第五話 武器商人
星ひとつの迷宮は一つではないが、全ての初級探索者が最初に訪れると慣習で決まっているのが『曙の野原』という迷宮だ。
傭兵斡旋所を離れて進んでいくと、迷宮の入り口らしき大階段があり、その周りに人が集まっていた。これだけ見ると観光地の遺跡か何かのようにも見える。
「初級探索者か? 武器を持ってないなら、向こうにある露店に立ち寄って選んでいけよ。最初だけは無料で一つ買えるからな」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます」
「傭兵を雇ってるってことは、キツイ職業に就いちまったみたいだな。まあどんな職でも生きる道はあるさ、頑張れよ」
若い青年冒険者は俺よりは経験があるのだろうが、見るからにまだ初々しい印象を受けた。この初級迷宮に今も潜っているのだから、俺より少し前に来たばかりかもしれない。
課長の姿は見当たらなかったが、スズナとエリーティアの姿があった。エリーティアが武具の露天商にスズナを案内し、彼女は巫女の武器を選んでいる。といっても、入門用の装備は汎用的なもので、魔法使いがよく装備している樫の杖を選んだようだ。
「お兄さん、職業はなんですか? 私が適当に見繕いましょうか」
武器の露天商は、ターバンを着けているのですぐに気づかなかったが、よく見ると俺と同じ日本出身だった。お兄さんというだけあって俺より若い――スズナよりもさらに下に見える。黒髪にボブカットがよく似合う、快活そうな少女だ。
「びっくりしたでしょう、こっちに日本の人がいっぱいいて。他の国の人たちもいっぱいいますが、ライセンスがあれば誰でも話せて楽しいです」
「あ、ああ……それは確かに。君は、転生してから武器屋になったのか?」
「はい、実家がスポーツ用品店だったので、『商人』を希望したんです」
なるほど、そういうことか。探索者の中にも、町の住人寄りに立ち位置を見つける者もいると。
俺は商売などができる職じゃなさそうなので、魔物を倒せれば一番分かりやすく稼げそうだ。
「それで、武器は近接のものと遠距離のもの、あと中距離のものも少しありますけど、どれにします?」
「そうだな……じゃあ、オーソドックスに剣にしようかな」
「剣ですか? えーと、お兄さんの職業だと……あ、何でも使えちゃうみたいですね。スゴイです、『
「いや、そんな大層な職ではないよ。でも何でも使えるなら、変わったやつにした方がいいか」
『後衛』の示す範囲が広いから、武器も選ばないということか。後ろから支援するには、おそらく弓系武器に慣れたほうが良い――そうやって露店に並んでいる武器を探して、俺はスリングに目を留めた。
「じゃあ、このスリングショットで」
「あっ、それいいですよね。でもなかなか当たらないんですよ、専門の技能がないと」
「そうなのか。でもまあ、技能なしでも装備できるなら、練習すればいいからな」
スリングというか、頑丈そうな木製のパチンコだ。弾は二十発、何の金属か分からないが、袋に入ってついてきた。
「すみません、補充分の弾からは、実費で精算してもらわないといけないんです」
「ああ、分かった。使えそうなら弾は大量に要るだろうし、買えるだけの資金は稼いでくるよ」
「あ……これをお渡しするのを忘れてました、迷宮で手に入れたものを入れる革袋です。これで弱い魔物の素材を集めてくれば、弾を買うことはできると思います」
あまり大型の魔物を倒すと、持ち帰る収穫物を選ぶのに苦労することになるのか。将来的には、迷宮から素材を効率的に持ち帰る手段も考えなくてはならない。
「では、ご健闘をお祈りしてます。えっと……」
「そういえば名乗ってなかったな。俺は
「私は
言われてみれば、俺も久しぶりだ。こうして名乗ったことで漢字を思い出せたが、この迷宮国で生きてるうちに、気づいたら忘れてしまいそうな気もする。
「じゃあまた、シノノギさん」
「あ、マドカでいいですよ。この町では皆さん、名前で名乗ってるじゃないですか」
「あ、ああ……マドカさんっていうのも、年が離れてるから落ち着かないな」
「え、えっとっ……アリヒトさんの好きに呼んでいいですよ。私も『ちゃん』は恥ずかしいですけど、『さん』は恐れ多い感じがしますから。そ、それじゃっ……」
名前の呼び方一つで、日本では随分と気を使っていたものだと思う。迷宮から出てくる頃には日が暮れているかもしれないが、顔を見たら挨拶くらいはしたい。
「おっと……待たせて悪い。行こうか、テレジア」
テレジアはほんのごくわずかに頷いたように見えた。俺達は迷宮の入り口に近づき、案内人らしい壮年の男性に声をかけられる。
「おう、また新入りか。今日はこれで7人目だな。三十人以上は転生してきたって話だが、どうも腰が引けた連中ばかりでいけねえ。探索者は探索するしか道はねえってのによ」
「支援者になるっていうのは、やっぱり消極的な選択になるんですか」
髪も髭もほとんど白くなっている男性だが、体格は良く、傍らには斧も置かれている。彼はどうやら現役の探索者のようだ。
「どうしても迷宮に入り続けりゃ、疲れることもあるからな。俺のように、初級迷宮で動けなくなった奴らを救助に行くことを生業にしてる者もいる。ああ、名乗るのが遅れたな。俺はリヴァルだ」
「俺はアリヒトと言います、よろしくお願いします」
「アリヒト……アルと呼んでもいいか? それともリヒターか」
「い、いや、発音しにくいかもしれませんが、できればそのままで頼みます。リヴァルさん、一つ聞きたいことがあるんですが……」
「なんだ? 俺を保護者にするのは無理だぞ、レベル5の俺と一緒に行動すると、初級迷宮ではほとんど経験値が入らなくなるからな。パーティの経験は、最高レベルの者を基準にして計算される。レベルが低い魔物を倒してもほとんど経験は入らんのだ」
それを聞きたかったわけじゃないが、また新たな情報を得た。俗に言う、高レベル者が低レベル者を支援することでのパワーレベリングは、普通にはできないようだ。
「それも教えてくれてありがとうございます。俺が知りたいことは、『10ポイント』の打撃がどれくらいのものかってことなんですが……」
「ん? ははは、ゲームと勘違いしてるのか? 魔物の攻撃で受ける被害を数字で現すなんて無理だろう……まあ、ライセンスの生命力の表示を見れば、自分の防御力ではこの敵からはこれくらい食らう、っていう目安は測れるがな」
(他の職では、技能の説明でダメージについて書いてあるとき数字が使われることはない……つまり、『後衛』の技能だけが特殊なのか)
「まず、一層にいる『ワタダマ』って雑魚の攻撃を、全力で身を固めて受けてみろ。本当は一発も喰らわないのが理想だが、この国にある迷宮群の中で、唯一素人が備え無しで受けても死なないのが、奴の攻撃だ。ポイントなんてもんじゃ測れやしない、俺たち探索者は現実の痛みで敵の強さを知るしかないんだ。最初の一撃を受けるときはいつも、死なないようにおっかなびっくりだよ」
「ありがとうございます。参考になりました」
「肝が据わってるな。傭兵も連れてるし、アリヒト、お前なら慎重に立ち回れば自力で帰還できるだろう。他に潜ってる連中がいてもし危なそうなら、俺を呼びに来てくれ。俺も定期的にパトロールはしてるが、どうしても穴はできる」
「分かりました。リヴァルさん、どうしてもって時は死ぬ気で戻ってきて救援要請します」
リヴァルさんはニカッと笑うと、俺の肩を軽く叩いて送り出してくれた。彼と同じく救援を生業にしている仲間が数人いて、彼らも軒並み中年男性だが、いい顔で送り出してくれる。
「リヴァル、そういえば注意しておいた方がいいんじゃないか。先程、初心者を組み入れたパーティが潜っていったが、あれは……」
「ああ、あいつらか……前にも『名前つき』に出くわして、初心者を置いて逃げてたな。しかしパーティを組んでる以上、外から口が出せない」
(さっき、ギルドで見た人のことか……? 『名前つき』って、強力な魔物のことか。見捨てられたら高確率で死ぬんじゃ……)
課長やスズナもそうだが、同時に転生して顔を知ってる人たちには生き残っていてほしい。迷宮の中で無茶はできないが、目的が一つ増えた。
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