終結

 アリィの伸ばした手の先に真っ黒な球体が浮かび上がる。バチバチと音を立てて、異様な空気感を辺りにまき散らす。


 その球体が魔力の塊なのだと、近場にいた俺は嫌でも理解することが出来た。自分の持っている全てを、目の前の球体に込めるつもりなのだろう。


「や、やめろ……」

 眼下から声がして見下ろしてみれば床から男の上半身が生えていて、追い縋るようにアリィの足に絡みついていた。


「そんなことをしたら、誰も残らないぞ。ここにいる全員、消えてなくなる。お前自身も、お前を助けようとしている獣も」


 邪魔をするなというように、魔法の余波が男の顔を弾き飛ばし、戯言を中断させる。それでもしつこく男は再生し、言葉を発し続けた。


「なぜ抗う? お前はまさに神の力を得ているんだぞ。その力があれば、あらゆるモノが思いのままだ。我々も、称え、付き従う。いったい、何が不満なんだ?」


「わたしは」


 球体に力を注ぎ込みながら、アリィは男の問いに答えようと口を開く。


「お母さんと、お母さんの焼くパンを、おいしそうに食べてくれる人がいれば、それでいい」


「なんだそれは、そんなくだらないモノのために、お前は強大な力と、自らの命を捨てるというのか?」


 本当に、心底理解できないという様子で問いかけた。


「くだらなくなんてないよ。わたしにとっては、世界で一番、大切なの」


 そうしている間に球体は完成した。人の頭くらいの大きさなのに、果てしないエネルギーが詰まっているのを肌で感じる。あれに触れたら、きっと俺は跡形もなく消し飛ぶだろう。


「だから、もうこれ以上、わたしの大切なモノを壊さないで!」


 叫んで球体が射出される。同時に俺は透過魔法を発動させた。


 するりと、足にしがみついていた男の手が通り抜け、アリィの体が床へと沈んで行く。


 アリィの肩に乗っていた俺も共に降下していき、男と目が合った。


「にゃー(じゃあな)」


 最後に一言告げて、五感は黒に染まる。

 直後、アリィの魔法が爆発したのか今度は視界が真っ白になった。

 

 正直、透過魔法で攻撃魔法を完全に回避できるかどうかは不安があったが、視界以外の変化は感じられなかった。

 

 しばらくして、色が戻ってくる。


 町の上空、周りには細かく砕けた肉塊が俺たちと一緒になって落下していた。アリィの魔法の成果で、一つ一つの塊は大きくない。全て落下したとしても、町に大した被害は出ないだろう。


 後は無事に着地すれば終わりだ。


 透過魔法を解除し、アリィにもうひと踏ん張り頑張れ、と伝えようとして、彼女が完全に気を失っている姿を目撃する。


 鼻血を流し、落下に驚愕も抵抗もせずに成すがまま、頭から落ちて行く。


 決死の魔法だったんだ。これまでの負担も考えれば気絶してもおかしくはない。


 地面がどんどんと迫ってくる。透過魔法じゃ、落下の衝撃を打ち消すことは不可能だ。発動したところで地面をすり抜けて生き埋めになるのがオチだろう。


 万事休すか、そう思った矢先、建物の屋根の上で誰かが屋根伝いにこちらへ向かっているのに気づいた。それが誰なのかを俺が認識する前に、その人物は屋根を破壊しながら大きく跳躍して、俺たちの元へと辿り着く。


 近づいてようやく、それがラムダなのだと分かった。


 ラムダは両手でアリィを掴み取ると空中で器用に横向きに姿勢を整えてお姫様のように抱え込んだ。


 下方に向かっていた重力が一瞬横へ、そして浮遊感を伴って再び落下していく。


 地面が迫る中、ラムダは身を反転させて進行方向へ背中を向けると、今までよりも強く、俺ごとアリィを抱き締める。


 直後、激しい音と共に衝撃が襲い掛かる。家屋の屋根を突き破り、家具を破壊し、壁に衝突して止まった。


「だ、大丈夫、ですか?」


 痛みを堪えながらも俺たちに問いかけて来るラムダ。俺はすぐに「にゃん」と無事を伝えたが、アリィは答えなかった。


 俺たちはゆっくりとアリィの状態を確認して、すぅすぅと寝息を立てる少女を見て、ホッと安堵する。


 そして額にあった瞳は、今は閉じられていた。よくよく見ればうっすらと横に傷のような線が見える。どうやら消えたわけじゃなく、力を使い切って休眠状態になっているみたいだ。


 これが今後、アリィにどんな影響を与えるのかは分からないが、さっきの言動を見る限り、少なくとも目覚めてすぐに暴れ出すことはないと思うが……。


 ひとまず今は生きて帰れたことを喜ぼう。


「両方無事みたいでよかったです。上で大量の男が襲って来て無理やり落とされた時にはどうしようかと……」


 ラムダはラムダで、増殖男に襲われていたみたいだ。まあ、先に落とされたおかげでアリィの魔法に巻き込まれずに済んだし、こうして助けてくれたのだから。


「とにかく、すぐに救助を……ぐっ」


 立ち上がろうとしたラムダは再び痛みに悶える。俺たちのためにあれだけの無茶をしたのだ。きっと怪我は俺たちよりも酷いはず。


 俺はぴょい、と二人から離れる。


「助けを、呼びに行ってくれるんですか?」

「にゃん」

「……そうですか。では、お願いします」


 俺は頷いて割れた窓から外へ出る。町中にアリィが爆破した肉片が散らばっていた。これは後片付けが大変だろうな、と他人事のようにお考えながら助けを求められそうな人間を探す。


 住民は避難してしまったのか近くに人の気配はなかった。これは少し離れないとダメだろうか。


 そう思った時、ボトリと屋根から肉片が落ちて来た。反射的に振り向き、足を止める。


 落下した肉片はもぞもぞと動いており、今日飽きるほど見続けた目玉が付いていた。俺が近づくと、ぎょろりと視線を向けてくる。


「また、貴様か。ただの獣ではないとは、思っていたが、まさか、これほどとはな……」


 すでに人の形すら保てなくなった男は、弱々しくも語り掛けてくる。


「貴様は、いったい、何者だ?」


「――にゃー(ただの猫だよ)」


 伝わるわけもない答えを告げながら、目玉に止めを刺す。


 サラサラと朽ちていく男の最期を見届けてから、俺は救助を求めて駆け出した。

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