第六話 支援防御

 俺はテレジアを伴って、長く、緩やかに下っていく階段を進んでいく――すると途中から階段が草に覆われ、目の前に、地下に潜ったはずだというのに、光に溢れた野原が広がっていた。


 これが『曙の野原』――俺の持つ常識を遥かに超えた、迷宮の光景。


 辺り一面が野原というわけでなく、ところどころに木が生えている。ライセンスの画面が切り替わって、周辺の地形を示すマップが表示されていた。


 一日歩き回っても踏破できないのではないかというほど、一層が広い。こんな空間が都市の地下のあちこちに広がっているとは思えないから、あの階段を降りる途中から、他の場所にある迷宮に飛ばされたのだと考えられる。


「ワタダマ……だったな。雑魚っていうなら、そのへんに……」


 テレジアは俺が何も言わずとも、前を歩いて進みたい方向に向かってくれる。周囲を見回しながら歩いていると、テレジアが不意に立ち止まり、ショートソードとバックラーを構えた。


 ◆遭遇した魔物◆


 ワタダマ:レベル1 警戒 ドロップ:???


 草むらの陰から姿を現したのは、ふわふわとした、まるでぬいぐるみのような見た目の可愛らしい動物だった。


 ライセンスの表示を見ると、『警戒』状態にあるらしい。ほんのり赤くなっているように見えるのは、怒っているということか――


 そう考えた矢先だった。


「っ……!」


 ――バウンドしていたワタダマが、突如として、猛烈な勢いでテレジアに飛びかかった。


 テレジアはバックラーを構えてワタダマのタックルを受け止める。その凄まじい衝撃音を聞いて、俺は耳を疑う。一撃でバックラーを破壊しかねないほどの、爆発するような音が鼓膜をつんざいたのだ。


(洒落にならない……最弱の雑魚の攻撃が、こんな威力だなんて……!)


 しかしテレジアはバックラーでほぼ完全に衝撃を相殺していて、ライセンスに表示された彼女の名前の下にある赤いバーに視線を走らせると、全体の二十分の一ほど減っただけだった。


 だが、体力――生命そのものが削られているのだから、安心する要素など欠片もない。


 そしてよろめいたテレジアは、勇敢にワタダマに剣で突きかかるが、一撃で仕留めるとまではいかず、ワタダマは吹き飛んで着地したあと、恐ろしいほどの速さで反撃してくる。


(今だ……今度こそ、『後衛』のスキルを生かす……!)


「テレジア、支援するっ……!」


 盾を構えたテレジアの後ろで、俺は彼女を守ることを意識する。技能の使い方は、取得した時点で自然に理解できていた。


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトの『支援防御1』が発動 →対象:テレジア


 一度目は、まともに喰らえば骨が砕けそうなほどの衝撃音だった――しかし、二度目は違っていた。


 テレジアに届く直前に、ワタダマは何かに跳ね返されるようにして弾き飛ばされる。


 テレジアの後ろからではよく見えなかったが、まるで、テレジアの前に透明なバリアでも現れたかのようだった。彼女も何が起こったのか理解できないようで、一瞬棒立ちになる。


「テレジア、俺が撃ちこんだ後に仕掛けろ!」

「……っ」


 俺はテレジアの陰から飛び出すと、スリングに弾を番え、ワタダマ目掛けて発射する。一発もムダにできない中で、その一撃がワタダマの身体を捉える。


「――!」


 やはりテレジアは、止めの一撃でも声を発しない。スリングの弾を食らって一瞬動きが止まったワタダマに肉薄し、ショートソードを一閃する。


 ◆現在の状況◆


 ・アリヒトの攻撃が『ワタダマ』に命中

 ・テレジアの攻撃が『ワタダマ』に命中

 ・『ワタダマ』を一体討伐


「……や、やったのか……?」


 テレジアは俺を振り返ると、こくりと頷く。動かなくなったワタダマに近づくと、その正体はネズミが長い体毛に覆われているような小動物だった。 


 しかし、顔が近くで見るとかなり凶悪だ。いくら凶暴でも、愛玩動物のような見た目だと倒したときに罪悪感があるので、魔物らしくて良かったという気もする。


「すまなかったな、テレジア。俺の技能を最初から使えてれば……」


 テレジアは答えない――かと思いきや、小さく首を振った。イエスだけでなく、ノーという意思表示もできるということだ。雇い主の俺に従順にしているだけ、と言われればそれまでなのだが。


 技能があればワタダマから素材を取ってそれだけ持ち帰ることもできるだろうが、そんなことはできないので、革袋にそのまま入れてしまう。『魔物解体屋』に持ち込めば、スリングの弾代は戻ってくるか――いや、弾がめりこんでいるので、最初のうちは取り出して再利用すべきだろうか。稼ぐ目処が立たないうちは倹約しなくては。


「テレジア、傷は大丈夫か? 一旦外に出て回復を……」


 テレジアは首を振る。まだ大丈夫、ということらしい。


 ――そして俺は気づく。テレジアが受けた二撃目は、やはり俺の技能でダメージを減らせたようで、まったく彼女の体力が減っていない。


(ワタダマがテレジアに攻撃した場合のダメージは、10以下だったんだ。それが1なのか、10ダメージをギリギリ無効化したのかで、『支援防御1』の価値は大きく変わってくるな……)


 もう少し技能をテストしなければならないが、ワタダマより強い敵の攻撃を受けてみてほしいとは、さすがにテレジアには頼めない。しかし雑魚とはいえ、あれだけ強烈な体当たりをしてくるワタダマをノーダメージで倒せるとわかっただけでも収穫はあった。ワタダマを換金したときの効率次第ではあるが、しばらくはここを狩場にするという選択もある。


「じゃあ、もう何体か探して狩ってみるか」


 テレジアはこくりと頷く。そして、少し遠くにある大樹を目指して歩き始めたその時だった。


「――きゃぁぁぁぁっ!」

「うぁぁぁぁっ! な、『名前つき』だぁぁぁっ!」


 女性の悲鳴――あれは、課長の声。そして他に聞こえてきたのは、自信たっぷりにギルドで案内役をすると言っていた、先輩探索者の声だった。


「まずい……っ、テレジア、行くぞ!」


 声が聞こえた方角に駆け出す。すると大樹に隠れて死角になっていた向こう側に、何者かに追い立てられて逃げていく探索者たちの姿が見えた。課長は足が速いが、もう一人の新人の男性が逃げ遅れている。


 通常のワタダマとは似ても似つかない、真っ赤なワタダマ。それは凄まじい勢いで逃げる探索者たちに追いすがり、今にも食らいつこうとしていた。

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