第一話 迷宮国
『迷宮国』は、迷宮を探索する者と、彼らを支援する者だけが暮らす国である。
つまり、全てが迷宮を中心に回っている。迷宮への入り口は街に何箇所もあり、中に現れる魔物などから難易度がつけられ、ランク分けをされている。
今回、俺と一緒に集団転生した人数は三十人程度らしい。この規模の事故だと相当なニュースになっているだろうが、俺は天涯孤独というやつなので、残してきた家族を悲しませるとかそういうことがないのは救いだ。
同僚が悲しんでくれているかもしれないが、申し訳ないと思うものの、くよくよしていても仕方がない。俺はこれからこの世界で生きていくことを考えねばならない。
俺たちはあのトンネルから迷宮国のいろんな場所に出たようだが、指示通りギルドを目指して集まってきたので、改めて出会った彼らから情報収集をしていろいろと分かった。
俺が出たのはギルドの近くの広場で、特に迷うこともなく来られたのだが、一番乗りというわけではない。周辺でもひときわ大きく目立つギルドの建物に入ると、すでに『探索者』として登録を済ませ、冒険に出ていく人もいた。
「おい、新入りだろ? 単独なら星ひとつの初級迷宮以外は入るなよ。ふたつ以上の迷宮に入ったら即死するぞ」
「そ、即死って。いくらなんでもそんな……」
三十代くらいの働き盛りの男性が、ギルドの先輩方に声をかけられている。内容からするとまっとうな忠告のようなので、新入りに厳しい環境でもないらしい。
「ゴブリンの矢なんかで死にたくねえだろ? あいつらはほぼこっちに敵対してくるから、問答無用で撃ってくるぞ。雑菌の繁殖した糞尿の矢を食らったらそれで終わりだ。初級者なんざ、抽出した毒を使うまでもないだろうさ」
「ひぃっ……わ、分かりました。初級迷宮に……」
「いいだろう。一日目の稼ぎはあらかた貰うが、案内してやってもいいぜ。心配するな、多少は分配してやる」
「あ、ありがとうございます!」
どこまでが善意か分からないが、新参者を案内することを生業としている探索者もいるのだろうか。彼が生き残ることを祈りつつ、俺はふと思いつく。
転生者全員、あるいは元同じ会社の社員同士でパーティを組んで潜ればいいのではないか――しかし、すでに経験のある探索者と組んだ方がいいと考える者も多いようで、次々と初心者を歓迎しているパーティに誘われ、組み込まれていってしまう。
まだ誘われていない人の中に、あの黒髪の子もいた。ギャルっぽい友達は一緒に居ない――残念なことに、若い男性冒険者が率いるパーティに誘われて入ってしまったようだ。
友達を置いていくというのもどうなのだろうと思うが、黒髪の子は特に動揺している様子はないので、ギャルっぽい子の行動については予想していたのだろうと思われる。
俺も早いうちにパーティに入るか、仲間を見つけて安心したい。同じ世界から来た者同士、一緒に頑張ろうじゃないかと黒髪の子を誘えるものなら誘いたかったが、そう上手くはいかなかった。
「スズナ=シロミヤ様、ご記入ありがとうございます。あなたの希望する職業は……『巫女』ですね。おめでとうございます、能力の適性を判断し、受理されました」
「あ、ありがとうございます……」
(スズナ……どういう漢字だろう)
ギルドの登録受付に、先ほど持たせられた札を持っていき、そこで希望する職業を札に書き込む。適性があれば書いた職業に就くことができると、そういうことらしい。
そして『巫女』の職業に就いた少女に、颯爽と近づいていくのは、同じような年代の少女剣士だった。銀色の胸当てなどの防具の下に青い鎧下を身につけ、鞘に納められた剣を背負い、革製らしいベルトで固定している。
白金のようにきらめく髪を後ろで一つに束ね、切れ長の瞳は涼やかで、遠目にも惹きつけられるものがある。行き交う冒険者も雑談を止めて、彼女の一挙手一投足に見入っていた。
「……ちょっといい?」
「あっ、は、はい……何でしょうか。私、この町に来たばかりで……」
「知ってる。ここで登録をしてるっていうことは、転生したばかりの初心者っていうことだから」
黒髪の子――スズナは声をかけられて緊張している様子だった。金髪の少女剣士は声こそ小さいが、にわかに静まった空間には彼女の声がよく通る。
「私、後衛の人を探していて……前衛としてはあまり良くない部分があって、初心者の人が組むにはやりにくいと思うんだけど……で、でも、パーティに入ってくれたら、レベルはすぐに上がると思うから……」
少女剣士は見た感じの印象ではかなりの熟練者に見えるが、わけあってパーティを組む相手がいないらしく、必死でスズナを説得していた。
「エリーティアがまた勧誘してるぜ。今度は何日持つだろうな」
「幾ら強くたって、『あれ』がある限り、誰と組んだって一緒なのにな。まあどうしてもって言うなら組んでやらなくもねえが」
あのエリーティアという剣士はギルドでは有名人のようだ。強い美少女剣士なんて引く手あまただと思うのだが、そうはならない理由があるらしい。
スズナはどうするのだろうと思って見ていると、彼女は周囲の陰口に気づいているようだが、それでも諦めたように目を伏せているエリーティアに手を差し出し、両手で握った。
「こちらこそよろしくお願いします。私も未熟者ですが、後衛が務まるようにがんばりますね」
「っ……ほ、本当に、いいの……?」
「本当は友達と行動しようとしていたんですけど、彼女が別の人のところに行ってしまって……だから、すごく心強いです。『良くない部分』というのがあるんだとしても、ぜひパーティに入れてもらいたいです」
「……ありがとう。私の名前は、エリーティア=セントレイル。あなたは?」
「私は白宮……いえ、スズナ=シロミヤです」
二人は意気投合し、連れ立ってギルドを出ていった。まだニヤついて見送っている人たちがいるが、そんなにエリーティアの抱えている『あれ』というのは深刻なのだろうか。
気になるが、今は自分の職業決定が先決だ。登録カウンターに目を向けると、他の転生者の男性が、何やら揉めているところだった。
「申し訳ありません、あなたには『聖騎士』の適性はないようです。見たところ『戦士』『盗賊』『格闘家』の素養があるようですが……」
「俺はもっと勇者っぽい職業に就きたいんだよ! いいから黙って転職させろ!」
見るからにごつい体型の声が大きい男が、他の窓口で受付嬢に食い下がっている。
しかし受付嬢への恫喝と受け取られたのか、あれよと言う間に武装した兵士のような人々がやってきて、彼を取り押さえてしまった。
「うわっ、な、何すんだよ! 離せ、こんなことしてただで済むと思って……っ」
「残念ですが、お客様の行為は迷宮国において恫喝と判断されます。『カルマ』が上昇しましたので、ゼロになるまで投獄させていただきますね」
「なっ……や、やめろォ! 離してくれっ、謝るっ、今のは謝るっ……うぁぁーっ!」
時を同じくして転生した同士と言えなくもないが、今は反面教師として、ギルド内では秩序立った行動をすべきだと自分に言い聞かせる。彼もカルマというのがゼロになれば牢から出されるのだろうから、取り返しのつかない事態ということもないだろう――と思いたい。
とりあえず、何とか職業決定を無事に終え、のんびりやっていく体勢を整えたい。迷宮を遮二無二攻略するか、この世界で安住の地を得るかは、まず生活基盤を安定させてから考えるべきだろう。
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