中庭の戦い
地面が抉れるほどの踏ん張りから放たれた突撃はとてつもない速度を持って先頭に立っていたレノアに襲い掛かる。
反撃しようと腕を上げるが、間に合わない!
悟った刹那、レノアの前にオルトが躍り出し、大剣の腹を盾にしてクリフォードの巨体を受け止めた。
ドォンッ! と爆音みたいな音を轟かせながら、オルトは足を地面にめり込ませながらもクリフォードの初撃からレノアを守り切る。
衝突の際に発せられた衝撃は俺とシャム猫がひっくり返るくらい大きかったが、真正面から受けたはずのレノアは微動だにせず、すぐ反撃に打って出る。
レノアの周りに漂っていただけの光の粒子が集まっていくつもの刃を形作ると、容赦なくクリフォードへと降り注いだ。
近距離からの攻撃は外すわけもなくクリフォードの身体を貫く――はずだった。
しかし、クリフォードの背中から五本の触手が飛び出すと、先端がガパッと割れる。そこには鋭く細かい牙がびっしりと生えていた。
触手たちはレノアの魔法を真っ向から突撃していくと、なんとそのまま嚙み砕いてしまう。
魔法を打ち消した。その事実に驚く間もなく、触手たちはレノアへと襲い掛かった。
「うおらぁぁぁ!」
危ない! 俺が思うと同時にオルトが叫び、クリフォードを押し返し始めた。自分の倍以上ある巨体が後退していく。
クリフォードも想定していなかったのか、触手の動きを止めてオルトの対応に注力する。
それでも床を削るだけで後退は止まらない。そうして充分離れた位置にまで到達すると、クリフォードは触手を地面に突き立てて無理やり停止させる。
オルトはいち早く相手の行動を察して反撃が来る前に後ろへ飛ぶとクリフォードとの間合いを取り、大剣を構えた。
今まで押されっぱなしだったクリフォードが瞳を全開に開けてオルトを睨み付ける。表情を読み取ることは出来ないが、かなりお怒りのご様子だ。
クリフォードが再び地面を抉りながら突撃した。右腕を振り上げ、衝突する寸前でオルトに向かって拳を叩きつける。
オルトはただじっとクリフォードを動作を見つめて動かず、降りかかる拳に対して身の丈ほどもある大剣を軽々と振り上げて、二の腕から切断した。
切り離された拳が俺たちの前に落下し、隣でシャム猫が悲鳴を上げる。対して俺はそれらのことには気にも留めず、オルトの戦いに見入ってしまっていた。
右腕を失くしたクリフォードはたじろぎもせずに攻撃を続行する。
左腕を振るい、背中の触手たちも一斉にオルトへと襲い掛かった。振り上げられたままの大剣で全てを防ぐのは不可能だが――。
オルトの後方から光の槍が飛来して触手たちを貫いた。レノアからの援護射撃によってオルトに降りかかる脅威は左腕だけとなり、全力で振り下ろされた大剣が難なく両断した。
クリフォードの相手はオルトたちに任せても大丈夫そうだ。いつまでも観戦してないで、そろそろ俺たちに出来ることをやろう。
『兄弟! 俺たちでアリィを起こしに行くぞ、ついて来てくれ!』
『お? おう!』
隣で同じように戦いを眺めていたシャム猫に呼びかけて俺は駆け出した。
オルトたちの戦闘地帯を避けて、大きく迂回するように中庭の中心へと向かう。仮面の男はオルトたちではなく、しっかりと俺たちを見ていた。
「矮小な畜生の分際で、どこまでも邪魔をしにくるか。いいだろう、相手をしてやる」
大仰に両手を広げて俺に言った。正直、真っ向から戦って勝てる気はしないがアリィの所に辿り着くためにはあいつをどうにかしないことには始まらない。
『あいつは俺が何とかする。隙が出来るまで、お前は隠れて待っててくれ』
『えっ、オマエだけで大丈夫かよ!?』
『問題ないさ。ちゃんと策は考えてる』
『オマエがそう言うなら、わかったぜ! 任せた!』
そう言ってシャム猫は近場の花が咲き乱れる生垣へと飛び込んだ。別れてから、俺は男から数メートル手前で立ち止まり、睨み付ける。
「単独でどうにかなると思われているとは、舐められたものだな。それとも仲間に見捨てられたか?」
挑発のように発する男の言葉を無視して、俺は相手の一挙手一投足を見逃すまいと凝視する。
こいつの相手をする場合、一番厄介なのは不可視の攻撃だ。あれをなんとかしない限り、勝利どころか時間稼ぎすらままならないだろう。
そこで、考えていたことがある。敵の攻撃が魔法であると仮定した場合、魔法を発動するときには予備動作が存在する。
レノアのようなエルフであれば周りの魔子が輝き出す。普通の人間であれば魔法陣を使用する、などなど。
そしてこいつは――。
「××――××――××」
呪文だ。俺は思いっきり横に飛んで移動すると、直前まで俺がいた箇所の地面が凹む。
続けて、男が右手を横に振るうのを見て、俺は垂直にジャンプすると足元を何かが通り抜ける感覚があった。
地下で戦った時に観察してわかったことだが、攻撃範囲はそこまで広くはない。それと一度呪文を唱えた後は手の動作に合わせて攻撃が繰り出される。
どういう魔法かはわからないが、理屈さえわかれば大きく動いていれば避けることは可能だ。
ブラフやフェイントを仕掛けられたら対応できる自信はないが、その前にこっちから仕掛ける!
俺は垂直ジャンプ後、着地した瞬間に駆け出した。
「××――××――××――」
再び男が呪文を唱える。刹那、ぞわっと毛が逆立つ感覚がして、咄嗟に横へ飛べば地面に細長い、切り傷のような跡が穿たれる。
最初の攻撃よりも速い、ちょっとでも反応が遅れていればきっと当たっていた。
俺は横に飛んだ勢いを止めず、近くの生垣へと飛び込んだ。目くらましのつもりでの行動だったのだが、男の瞳がしっかりと俺を捉えていることを仮面越しに感じる。
しかし、攻撃を仕掛けてこない。もしかすると素早い動きには対処できないのか?
だったらと、俺は生垣から飛び出して一気に距離を詰める。
そこで初めて、一瞬だが男がたじろいだ。その僅かな隙を見逃すことなく、俺は地面を蹴って男へ飛び掛かった。
叩き落とそうとでも思ったのか、左腕を上げるが間に合わず、俺の爪が男の仮面に届き、弾き飛ばした。
不気味な巨大な瞳が露になり、ぎろりと俺のことを視線で射抜く。だが、それで俺が止まるわけもなく、仮面を弾いた勢いのまま男の胸元に爪を突き立て張り付いた。
「貴様――」
男が行動を起こすよりも早く、俺は身体をよじ登って無防備に晒されている目玉を力いっぱいに引っ掻いた。
目玉なんて生物にとっては弱点でしかない。これでかなり時間が稼げるはず。
そんな俺の思惑とは裏腹に、爪先はギャリッと、まるでガラスを引っ掻いたような歪な音を発して弾かれてしまう。
想像以上の強度、男は痛がるどころか怯むこともせずに左手で俺の首根っこをひっつかんだ。
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