渾身の一撃
なんでここに、という驚きはきっとラムダたちの方が大きかっただろう。二人ともびっくりした顔してるし。何はともあれ助かった。
「あなたは、確か」
「この猫のことを知ってるの?」
ラムダが前で手綱を握っている女性に俺のことを知った経緯を説明する。
「この騒動の中心人物を助けようと? なら、近くにその子がいるのね」
理解が早い。俺はアリィが囚われている場所を示そうと前を向いて、気づく。
魔法陣を形成していた肉塊が、まるで吸い込まれるようにしてアリィを内包している塊へと収束していく。
中心の肉塊はみるみるうちに肥大化していき、魔法陣を支えていた巨大な柱さえも吸収し、最初とは比べ物にならないほどの大きさへと変貌していく。
しかも、支えが何も関わらず肉塊は中空に浮かんでいた。
「……あそこにいるの?」
背後からラムダが問いかけて来た。振り向けば、半信半疑ながらも真剣な顔がそこにあり、俺が頷くとラムダたちも空中に浮かぶ巨大な肉塊へ視線を向ける。
「マジか、生きてんのかね。その子」
「にゃん!」
「……生きてる、って」
「そっか、なら――助けに行く?」
前席の女性は俺、ではなくラムダへと問いかける。一瞬だけ不安に押し潰されそうな表情を見せてから、キッと引き締め直す。
「行く。今度こそ、任務をやり遂げる」
「よく言った」
ニッ、と女性が笑うと空を旋回していたドラゴンは上昇し、肉塊の上空へと移動する。見下ろすとその大きさが際立った。あれが町へ落下したら……いや、今はアリィの救出に集中しよう。
中に入るだけならどうにかなる。
さっきは両手が塞がっていて使えなかったが、エクルーナ所長から預かっている"透過の魔法"で肉塊内部に侵入は可能だ。問題はアリィがどこにいるかが分からないこと。
それと――。
「ん? 誰かいる」
不意に女性が声を上げた。肉塊の上にはポツンと人影が立っていて、大きな目玉と右手をこちらに向けていた。
ゾッと背筋に悪寒が走る。同時にドラゴンが急旋回を行うが、右側の翼から血が噴き出した。悲鳴が上がってバランスが崩れる。
「こっちはなんとかするから、私たちに構わず行きなさい!」
女性が叫ぶとラムダは俺を抱えて思いっきりジャンプした。十メートルくらいの高さがある中で躊躇のない跳躍に肝を冷やしたが、落下地点が柔らかいのもあって無事に着地することが出来た。
そんな俺たちの元へ、男が歩み寄って来る。
「こんな所まで追ってくるとは、どこまでもしつこい害獣だ。貴様のせいで無駄な時間と手間を取らされる」
数メートルの間隔を空けて男は立ち止まった。
「いい加減、ここいらで決着をつけようじゃないか」
挑発するように、わざとらしく両腕を広げながら男は告げる。
望むところだ。俺もそろそろお前の顔に見飽きてたところだったんだ。
一瞬の睨み合いの後、俺は一気に駆け出した。
時間はかけない、短期戦で決着をつける。男はラムダのことをまるで眼中にないような物言いをし、俺を優先的に警戒しているような挑発や発言をしていたが、猫の俺が脅威にならないことは男も承知している。
攻撃の狙いは俺、であると見せかけて不可視の攻撃はラムダに向くだろう。だから敢えて俺が突っ込み、攻撃のチャンスを作ってラムダに決定打をぶちこんでもらう。これしか勝機はない。
意思疎通が出来ないから、ラムダの察し能力に頼らなければならないのが不安だが、信じて賭けるしかない。
男は俺に向かって右手を向けるが、呪文は唱えていない。それがブラフかどうかなんてどうでもいい。俺は思いっきり男の顔面に向かって跳躍した。
同時に首輪の透過魔法を発動させる。
いくら致命傷を与えられないとは言え、いきなり飛びついてきたら反応せざるを得ないはずだ。狙い通り、男は俺を払い除けようと腕を動かす。
しかし男の腕は俺をすり抜け、俺の身体は男の瞳をすり抜けて背後に飛び出した。尻尾の先まで抜け出したのを見計らって魔法を停止させ、着地すると同時に振り返る。
ラムダは俺の意図を上手く読み取ってくれたのか、男へ攻撃を仕掛けているのが見えた。意表を突かれた男はラムダから逃げようと後ろに下がって来た。そんな男の足へ俺は絡みつきに行き、男を転倒させることに成功する。
尻もちを着く男へラムダは容赦なく拳を振り下ろした。
魔法で強化された渾身の一撃が男の顔面を捉え、肉塊に叩きつける。威力はかなりのものだったようで、足元が波打つほどの衝撃が周囲に伝播する。
とんでもない威力。男の頭部が完全に埋まってしまっており、身体を何度か痙攣させた後でピクリとも動かなくなってしまった。
男の生死を確認しようとしたその時、足元で大きく揺れた。さっきラムダが殴った時の衝撃とは違い、まるで鼓動するように規則的な振動だった。
時間がなさそうだ。男のことはラムダに任せて、俺はアリィ救出のために行動を起こす。
透過魔法で中へ入ると言っても、もしもアリィの元に辿り着くことが出来なかったらそのまま反対側へ突き抜けて落下してしまう。
どうにかアリィの居場所が分からないかと足元に意識を集中させて――とても強い気配を肉塊の中心から感じた。この気配は穴の中から発せられた”神”に似ている。
この下だ。そう確信して、俺は肉塊の内部へと潜り込んだ。
瞬間、視界が真っ黒に染まり、音を始めとするあらゆる感覚が遮断される。落下しているのか、それとも停滞しているのかすら曖昧になる。
一瞬、ずっとこのままなんじゃなかろうかと不安になりかけた時、パッと視界が拓けた。
咄嗟に魔法を解いて、周りの状況を把握する間もなく体が床に衝突して止まる。
痛みは、ない。顔を上げて周りを見渡すと薄暗いながらも歪で肉々しい空間であることは分かった。そして空間の奥、ぼんやりとした光の中に、アリィを発見した。
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