第五十話 迎撃戦
箱屋に仲間たちを運び込むと、エイクとプラムが地下への階段から出てきた。念のために身を隠していたということだろう。
「お母さん、おかえり! ……あれ? みんな寝ちゃってる」
「アトベお兄ちゃん、だいじょうぶ? ここ、ちょっと擦りむいてる。プラム、おてあてしてあげる!」
「ああ、済まないな。大したことじゃないんだが」
「あんな無茶をされて、けろっとしていらっしゃるんですから……意外とアトベ様は、豪胆な方なのですね」
俺の見た目からすると、あまり大それたことはしないように見えるのだろうか。しかしシオンたちがいてこそあの方法が使えたわけで、考えなしに無謀なことをしているつもりはない。
「はい、包帯巻いたよ。お母さん、お兄ちゃんにお薬あげてもいい?」
「ああいや、ポーションは貴重だと思うので……」
「いえ、ポーションの材料に使われる『癒やしの草』というものがありまして。それを乾燥させて粉にしたものでも、浅い傷なら治癒できます。飲みづらいのが難点ですが」
「ああ、そうなんですか。でもポーション自体が貴重ですから、材料も……」
聞こうとすると、ファルマさんは口に人差し指を当てる。それは言いっこなし、ということだろうか。
「町の人たちの家にある薬箱には、ギルドからお薬が何種類か支給されているんです。換金してしまう人もいますが、私たちは使わずにしまっているので……今くらいは、お力添えをさせてください」
ファルマさんは癒やしの草の粉を紙に乗せて、水と一緒に持ってきてくれた。飲みづらいというから覚悟していたが、漢方薬のようなもので、スパイシーだがそこまで酷い味でもない。
(お……体力が回復した。浅い傷だが、目に見えて回復すると安心感があるな)
「あはは、お兄ちゃん苦そう」
「苦いほうが効くもんだ、こういうのはな」
エイクとプラムは俺に懐いてくれていて、薬を飲むところを見ている。ファルマさんと子供たちのことを考えると、アシュタルテは戦力として借りられないが――可能なら、シオンの力を借りたい。
テレジアと手分けをしてみんなに気付けの丸薬を飲ませていたファルマさんは、一通り終わるとこちらに戻ってくる。そして、俺の顔を見ただけで何を頼もうとしているかを察してくれた。
「シオンは今も、アトベ様のパーティに入っています。ですので、あなた方のことを仲間と思って、近くに来ていただいたことに真っ先に気がついたんですよ」
「あ……す、すみません。ファルマさんの家にお返しするのを忘れてました」
「いえ、私の方からもシオンを連れていっていただくようにお願いしていましたから。むしろ、この子がアトベ様を守ろうとしたことを誇りに思います。アシュタルテもそうですが、この子も本当に勇気のある護衛犬に育ちました」
ファルマさんはシオンの頭を撫でる――お座りをしていても大人と頭の高さが同じなので、彼女が撫でようとするとシオンは自分から頭を下げる。
「……シオンの力を借りさせてもらいます。シオンを補助して防御力を上げながら、『カバーリング』をしてもらうことになりますが……すみません、大切な犬に盾役をお願いしてしまって」
「シルバーハウンドはパーティの前衛を務めることが多いです。人間より大きくなりますし、体力も多いですから……ですから、遠慮なさらないでください。シオンをアトベ様のパーティに加えたときに任せる役割を、そのまま与えてあげてくださいね」
俺から言わせれば、ファルマさんも物凄く肝が据わっていると思う。探索の一線を退いているとはいえ、技能の保持のために迷宮に入ってレベルを保っているのだから、やはり戦闘の経験も豊富なのだろう。
「ん……ここは……」
「ファルマさんのお店……す、すみません。私たち、ご迷惑をおかけしたみたいで」
エリーティアと五十嵐さんが目を覚ます。続けてミサキとスズナも目を覚ました。
「はっ……アリヒトお兄ちゃん、気をつけて、変な歌が……!」
「魔物は……アリヒトさんが、倒してくださったんですか?」
「俺とテレジアだけ、運良く眠らずに済んだんだ。シオンとお母さん犬の力も借りて、なんとか撃退できたよ……そこに、捕まえたやつもいる」
『眠りの歌』が危険であることを説明すると、みんな緊張した面持ちで気絶しているデミハーピィを見る。魔物は視界を奪われると大人しくなるものが多いとのことで、目隠しをした上に猿ぐつわをし、翼と足を縛っている――それくらいしないと危険なので、可哀想にも見えるがこれ以上は拘束を緩められない。
「お母さん、この羽がある女の子が『まもの』なの?」
「ええ、もう大丈夫だと思うけれど、あまり近づいてはだめよ。アトベ様、生け捕りにされたということは、『魔物牧場』に入れられるおつもりですか?」
「魔物牧場……?」
「調教して味方につけた魔物を飼っておくところよ。倉庫と同じようなもので、そこで飼っている魔物は専用の召喚石で呼び出せるようになるの」
今までは生け捕りを考えたことはなかったが、魔物を味方につけるということもできるのか――特殊攻撃を持っている魔物なら、使い所はある。
『魔物牧場』の利用法を知るためにも、デミハーピィは牧場に入れてみるか。解体するというのは、少々ビジュアル的に厳しいものがある。
「ちなみに、他の探索者はデミハーピィを倒したときどうしてるんです?」
「オークなどの二足で歩く魔物の多くは、人間を襲って捕食することもありますが、デミハーピィは人間を惑わして他の魔物の糧にすることはあっても、自らは肉食ではなく、草や木の実を主食としています。そのため、探索者も目の敵のように討伐するということはなく、少し羽毛を取ったり、爪を切る程度で逃がすことが多いです」
その段階でもすでに子供にとっては刺激が強い話だったが、ファルマさんは俺に耳を寄せると、『声帯を使えなくすることで無力化させることもありますが、残酷であるということでデミハーピィと戦うこと自体が忌避されています』と教えてくれた。
見かけ上倒しにくい魔物は、牧場に送るという選択もある。戦力が多く欲しいとき、魔物を召喚することができると戦術の幅も広がる――今後は魔物と戦うとき、仲間にするかどうかも考慮するとしよう。
「人間と意志の疎通ができない魔物も多いので、仲間にできるのはごく一部だと考えてください。先ほど上空を飛んでいた触手の魔物などは、調教することは不可能と見ていいでしょう。そういった技能を持つ方も、いらっしゃるのかもしれませんが」
「はい、分かりました……いろいろ勉強になりました。ファルマさん、眠りを防ぐ装備ですが……」
「こちらのアクセサリーになります。イヤリング、ブレスレット、ペンダントになります。幸い、『眠り1』の効果を防ぐものは多く発見されますので、人数分ご用意することができました」
『眠り1』――つまり、より上位の睡眠攻撃も存在する。この先ずっと睡眠を防げるわけではないことは念頭に置かなければならないが、今回はこれで十分だ。
フライングドゥームの名前つきが、状態異常を使うことも考えられる。そう考えると、俺は念のために聞いておきたくなってしまった。
「すみません、ファルマさん。他の状態異常を防ぐものは、何かありますか?」
「そうですね……こちらの
「念のために借りさせてもらえますか。敵が何をしてくるかわからないので、保険をかけておきたいんです」
「それは良いお考えですね。では、こちらをお持ちください」
「アリヒト、リーダーのあなたが装備した方がいいわね。私たちの指揮をとっているあなたには、常に盤石の状態でいてほしいから」
エリーティアの勧めを受けて、俺は鉢金を身につける。額を守る装甲のついた鉢巻き――巻いてみるとずれないように工夫されており、防御面でも安心感が増す。
「よし……デミハーピィに注意しつつ、『名前つき』を倒しに向かうぞ」
「アトベ様、皆さん、どうかご武運を……アシュタルテは、本当に連れていかなくてよろしいのですか?」
「万が一ってこともありますから、番犬としてここにいてもらった方がいいでしょう。外には他の探索者も、傭兵もいます。俺たちが加勢すれば、きっと撃退できますよ」
「お兄ちゃんたち、頑張って!」
「けがしないでね、気をつけてね!」
子供たちの声援を受け、俺たちは再び外に出る――空中を舞っていたフライングドゥームが俺たちの姿を認めて、次々と急降下してくる。
「――みんな、敵を迎撃しながら進むぞ! くれぐれも無理はするな!」
支援高揚をかけて士気を上げることも忘れてはならない。先陣を切るエリーティアとシオンが敵の数を減らし、それでも抜けてくる個体は、五十嵐さんとテレジアが跳ね返す――そこに俺とスズナ、ミサキの間接攻撃が突き刺さる。
「ワォォーンッ!」
「なかなかやるわね……いい子。一緒に頑張りましょう!」
エリーティアは並走するシオンに声をかける。前方の上空から降下してくるフライングドゥームの群れは、もはや俺たちにとって脅威にはなりえなかった。
◆◇◆
数度の交戦を経て、敵の総数もかなり減ってきた。数匹単位で行動しているフライングドゥームはいなくなり、あとは『名前つき』の集団を残すのみだ。
『支援高揚』を重ねて、士気も溜まってきている――だが、俺たちが『曙の野原』の前にある広場に辿り着いたときには。
「リヴァルさんっ……マドカ!」
「お兄さんっ……来ちゃだめです! 魔物の、魔物の歌がっ……!」
「アリヒト、建物の陰から出るな! 奴の視界に入ると攻撃されるぞ……っ、うぉぉっ!」
リヴァルさんが叫び、盾を上に構える――そこに降り注いだのは、まるでレーザーのような熱線だった。
◆遭遇した魔物◆
★空から来る死:レベル5 戦闘中 ドロップ:???
フライングドゥーム 18体 ドロップ:???
デミハーピィ 2体 ドロップ:???
スイートバード 3体 ドロップ:???
フライングドゥームの『名前つき』――名前からして、完全に殺しにかかってきている。遠距離攻撃を持たないフライングドゥームの弱点を克服した上に、恐ろしい火力を搭載しているなど、反則もいいところだ。
「ぐぉっ……おぉ……」
「リヴァルさん、一度退いてください!」
「あ、ああ……すまん……っ」
リヴァルさんが持っているのは、仲間の持っていたカイトシールドだった――それを借りてでも、敵の攻撃を引き付けるために飛び出してきたのだ。熱線の威力は凄まじく、衝撃を減殺しきれずに、リヴァルさんの体力が削られる。
広場には、傷ついた亜人の傭兵たち、そして探索者たちが倒れている。熱線を浴びて全身に火傷を負っている者もいたが、まだ息はある――だが、一刻も早く魔物を全滅させなければ、命を落とす者が出る。
「――危ないっ!」
ドクン、と心臓が揺れる。焼け焦げた露店から離れ、建物の陰にいたマドカが飛び出したのだ――上空から襲ってくるフライングドゥームから、倒れている探索者を庇うために。
「シオンッ!」
「――ワォーンッ!」
俺の命令を聞いたシオンが、マドカを『カバーリング』する――フライングドゥームの体当たりならば、『支援防御1』によってダメージをゼロにできる。
「そのまま建物の陰に隠れろ! エリーティア、『奴』の攻撃を引きつけられるか!?」
「『ソニックレイド』を使えば避けられるわ……いい、アリヒト! あいつを『デコイ』で私が引きつけたら、降りてきたところで確実に仕留めるのよ!」
「ああ、分かった……みんな、熱線の流れ弾には気をつけろ! 俺の防御でも防ぎきれるかわからない!」
『空から来る死』は空中をゆっくりと旋回しながら、次の標的を狙っている。しかしエリーティアの言う通り、やつが降りてきた時には、二度と空中に逃れさせるつもりはなかった。
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