町の中心で

 レノアたちを置いて行かないよう調整しながら町の中を駆け抜け、辿り着いたのは領主の屋敷だった。


 城と屋敷を足して割ったような豪邸は高い鉄柵で囲まれていて、建物の様子は見えるが敷地内には入ることはできないみたいだ。

 外から見る限り全く人気を感じられず、正門は重そうな鉄の門で阻まれており、訪問者を完全に拒んでいる。


 レノアたちが追い付くのを待たずに、俺は一人で鉄柵の隙間を強引にすり抜けて敷地へ侵入し、内側から門の閂を外して押してみる。

 ――が、ビクともしない。こういうのって内開きだったか? と思いながらシャム猫へ呼びかけた。


『おーい、そっちから開けられるか?』


 門越しにカリカリと音が聞こえたが、一向に開く気配はない。


『重くて無理だー』

「この中に入りたいの?」


 シャム猫の鳴き声にレノアの声が続いた。


「ちょっ、レノアさん! 何をやってるんですか!? ダメですって勝手に入ったら――」


 オルトの制止も聞かずに、レノアは門を開けて中に入ってくる。シャム猫とレノアを出迎えると、オルトが戸惑いながらも顔を覗かせた。目が合い、オルトは妙に得心した表情を浮かべる。


「突然走り出したかと思えば、お前の仕業か、いったい、ここに何があるってんだ?」


 オルトの問いには答えず(言った所で通じないし)速足で玄関に向かう。手入れの行き届いた豪勢な庭を抜けて、何事もなく立派な装飾の施された木製の両扉まで辿り着いた。


 鍵が閉まっていたら、窓から侵入して開けてこようかと思ったが――意外にも施錠はされていなかったようで、レノアがドアノブを捻ると何の抵抗もなく扉は開かれる。


 真っ先に目に入ったのは広々としたエントランスに大きめの二手に分かれているタイプの階段だった。階段に挟まれる形で、正面に扉が見える。


 左右には廊下が伸びており、最奥で直角に曲がっていた。


 今まで用がなかったからここに来るのは初めてだが、構造的にはそれほど複雑そうじゃなさそうでよかった。


「……人がいないな。全員、逃げたのか?」


 オルトが呟く。渦中のど真ん中だし、逃げた可能性も高いだろうが……正直、嫌な予感しかしないんだよな。

 静かすぎる割に、嫌な空気が漂っている。それにいくら緊急事態だからと言ってもぬけの殻にして放置するだろうか。領主の屋敷なんてそれなりに重要な場所だろうに。


 ビビッて玄関先でモタモタしている暇はない。意を決して、俺は屋敷の中へと足を踏み入れた。それに他の連中も続く。


 室内に入った途端、空気が一変した。思わず毛が逆立つほど本能を逆なでする嫌な気配だ。しかも何度か感じたことのある。間違いない、ここに仮面の男がいる。


 慎重に、それでいて急ぎながら、階段に挟まれている正面の扉に近づいた。


「……誰かいるな」


 再び、オルトが呟く。そうしてレノアと目配せしてから頷き合うと、オルトは扉を開いた。


 扉の先は中庭になっているようだった。建物の内側とは思えないくらいに広い庭は四方を建物の壁に囲まれており、色とりどりの様々な花が咲いている。まるで秘密の花園だ。


 その中心部に、人影がこちらに背を向けて立っていた。その足元に誰か仰向けで寝そべっているのも確認できる。


「アリィ!」


 レノアが叫んで駆け出した。慌ててオルトが腕を掴み、彼女を引き止める。

 足元で寝ているのはアリィだ。眠っているのか、レノアの声にも反応を示さない。そしてなぜか男も無反応だった。


「危険です。俺が行きますので、レノアさんは俺の後ろにいてください」


 今にも突っ込んで行きそうなレノアを静止しながら、オルトは先行して中庭の中心へと向けて歩き出した。俺たちもその後ろに隠れる形で進んで行く。


「やはり来たか。全く、面倒くさい奴らだ」


 ちょうど、男までの距離が中間を超えた辺りで男が声を発する。

 とても気だるげで、鬱陶しそうな物言いだった。俺たちが足を止めると同時に、男はこちらを振り返った。


「お前は何者だ! クリフォード様の許可なく立ち入ることは重罪に値すると知っての行いか?」


 威嚇するようにオルトは叫んだ。俺たちも許可は取ってないが、騎士団権限ということにしておこう。

 しかし、そんな脅しが通用するわけもなく、仮面の男はわざとらしく肩を揺らしながらクツクツと笑う。


「領主の許可なら得ているさ。なあ、そうだろう?」


 男が言うと、どこからともなく初老の男が現れた。服装で位の高い人物であると分かるが、艶のある白髪はボサボサで目も虚ろだ。おまけに口はだらしなく開かれ、涎まで垂れている。


「ク、クリフォード様……!?」


 オルトが驚愕の声を上げた。どうやらあれがこの町の領主らしい。ここに来た時点で予想はしていたが、やはりやられていたか……。


 たじろぐオルトを押しのけてレノアが前に出た。敵意の籠った眼差しを仮面の男に向けながら宣戦布告の如く告げる。


「娘を返して」

「それはできない。これは大切な触媒だからな」

「だったら力ずくで奪い返す……!」


 途端にレノアの周囲で突風が巻き起こった。危うく飛ばされそうになるほどの魔力の奔流にさらされ、花弁が舞い上がった。


 魔子による煌めきと周囲を舞う花びらはなかなかに綺麗な光景を生んでいるが、その中心にいるレノアからは優しいパン屋の店主であったと想像できないほどの剣幕をしていて、思わず目を向いていしまう。


 隣にいるだけでも震えあがりそうなほどの殺気。それを一身に受けているはずの仮面男は余裕そうに肩を竦めた。


「相変わらず見かけによらず血の気が多い。――クリフォード、邪魔者を消せ」


 飄々とした物言いから一転し、冷徹に仮面男が言い放つとクリフォードがもがき苦しみ始めた。


 身体が膨張を始め、身に着けていた服を破り、三メートルを超える真っ白な怪物と化す。クルントが変形した時の姿を彷彿とさせるが、筋骨隆々で図体のデカかったクルントと比べてクリフォードは細身だった。だからと言って貧相、というわけではなくアスリートのような、完全な肉体美を有している。


 不気味な一つ目だけになってしまった顔をこちらに向けると同時に、クリフォードは俺たちに向かって突っ込んで来た。

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