第七話 「後衛」の本領

 通常のワタダマの攻撃でも、レベル1でまともに食らうと命に関わる。しかしあの赤いワタダマは、俺達が倒したものより一回り大きく、そして速い。通常の3倍とはいかないが、1・3倍の速度は確実に超えている。


(最後尾の彼が逃げきれない……っ、しかも、『名前つき』が何かやる気だ……!)

 

 ◆現在の状況◆


 ・『★レッドフェイス』が『ブーメランダイブ』を発動 →『バドウィック』のパーティ


 固有名を持つ特殊な個体――レッドフェイス。奴の技が数呼吸置いて発動し、俺は信じがたいものを見た。


「うぁぁぁーーーっ……!」


 一瞬で、逃走していたパーティ全員が、レッドフェイスによって『薙ぎ払われた』のだ。


 レッドフェイスが凄まじい加速をかけ、ブーメランの名のごとく、楕円の機動で飛び回りながら、逃げているパーティを蹂躙した。それは一人ひとりに、全力の体当たりを叩き込む、情け容赦のない攻撃だった。


 『名前つき』は最初の迷宮に出現するものですら、この強さ……これでは命が幾つあっても足りない。それとも、遭遇してしまった彼ら、そして俺達に運がなかったのか。


「がはっ……あぁ……し、死にたくねえ……俺は知らねえ……っ」


 ◆現在の状況◆


 ・『バドウィック』が『帰還の巻物リターンスクロール』を使用

 ・『バドウィック』のパーティが迷宮から離脱した。


 バドウィックのパーティは逃げ出す――しかし課長はその場に残っている。パーティを組んでいたのではなく、偶然居合わせてしまったということだ。


「――黙ってやられるわけには……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『キョウカ』の『ブリンクステップ』が発動 →『ブーメランダイブ』を回避


(五十嵐さん……っ、ヴァルキリーの技能で避けてたのか……!)


 覚えたばかりの技能を土壇場で発動させる度胸はさすがだ。しかしレベル1の魔力で、どれだけ技能を発動させられるのか――強力な技能ほど消耗は大きくなってしまうはずだ。


「課長っ、逃げてください! あとは俺達がっ……」

「後部……っ、あんたこそ逃げなさいよっ! あたしはこんなのに負けてらんないんだからぁっ!」


 こんなに感情的になっている課長を初めて見た――しかし俺は、大技を繰り出した後のレッドフェイスに向かって、すでにスリングで弾を撃ち込んでいた。


 ◆現在の状況◆


 ・『アリヒト』の攻撃が『★レッドフェイス』に命中 ノーダメージ


(なっ……!)


 渾身の力で放った金属の弾でも打撃が通らず、カキン、と音を立てて跳ね返される。


 レッドフェイスの標的が俺たちのパーティに切り替わる。一度バウンドしたあと、超加速が始まる――そうしたら、テレジアに受けてもらい、一撃を何とか凌ぐ。生き延びてもやつに攻撃を通す方法がないなら、勝てる道理はない。


(テレジアは帰還できる……だが、もし帰還する前に、耐えられないダメージを受けたらどうなる……一度死んで言葉をなくしたのに、もう一度死んだら……っ)


「――あんたの相手はこっちよ、化けネズミ……っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『キョウカ』が『サンダーボルト』を発動 →『★レッドフェイス』に命中


 ヴァルキリーは魔法を使うこともできると言っていた。その中でも課長が選んで取得した魔法は、文字通り雷の速度でレッドフェイスに命中する。


(なんでだ……俺達を助けようとしたのか? いつも俺を見下してたあんたが……っ!)


 レッドフェイスのターゲットが切り替わる。後ろを向いてバウンドしたレッドフェイスが、課長に向けてもう一度『ブーメランダイブ』を繰り出そうとする。


 ――彼女がそれを受ければ、おそらく即死する。先ほど薙ぎ払われたパーティも、誰一人無事とは思えない、それほどの威力だった。


 しかし『ブリンクステップ』を発動させるだけの力は、彼女にはもう残っていなかった。槍を握り、覚悟を決めた表情でレッドフェイスに突きかかっていく。


「やぁぁっ!」


 槍の一撃は通らずとも、『ブーメランダイブ』の溜めをキャンセルさせる――しかし。


 ◆現在の状況◆


 ・『キョウカ』の攻撃が『★レッドフェイス』に命中 ノーダメージ

 ・『★レッドフェイス』の攻撃が『キョウカ』に命中


 五十嵐さんが突き出した槍は折れ、彼女はレッドフェイスの体当たりを受け、言葉すらも発せずに吹き飛ばされ、草原を転がった。


「……何してんだよ……お前……」


 頭の中で何かが切れた音がした。あれほど虐げられた相手でも、そんなことは関係ない――レッドフェイスの馬鹿げた強さと、逃げ出したパーティの連中と、そして窮地にいる人を見つけたら助けたいと思っていながら、おめおめとこの事態を眺めている自分に、心底怒りが湧いてくる。


「うちの課長に何してくれてんだ……死んじまうだろうが……!」


 俺は無能だ。こんなときに鬼上司に庇われて、さらに思い知らされたようなものだ――どんな職業を得ても、このままじゃ俺は駄目なんだと。


 テレジアの力を借りれば、彼女を死なせてしまうかもしれない、それでも方法は一つしかない。


 『支援防御1』でレッドフェイスの攻撃を凌ぎ、今から取得する『支援攻撃1』を乗せて、奴の防御を貫通する。


 失敗すればテレジアも、その後ろにいる俺も死ぬだろう。リヴァルさんの救助を待ってくれるほど、敵は甘くはない。


 傭兵であるテレジアは、自分の命を優先して離脱してもおかしくはない。


 けれど彼女は、今までと同じようにこくりと頷き――そして。


 ◆現在の状況◆


 ・『テレジア』は『アクセルダッシュ』を発動


「――テレジアッ!」


 それが何を意味するのか。俺が五十嵐さんを助け、逃げるだけの時間を稼ぐため。


 近接戦闘職でもないテレジアが、まだ息のある五十嵐さんに追い打ちをかけようとするレッドフェイスに、一瞬で接近する。


 ローグの技能――それを今まで彼女は使わずにいた。


 誰も彼も、自分の身を投げ出してまで他人を守ろうとする。


 そうされたあと、守られた側がどう思うかを考えもしない。


(それなら……俺が、守ればいいんだろ……!)


 ――目の前にいる相手にしか、届かないわけじゃない。


 俺の『前』にいる『パーティメンバー』は、すべて『前衛』として扱われる。


 それを今、テレジアが大きく距離を取って離れた今になって理解した。


 俺の支援防御は、広域に広がって戦う仲間たちに対しても通用する『壁』なのだと。


「――テレジア、支援する……っ!」


 レッドフェイスが急接近してきたテレジアに反応し、一瞬の溜めのあとに、大技を繰り出す――『ブーメランダイブ』。


 バドウィックのパーティを一撃で壊滅させたが、その技は――。


 決して、『バックラーを壊しかねないほど』のワタダマの体当たりと比べて、次元の違う威力というわけではない……!


 ◆現在の状況◆


 ・『★レッドフェイス』が『ブーメランダイブ』を発動 →『テレジア』 ノーダメージ


(――防げた……テレジアの防御と、俺の支援防御で……!)


 俺とテレジアの間の距離は大きく開いているのに、俺はテレジアを『支援防御』することができた。そして、テレジアは無傷だ。


 おそらくテレジアが通常のワタダマから『支援防御』なしで受けていたダメージは1、あるいは2だ。その10倍、あるいは5倍のダメージを無効化できれば、『ブーメランダイブ』は通らない。


(もし10倍としたら、テレジアの体力は最大で20しかない。10は馬鹿にできないどころか、この世界じゃ大きな数値だ……それなら……!)


 俺の支援防御によって弾き返され、隙だらけの姿を晒して滞空しているレッドフェイス。


 ――やつに叩き込む『支援攻撃1』の威力は、推して知るべしということだ。


「行けっ、テレジア! 『支援する』っ……!」

「――っ!」


 ◆現在の状況◆


 ・『テレジア』の攻撃が『★レッドフェイス』に命中 ノーダメージ 支援ダメージ10


(普通の攻撃は通らない……だが、『10の打撃』が通ってる……!)


 そして、一撃では終わらない――テレジアはレッドフェイスが怯んでいるうちに、瞬く間に続けて斬撃を繰り出し、追い打ちをかける。


 ◆現在の状況◆


 ・『テレジア』の攻撃が『★レッドフェイス』に命中 ノーダメージ 支援ダメージ10

 ・『テレジア』の攻撃が『★レッドフェイス』に命中 ノーダメージ 支援ダメージ10

 ・『★レッドフェイス』を一体討伐

 ・『アリヒト』が2レベルにアップ


 空中でお手玉をされるように、テレジアの斬撃の後で、不可視の追い打ち『支援攻撃1』がレッドフェイスの身体めがけて襲いかかる。


 ――先輩パーティを一瞬で全滅させた魔物を、俺たちの手で倒した。その実感に叫び出したいような感情が湧いたが、そんなことをしている場合じゃない。


「テレジア、俺が五十嵐さんを見てるから、外に行ってリヴァルさんを呼んできてくれ!」


 テレジアは言うことを聞いてくれて、迷宮の外へと走っていく。


 倒れている五十嵐さんの容態は芳しくない。打撃をもろに受けて、腕が赤く腫れてしまっている――骨が折れているかもしれない。


「うっ……く……」


 激痛に苦しむ五十嵐さん。俺たちのために戦ってくれた彼女を前にして、俺の頭に数々の前世のしがらみが巡る。


 ――タイムカード押しといたから。仕事が終わったら、残業時間の申告は二時間までね。


 ――風邪引いて休んでた? じゃあこの栄養ドリンクでも飲んで頑張ってよ。あんたじゃないと振れない仕事があるの。


 ――ほんと、後部がいてくれて助かるわ。他の人には、あまりこういう仕事は頼みづらいし。


(……俺は今でもあんたにこき使われたことを忘れてないが。それこそこのまま放っておいたら、寝覚めが悪いからな)


 レベルが上がったとき、何となく予想はしていた。ライセンスのページをめくると、割り振ることのできるスキルポイントが2も増えている。


 俺はそれを、『支援回復1』に振った。しかしこれを使うには、意識のない五十嵐さんに、なんとかパーティに入ってもらうよう了承を得なくてはいけない。


「五十嵐さん、俺です、後部です。もうすぐ助けが来ますが、それまで俺も応急処置ができます。そのために、パーティに入ってもらってもいいですか」


 五十嵐さんは最初反応がなく、聞ける状態にないかと諦めかけたが、しばらくして薄く目が開き、彼女は力なく頷いた。


「……変なこと……したら……訴えるわよ……」


 命をかけて俺たちを守ろうとしてくれた彼女だが、この状態で意地を張るあたり、本当に芯がぶれない。


 しかし俺は、彼女をパーティに入れたあと、7割以上減っている赤いバーを見て、彼女を新しい技能で回復させることだけを考える。


(……この状態の課長の、『後衛』につくって……これでいいのか?)


 俺は緊張しつつ、ぐったりしている五十嵐さんに何とか上半身を起こしてもらい、その後ろに座って、彼女の身体を支える。


「…………」


 もう声も出ないようだが、不服そうな空気は伝わってくる。それはそうだ、後ろから抱きしめられているような姿勢なのだから。


 横向きに寝てもらって、俺が彼女の背中側に寝れば位置的に『後衛』になるのだろうか。それを検証する機会が訪れるのかも定かではないが、今は彼女の体力が5ポイント回復するまでの30秒を、ひたすら長く感じながら待ち続けた。

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