第四十九話 翼の狂宴
ギルドから出て最初の戦闘を終えたあと、エリーティアから町に魔物がいるとき、ライセンスに地図を表示すれば位置を把握できることを教えてもらった。迷宮内では索敵範囲に入らないと魔物の位置は分からないが、町では全域の魔物の位置を把握できる。プライバシーの問題か、パーティのメンバー以外の人々の所在地は表示されていない。
スタンピードによって町に出現した魔物は、総勢で五十体ほど――そのうち半分ほどが、『名前つき』に追従している。名前付きはまるで脈動するように光っていて、ライセンス上の表示ですら禍々しく感じる。
地図を見ているうちに、俺はあることに気づく――箱屋のファルマさんの店の上空に、数体の魔物が旋回している。
(まず近場から掃討しないと。数が多いのは、傭兵斡旋所のある東方だが……傭兵たちが外に出て迎撃したりするのか……?)
レベル3以上の探索者は俺たちの他にも外に出ているのだが、敵が気まぐれに移動するため、交戦しようにもできずに立ち往生しているケースもあった。魔法や普通の投射武器では届かない高度を飛んでいるので、撃ち落とすこともできない。
(空から来られると迎撃に苦労するが、向こうが攻撃してくるのを待つしかない……いや。待てよ……もしかして、あの技能……)
空中にいるフライングドゥームに『バックスタンド』を使う――というのは、可能だったとしてもただの自殺行為だ。俺が思いついたのは、矢を確実に命中させる効果のある『皆中』ならば、射程が届かなくてもある程度補助されるのではないかということだった。
しかし『盛り塩』は、一回使うごとにわずかだが魔力を消耗している。彼女には定期的に塩を撒いてもらい、魔物が近づけない区域を増やしてもらっているので、皆中でさらに消耗させるのは望ましくない――となると。
「エリーティア、敵を引きつけてもらっても大丈夫か!?」
「問題ないっ! あの色違いは一撃では無理だけど、他は何匹来ても倒せる!」
「よし……五十嵐さん、エリーティアを対象に『デコイ』を使ってください!」
「分かったわ……勇敢なる戦士の魂よ、猛る者の闘志を引きつけよ……『デコイ』!」
◆現在の状況◆
・キョウカが『デコイ』を発動 →対象:エリーティア
・『フライングドゥーム』3体、『デミハーピィ』が『エリーティア』に標的変更
(デミハーピィ……そんな魔物も混じってるのか。どんな攻撃をしてくるんだ……?)
「みんな、新しい敵がいる! 『くれぐれも気をつけろ』!」
◆現在の状況◆
・アリヒトが『支援高揚1』を発動 →パーティの士気が11向上
意識せず声掛けをしたところで、俺は気づく――士気解放後、24時間経たないと士気高揚は効果がないはずが、今全員の士気が上昇した。
(一晩経つと……いや。宿で休むと士気が回復するようになるのか……何とか『名前つき』と戦うまでに、100まで積めるか……?)
フライングドゥームの強さはレベル3のパーティで倒せる程度なので、飛行する相手を捉えて攻撃さえできれば手強くはない。その『名前つき』なら今まで戦ってきた強敵よりは弱いと思うが、過剰火力であっても『戦霊』を使って総攻撃をかけたいところではある。戦いが長引いて誰かが攻撃されるリスクを負うよりは、その方がずっといい。
箱屋の上空を飛んでいた魔物たちに『デコイ』が働き、店から少し離れた通りに次々にフライングドゥームが急降下してくる。
「何匹で来ても同じ……遅いっ!」
エリーティアは素のままの敏捷性で、余裕で触手の塊のタックルを回避する。二匹、三匹と回避したあと、後ろから来ていた五十嵐さんとテレジアが、エリーティアに回避され、そのままの勢いで地面に激突し、跳ねあがった一体を迎撃する。
(ここはまだ『支援攻撃1』……固定ダメージで安定を狙うべきだ……!)
「行くわよ……『ダブルアタック』!」
「っ……!」
クロススピアの目にも留まらぬ二連撃がフライングドゥームに突き刺さる。不可視の攻撃が二連撃で続いたあと、スズナの矢が突き立って止めを刺す。
『デコイ』の効果が続き、全身を警戒色のような黄色い光で包まれたエリーティアは、残り二体をしっかりと引きつけている――攻撃を回避されたあと、床から壁にバウンドして、上からフライングドゥームが食らいつこうとする。しかしそのときには、エリーティアは剣に手を掛け、必殺の一撃を放とうとしていた。
「――堕ちろっ!」
普段より感情を込めた気合の一声とともに、エリーティアは迫りくる二体のフライングドゥームと交錯しながら、連続で剣を振り抜く。
◆現在の状況◆
・エリーティアが『ライジングザッパー』を発動
・『フライングドゥームA』に一段目が命中 支援ダメージ11
・『フライングドゥームB』に二段目が命中 支援ダメージ11
・『フライングドゥーム』を二体討伐
(飛び上がりながら複数を攻撃するなんて、恐ろしい体術だな……いや待て、まだハーピィがいる……奴は一体どこだ……)
――その時ゾクリ、と悪寒が走る。この感覚を覚えるとロクなことがない。
予想した通りに、通りにどこからか歌が聞こえてくる――何の言葉なのか分からないが、聞いているうちに意識が揺らぎ、一気に刈り取られかかる。
◆現在の状況◆
・デミハーピィが『眠りの歌』を発動
・『エリーティア』『キョウカ』『スズナ』『ミサキ』が睡眠
「あっ……後部、くん……」
「この……歌は……っ」
「お兄、ちゃ……」
「っ……みんな、しっかりしろ! こんなところで眠ったら死ぬぞ!」
冗談で言っているわけではない、デミハーピィの所在が掴めなければ、俺たちまで――もう一度『眠りの歌』を使われたら、起きることなく全滅させられる。
(こちらを眠らせてくる危険な魔物……まさか、こいつだったとは……どうする、このままじゃ……!)
「――ピィィィィッ!」
◆現在の状況◆
・デミハーピィが『仲間呼び』を発動
・『スイートバード』が二体呼応
――鳥のような鳴き声で、他の魔物を呼び出す――このままでは、眠っている仲間に被害が及ぶ。
(テレジアと俺だけでやれるか……テレジアを支援しても、回り込まれるとまずい……くそっ、俺が個人でも強ければこんなことには……)
遠くから羽音が聞こえる――鳥系の魔物。空から姿を現したその二体は、俺たちを見つけるなり、二体で追いかけ合うように旋回し始め、歌い始める。
◆現在の状況◆
・スイートバード2体が『翼の狂宴』を発動
・有翼系の魔物の攻撃力、防御力が一時的に上昇
(敵が
眠っている仲間を起こす方法――『支援』に状態異常を回復するものがあればと、心底から渇望する。元からパーティの穴は分かっていたのに、塞ぐ方法が見つからずにここまで来てしまった。
眠らされるということは、死に直結する――行動不能になる状態異常は、未然に全て防ぐ準備をしておかなければならなかった。
「クァァァァァッ!」
二体のスイートバードが襲ってくる――緑色の羽毛に包まれ、燃えるように赤いトサカを持っているが、そのトサカが前方に向かって槍のように突き出している……!
そして二匹が狙ったのは俺たちではなく、『デコイ』が効いたままのエリーティアだった。
――この距離で彼女を守るには、『バックスタンド』で転移し、身を挺するしかない。だがそうすれば、俺は――。
(……体力1でも死ななければいい……エリーティアを死なせるよりは……!)
テレジアがアクセルダッシュを使うが、エリーティアのところまでは届かない。俺は『バックスタンド』を発動し、エリーティアの盾になろうとする。
――転移した直後、俺は唸るような風切り音を立てて迫る二体の鳥の姿を見る。体力が1でも残ってくれるようにと祈りつつ、エリーティアを庇おうとしたその瞬間だった。
「――ワォォーンッ!」
◆現在の状況◆
・アリヒトが『バックスタンド』を発動 →対象:エリーティア
・シオンの『カバーリング』が発動 →対象:アリヒト
(――シオンッ!)
飛び出してきた巨大な影が、迅雷のごとき速度で俺と敵の間に入り込む。そして『支援防御1』の効果を得たシオンは、スイートバードの激突を受ける――しかし。
「アォォンッ!」
◆現在の状況◆
・シオンの『テールカウンター』が発動 →『スイートバードA』に命中 支援ダメージ11
・『スイートバード』を一体討伐
一撃必殺――だが、スイートバードはもう一体残っている。シオンの防御に重ねられた『支援防御1』の防壁に弾き飛ばされてもなお、空中で羽ばたいて離脱しようとする。
だがその時、箱屋のある通りから、もう一体の巨大な影が飛び出してきた。
「ガルルォォォォッ!」
もはや犬とは思えない、巨獣の咆哮。シオンの母犬がスイートバードに飛びかかり、前足のワンパンチで仕留めてしまった。
(凄すぎる……この八番区で最強の前衛は、この犬なんじゃないか……?)
「アトベ様っ、大丈夫ですか!」
ファルマさん――そうだ、シルバーハウンド二体がいれば、彼女が危機に陥ることなど……いや、そうじゃない。
(デミハーピィの状態異常にやられたら、シオンたちでも……だったら、俺がやるしかない……!)
「ファルマさん、仲間をお願いします! 俺は最後の一匹を仕留めますから!」
「っ……アトベ様、その一匹というのはどちらにっ……!?」
俺にも答えはわからない――だが、おそらくは屋根の上の死角。そこに一瞬で周り込んで捉えるには、あの技能に賭けるしかない……!
(見えなくても、戦闘状態に入っていれば使える……頼む、そうであってくれ……!)
◆現在の状況◆
・アリヒトが『バックスタンド』を発動 →対象:デミハーピィ
一瞬感覚が欠落したあと、次の瞬間――俺は、腕が翼になった、少女のような姿をした魔物の後ろに立っていた。
「ピィッ……!?」
やはり、屋根の上。バランスの悪い足場に構うこと無く、俺はデミハーピィに全力で組み付く。
「――シオン! いや、母さん犬でもいい! 受け止めてくれ!」
「ワォーンッ!」
「ピィィッ……!!」
近接戦闘職でない俺でも、デミハーピィの翼の動きを止め、落下するくらいのことはできる――そして。
俺がデミハーピィもろともに落下する途中、建物の窓枠を蹴って飛び上がってきたシオンは、毛皮に覆われた背中で見事に俺を受け止めてくれる。
「うぉぉっ……!」
衝撃と共に地面に着地し、シオンの背中から投げ出される――それでも俺は、めちゃくちゃにもがくデミハーピィを決して放さなかった。
「あらあら……こんなにかわいらしいのに、みんなを困らせて。いけない魔物さんね」
「ピッ……ピィ……ッ」
デミハーピィが急に大人しくなる――それも無理はなかった。ファルマさん、シオン、母犬、そしてダガーを構えたテレジアに囲まれているのだから。
そして代表してデミハーピィに止めを見舞ったのは、シオンを攻撃されて怒っている母犬だった。
「――グルルァァッ!」
デミハーピィを一口で食べられそうなほどの巨大な口を開き、威嚇する。俺も怖いと思ってしまうほどだったが、デミハーピィは本当に食べられると思ったのか、暴れるのをやめる――というより、恐怖のあまりにがくりと気を失ってしまった。
「何とか切り抜けられたか……テ、テレジア……?」
デミハーピィが起きないか注意しつつ身体を起こすと、テレジアが後ろから抱きついてくる。彼女は震えている――俺が飛び降りたことで、心配させてしまったのだろう。
「俺は大丈夫だ、シオンが受け止めてくれたからな。怖い思いさせてごめん、あれしか方法が思いつかなかったんだ。後ろから組み付いただけじゃ倒せないからな」
「…………」
テレジアは何も言わず首を振る。謝ることはない、と言ってくれているのだろう。
「アトベ様、魔物が町にいるということは……スタンピードが起きているんですね」
「はい。ファルマさん、このデミハーピィという魔物は人を眠らせる歌を歌います。睡眠を防ぐ方法がないと危険なので、お店の中に隠れていてください。この界隈には敵が近づかないようにしていきます」
「アトベ様、お店に魔物の攻撃による『睡眠』を防ぐアクセサリーが幾つかございます。重複して同じものが見つかったとき、お店で買い取りをしていたもので……」
「っ……本当ですか!?」
「本当なら専門のお店に卸すのですが、今は必要なものだと思いますから、ぜひ持っていってください。眠りから覚める気付け薬も、近くの薬師さんから分けてもらってきます。アシュタルテ、皆さんをお店まで運んで差し上げて」
『名前つき』と魔物たちの集団と戦うために、一度体勢を整えなくてはいけない。俺はテレジアと協力して、仲間たちと気絶したデミハーピィをアシュタルテの背中に乗せて運んだ。デミハーピィは人に近い姿をしているので、止めを刺しづらい――そんな甘いことを言っている場合ではないが、歌さえ封じれば脅威ではないだろう。
この小柄なハーピィによって、俺たちは全滅させられかけた――状態異常の恐ろしさをまざまざと見せつけられた戦いだった。みんなに傷を負わせないためには、もっと慎重すぎるほどに慎重にならなくてはいけない。
テレジアは心配そうに、俺にずっと付き添ったままでいた。彼女にも心配をかけてしまったので、捨て身の特攻は今後可能な限り行わずにおきたいところだ。
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