
◆現在の状況◆
・空から来る死が『丸飲み』を発動
(――まさかあいつ……リヴァルさんたちを……!)
盾を背負って逃げているリヴァルさんは、空からの脅威に気づかない。人間を丸飲みにするほど巨大な口を持つ怪物が、殺意を持って降ってきていることに。
空から来る死――その名は、熱線による空からの攻撃を意味するだけではない。文字通り、奴は『空から来て』死をもたらす存在だったのだ。
戦闘中の声掛けが『支援高揚1』として働き、士気は99まで上がっている。あと、たった一度で士気解放できるのに。
バックスタンドでリヴァルさんの後ろに回っても、俺が喰われるだけだ。エリーティアは五体のフライングドゥームをブロッサムブレードで落とさねばならず、五十嵐さんは回避に回り――誰も、リヴァルさんまで届かない。
それでも、俺はリヴァルさんを助けたい。あんなに愚直で、勝てないと分かっていても逃げなかったあの人を死なせられない。
(アリアドネ……俺の声が聞こえるのなら。俺が支援する人物を守れ……加護を与えてくれ……!)
ライセンスが俺の意志に呼応し、指を滑らせるまでもなく、目的の画面を表示する――『アザーアシスト』を取得する。
「――リヴァルさん、『支援』しますっ!」
盾を背負って走っているリヴァルさんに、降ってきた『空から来る死』が喰らいつこうとする。
――俺の『支援防御1』では防ぎきれない。『支援防御2』を取っていれば、救えたかもしれない――もっと違う戦い方をしていれば。
その後悔を塗り替えるように、俺の脳裏に、あの無機質で、自分のことを否定していた少女の声が――熱をこめて、鼓舞するように響いた。
『我が名はアリアドネ。信仰者とその盟友に、加護を与える』
◆現在の状況◆
・アリヒトが『アザーアシスト』を発動
・アリヒトの『支援防御1』が発動 →対象:リヴァル
・アリヒトが『機神アリアドネ』に一時支援要請 →対象:リヴァル
・『機神アリアドネ』が『ライトアーム』を発動
防壁を破られれば、リヴァルさんが盾ごと喰われる――しかし、そうはならなかった。
「なんだ……あれは……」
それはいうなれば、巨大な手だった。リヴァルさんより一回り大きい『空から来る死』を受け止める、まるで巨人の手のようなもの。
それはバチバチと稲光を放ちながら、喰らいつく極彩色の怪物とせめぎ合う。
機械の巨人の、手だけが何もない空間から現れて、リヴァルさんを守った。
アリアドネの声がして、あの巨人の手が出現した。それは『秘神の加護』によってリヴァルさんが守られたこと――そして、やはり秘神が途方もない力を持つものであるということを意味していた。
「な、なんだありゃ……空中から手が……」
「リヴァル兄さんっ……良かった……馬鹿っ、アンタ食べられちまうとこだったんですよ!?」
「面目ねえ……だがやっぱりアイツは只者じゃねえ……アリヒト……お前ってやつは、一体どこまで……」
一度降りてきたら、絶対に逃がすつもりはない。五十嵐さんのカバーをシオンに命じ、彼女とテレジア、そしてミサキが士気解放できるだけの余裕を作る。
「これで終わらせる……士気解放、『ソウルブリンク』!」
「っ……!」
「いっきますよー! 士気解放、『フォーチュンロール』!」
◆現在の状況◆
・キョウカが『ソウルブリンク』を発動 → パーティ全員に『戦霊』が付加
・テレジアが『トリプルスティール』を発動 →パーティ全員に『
・ミサキが『フォーチュンロール』を発動 →次の行動が確実に成功
「――花のように散れ! 『ブロッサムブレード!』」
巨人の手が、『空から来る死』を弾き飛ばす――そこに駆け込んだエリーティアが、戦霊と共に斬撃の雨を浴びせる。
フォーチュンロールによって一発目でスティールが成功し、続けざまに斬撃によるダメージと、固定ダメージが積み上げられる――戦霊の攻撃と合わせて合計24段、合計で300ダメージを遥かに超える。『鷲頭の巨人兵』よりレベルの低い『空から来る死』は、一気に体力を削られて、浮遊できなくなって地に落ち、動かなくなった。
五十嵐さんを追い回していたフライングドゥームは、俺とスズナ、シオン、そしてレイラさんの連携で撃破する。戦霊で攻撃回数が増えれば、掃討は全く難しくなかった――シオンに戦霊がかかると、とても頼りになることもわかった。
◆現在の状況◆
・『★空から来る死』を1体討伐
・フライングドゥームを4体討伐
魔物がいなくなり、息を整えているうちに、戦霊が消滅する――ライセンスの地図を見ても、もはや魔物を示す動きは存在しない。
「やった……のか。本当に、お前たちだけで……」
「ええ……何とか倒せたみたいですね。でも、まだ終わってませんよ」
倒れている皆を手当てしなければならない――熱線を受けた者には重傷者もいる。
俺達は勝利を喜ぶのは後回しにして、救助活動を始めた。守備兵たちもようやく駆けつけ、次々に怪我人を運んでいく。
俺は四人で集まっているリヴァルさんのパーティに近づく。リヴァルさんは俺を見ると腕を上げ、そして笑った。
「いつの間にか、完全に助けられる側に回ってたな。大したやつだ、お前は」
「リヴァルさんこそ……無事で何よりです」
リヴァルさんは苦笑し、仲間たちの顔を見た。盾をリヴァルさんに貸していた大柄な男性、弓使いの女性は無事だが、魔法使いの男性が気を失っている――リヴァルさんが助けたのは、仲間の一人だったのだ。
「こいつらには後で絞られるとして、アリヒトにも面倒をかけた……すまなかった。それと、礼を言わせてくれ」
「町を守るために一緒に戦ったんですから、礼は要りません。でも、迷宮に逃げ込むことはできなかったんですか?」
俺がそう質問すると、スタンピードが起こると、町に出現した魔物を倒すまでは迷宮に入れなくなる――なぜかは分からないがそうなっている、とリヴァルさんの仲間の一人が教えてくれた。
知らずに迷宮に逃げ込もうとすれば、計算違いを起こしてしまう。俺は知識として頭に刻みこんでおくことにして、救護の手伝いに回ろうとする――すると。
「メリッサ……それに、ライカートンさんも」
「町を守ってくれてありがとうございます、アリヒトさん。私たちは、店の近くに現れた魔物を倒すだけで、親玉には近づけませんでした……本当にお強くていらっしゃる」
「……名前つきを解体させてもらってもいい? 他の魔物も」
「ああ、よろしく頼む」
メリッサはフライングドゥームのものらしき返り血を浴び、肉切り包丁を手にしている――彼女たち親子も、フライングドゥームを倒せるくらいの実力はあるということだ。
知り合いの無事が確認できたことは良かったが、町の被害はあまりに大きい。そこら中が焼け焦げ、魔物の激突によって穴だらけになった広場や建物の壁を見て、修復のために俺たちも何か協力できないかと考えていた。
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