各々ができること2
空に広がる魔法陣を見上げてミクロアは顔を青ざめる。あれは自分が作った転移魔法だと気づいたからだ。
認証試験の日、仮面の男に真相を聞き、転移魔法陣を盗まれてから絵本に描かれていた”異界の神の降臨”が訪れることはわかっていたものの、まさかこんな惨事なるとまでは予想していなかった。
父の遺した『我々はとんでもない間違いを犯した』というメッセージと研究の全てを人間ごと破棄した意味を、ようやく理解する。
父はこうなることがわかっていたのだ。だからこそ敵に利用されていると知った時点で名誉も命も投げ捨てる決断をした。それをミクロアは自分の名誉と保身のために、台無しにしたのだ。
「ミク……」
不意に呼ばれてハッとする。怪我人が集められた広場で、最低限の治癒魔法を受けたモータルが目を覚まし、彼女を呼んだのだ。慌てて駆け寄るミクロアにモータルは弱々しく口を開いた。
「空の、あれって……転移魔法陣、だよね?」
「うん……ど、どうしよう。わたし、わたしが完成させちゃったから、だからこんなことに……!」
「落ち着いて、なんでそんな結論に……」
そこまで言ってモータルはミクロアの境遇を思い出す。転移魔法を研究していたミクロアの父については話に聞いていた。顛末や真相も全て。だからこそミクロアは自己嫌悪に陥り、こうして泣き出しそうになっているのだと理解する。
モータルはまだ怪我の治っていない体を起こして、今にも泣き出しそうなミクロアを真っすぐに見つめた。
「だったら、こんな所で泣いてる場合じゃないでしょ」
険しく叱責するような声音にミクロアの体がビクリと跳ねる。怯えた子供のように見返すミクロアへ向けて、モータルは敢えて厳しい声音で続けた。
「今、この国で……ううん、この世界で一番、転移魔法に詳しいのはあなたよ。だから、こんな所でメソメソ泣いていないで、自分にできることをやって」
「でも、わたしが作った物からちょっと変わってるし……それにあんな大きな魔法陣、わたしだけじゃどうしようも」
「ミクちゃん」
自信なく俯いていたミクロアは名前を呼ばれて顔を上げると、そこには優しく微笑む友の顔があった。先ほどとは打って変わって穏やかな雰囲気を纏いながら、モータルはミクロアへ言葉を投げかけた。
「あなたはやればできる人じゃない。忘れたの? 転移魔法陣だって、ほとんどミクちゃん一人で作り上げたこと。自信を持って! きっと今回だってできるよ!」
なんの根拠もない発言だった。それでも今のミクロアには、その根拠のない信用がとてもありがたくて――瞳に溜まっていた涙をグイッと拭い、再び天を仰いで脳みそを回転させる。
魔法陣の進み具合としては八割といったところか。この速度であればあと十分程度で転移魔法陣は完成するだろう。
エクルーナ所長の号令を聞く限り、魔法陣そのものの破壊活動は行っているが、あまりうまく行っているとは思えない。
恐らく、こちらが魔法陣を無力化するよりも早く魔法陣は完成してしまうだろう。なら、そもそよ発動させないようにすればいい。
これだけ大きな転移魔法を扱おうとするならば相応の人数が必要になってくるはず。けれど今から術者を探している時間はない。
であれば、やはり魔法陣そのものをなんとかするしかないだろう。
魔法陣の始点となるは基本的に中心部だ。そこで反転魔法なり妨害魔法なりを実行すれば、壊すことはできなくても時間稼ぎくらいはできるかもしれない。
運良く核となる部分が見つかって壊すことができれば、魔法陣は効力を失うはず。
考えている時間はない。とにかくミクロアは立ち上がり、行動を起こす決意を固める。
「ありがとう、モータルさん。行ってくる!」
「一緒に行けなくてごめんね! がんばって!」
声援を受けてミクロアは走り出す。魔法陣の中心部分であろう領主の館を目指して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます