逆転の一手
中庭に面する窓から屋敷の中へ放り込まれて、壁に激突。
身体を叩きつけられた痛みを堪えながら立ち上がろうとして、廊下の隅で蹲っている人物と目が合う。
ミクロアだ。彼女は身を隠すように四つん這いになってこっちに近づいてくると俺に向かって口を開く。
「や、やっぱり中で戦ってたの、きみだったんだね」
青白い顔をしながらも、知り合いを見つけて安堵するような仕草を見せるミクロア。まさかここにいるとは思っていなかった人物の登場に、恐怖が少しだけ薄れた。おかげで逃げ腰になっていた気持ちを立て直すことができた。
「きみ、言葉わかるよね? アレをなんとかするの、協力して!」
四つん這いのまま、アレと指を向けたのは中庭の方だった。まさかこの状況を打破する方法があるのか。
もちろん、と俺が頷くと同時にミクロアは説明を始める。
「転送魔法陣を破壊するために、反転魔法陣を使いたいの」
基本的にこの世に出回っている魔法陣には暴走を防ぐ、もしくは強制的に使用を止めるための魔法陣が存在する。それが反転魔法陣だ。
発明者や魔法陣を取り締まる人物――この町ではエクルーナだろうか、が知る最終手段だ。確かに転送魔法を開発したミクロアなら反転陣を扱うことは可能だろうが、上空の魔法陣は改良されているし、対策もされているはずだ。
「一応、ここに来るまでに形状を見て反転魔法陣の構築は済んでるから、これで破壊はできると思う」
そう言って取り出したのは一冊の本で、開かれたページには転送魔法陣に似た模様が描かれていた。
「本当なら同じ規模の魔法陣が必要なんだけど……向こうも即興で作ってるみたいで何か所も粗があったから、これでいけるはず」
見ただけでそこまで分かるのか。しかも僅かな時間で反転陣を構築したのも流石と言えるが……正直、ミクロアの案が通じる可能性は低いが、新たな案を模索している時間も迷っている暇もない。ミクロアの策に賭けるしかないだろう。
しかし、反転陣で転送魔法を破壊すると言っても容易なことじゃない。反転陣の効果を発揮させるには術者の魔力を対象……つまり上空の魔法陣へと流さなければならないからだ。穴が開いてしまっているから、空を飛んで行くわけにもいかないし、転送魔法陣へ到達することは困難を極める。
どうするつもりなのか、と思っていれば、ミクロアは俺を抱き上げて廊下の窓から一緒に顔を覗かせて中庭を見せてきた。
中庭は整えられていた生垣は完全に吹き飛び、当初の綺麗な景色は見る影もなかった。その中央には男とアリィがいて、上空の大穴から一直線に降りてきている真っ黒な気体みたいな物体がアリィを包み込んで、体内に入り込んでいく様が見て取れた。
恐らく、あの黒い気体が奴らの言う”神”なのだろう。身体が朽ちたとか言ってたし。
「中心の女の子……どうなってるかよくわからないけど、空の穴に繋がってるから、あの子に反転魔法陣を使えば、上手く魔法陣の効力を伝達できる……はず」
かなり自信なさげな物言いだったが、こうなったら試してみるしかないだろう。逆転の一手は、それしかないのだから。
問題はどうやってあそこまで近づくか、だ。ミクロアはお世辞にも運動神経が良い方とは言えない。
ミクロアが転送魔法陣の開発者であることは男も知っているだろうし、この土壇場で現れたミクロアがアリィに近づくのを、男が大人しく見守ってくれるわけもないだろう。
オルトやレノアは、俺と同じように吹き飛ばされたのか中庭に姿は見えなかった。一刻も争う状況だが、俺だけじゃミクロアを守れないし、なんとか見つけ出して協力を仰がないとどうしようも……。
「きみ、あそこで転送魔法を使える? そうしたら、わたしがそれを通って反転魔法陣を使うから」
言いながらミクロアは四つ折りにされた、恐らく転送魔法陣が描かれている布を渡してきた。確かに俺だけならアリィの元まで近づくことは出来るだろうが、果たして魔法を発動させる余裕はあるだろうか。
『おーい、無事か兄弟ー!』
そこでシャム猫が合流してきた。駆け寄って来るのを見るに、怪我をしている様子もないようで安心した。
『この人間もオマエの知り合いか? ホント、オマエは顔が広いなぁ』
緊張感の欠片もない言動に、俺は思わず気が抜けそうになった。まあ、さっきみたいにビビッて身動きが取れない俺よりマシか。と内心で苦笑しながらシャム猫に作戦を伝えた。
作戦、と言ってもそこまで複雑なモノじゃない。最初と同じようにどちらかが囮になって隙を作り、アリィに近づく。というだけだ。
『これをアリィのとこに持ってけばいいんだな? よくわからねぇが、わかったぜ!』
元気に頷くシャム猫。完全には理解していないながらも素直に従ってくれるのは本当に助かる。
ただ、あからさまに突っ込むだけじゃ絶対に成功はしないだろう。
俺たちのやり取りを興味深そうに見ていたミクロアに、身振り手振りで一つ頼みごとをしてから――俺とシャム猫は左右へと別れて、割れた窓から同時に中庭へと進入した。
シャム猫は大回りで、俺は直進でアリィの元へと駆けていく。さっきまで恐怖に竦んでいた自分が嘘みたいに足が動く。
禿げ上がった中庭は隠れる場所がなく、接近する難度は上がっているが、男はすでに勝ちを確信しているのか、侵入してきた俺たちに気づいて振り向きはしたものの即座に何かを仕掛けて来ることはなかった。
「また来たのか、今さら何をしようと……」
呆れた様子で俺たちへ意識を向けていた男はシャム猫が何かを咥えているのを見て、一気に警戒の色を強くした。流石に悟られるか。
男は俺とシャム猫を交互に見て、俺が何も持っていないのを確認すると注意をシャム猫へと向ける。
何かしらのアクションは見せるかと思ったが、どうやら俺についてはもう無視を決め込むようだ。
これまでの接触で俺が普通の猫でないことはバレているが、”猫の範疇”から逸脱した存在というわけでもない。だから手ぶらの俺が何か出来るとは考えもしないのだろう。
今さら噛みついたところで怯みもしないはずだ。それよりは未確定な脅威を持ったシャム猫に警戒を集中するのも必然。
俺は男の足元を通り抜け、難なくアリィの元へ辿り着くことが出来た。
念のため、アリィを挟み込むような位置取りをしてから、ペッ、と口に含んでおいた小さい布を吐き出して、少し魔力を送り込んでやれば俺と同じくらいの大きさまで一気に広がった。
表面には転送魔法陣が描かれている。男が異変に気付いてこちらを振り向くが、なんらかの動きを見せるより早く俺は魔法陣を発動させた。
魔法陣の上の空間に穴が開き、そこからにゅっと細い腕が出て来る。続いてミクロアの顔と体が現れるが、全身が出てくる前に男が転移を阻止しようと回り込んで来た。
予想以上にミクロアの動作が遅い。すでに上半身はこちら側に出てきているがこのままじゃ、間に合わない。もしも途中で魔法が切れたら……ミクロアは無事じゃ済まない。
最悪の事態が頭を過った刹那、視界の外からオルトが突っ込んできて、手にしていた大剣で男を弾き飛ばす。
阻止を免れたミクロアが完全に出てくると同時に、反転魔法陣をアリィへと押し付けた。
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