地上にて
地上、騎士団駐屯地は混迷を極めていた。町の各所から突然湧き出してきた化け物の対処に騎士たちは走り回り、あちこちで遠聴の魔法でやり取りをしている隊員の怒号が飛んでいる。
「西区にて多数の敵が出現!」「港にて五メートルの個体が数体暴れています! 応援を」「住民の避難を最優先に」
飛び交う報告に適切な作戦指示を送りながら、オルトは問いかける。
「攫われた子供の捜索はどうなっている?」
「エクルーナ所長の指揮のもと、研究職員が捜索に当たっていますが、発見には至らず……それどころか連絡が取れなくなっているようです。何かあったのかと思われます」
無意識に舌打ちが出る。レノアはすでに安全な場所へ避難済みだとは聞いているが、自分が助けに言ってやれない現状が腹立たしい。
アリィが攫われると同時に現れた化け物たち……確実に陽動ではあるのだが、その規模が大きすぎる。町にいる騎士を総動員させてようやく対処ができている状態だった。
「た、大変です! 中央区で十メートルを超える化け物が出現したと報告が」
「まだ出てくるか……! 中央区の手の空いている者は応戦に向かえ! 暴れられると被害が凄まじいことになる。優先して討伐を――」
「あ!? オルトさん!」
「なんだ? 今度はどうした」
「中央区に出現した巨大化け物が、討伐されました。ド、ドレイナ陛下が応戦してくださったようで」
「なんだって!?」
何を考えているんだ、と頭を抱えそうになる。現皇帝が戦闘区域にいること自体がおかしいのに、自ら前線に出るなんて。
そこで、オルトは騒動が起こった直後にドレイナから「護衛はいらないから町の防衛を優先しろ」と言われたことを思い出し、それが自分が自由に行動するための方便であるということを悟る。
あの時は緊急事態だったからそこまで頭が回らなかった。強引にでも誰かを付けるべきだったと後悔して、誰を付けようとも結果は同じだっただろうことに思い当たる。
「中央区、凄まじい勢いで敵勢力を鎮圧しているそうです!」
「――余力の出来た戦力を他地区へ回せ。後の指揮は任せた。俺は――陛下を迎えに行ってくる」
「了解です。お気をつけて!」
そう告げてオルトはすぐ横に立てかけてあった身の丈ほどの大剣を手に取ると、部屋を後にした。駐屯所の中には民間人と負傷者で溢れ返っている。周囲からは激しい戦闘音が轟き続けていた。
手近な出入り口から外へ出ると、重厚な鎧の両腕、両脚の付け根に刻まれた魔法陣を発動させて、オルトは駆け出した。
駐屯所を囲う塀を一足で飛び越え、民家の屋根の上に飛び乗り辺りを見渡す。町々の至る所で煙の上がる光景を見て、ここまでの被害を出してしまった自分の不甲斐なさを痛感すると共に、怒りで血が逆流するのを感じていた。
こんな大規模な戦闘はいつ以来だろうか。元より多国間との争いが多いこの国で、何年も平和を維持してきた努力を踏みにじられた。その事実に今さらながら感情が追い付いた。
手当たり次第に敵を屠って回りたい衝動に駆られるが、今の自分の役目はドレイナを連れ戻すことだと言い聞かせる。
まずはあのお転婆娘を見つけなければ、と周囲を見渡して――町中に大きな存在が立ち上がるのを目撃する。
先ほど報告に会った十メートル越えの化け物か。巨大な体躯に人型のシルエットは巨人を思わせる。討伐されたと聞いたが、誤報だったのかそれとも新手か。
逡巡している間に地表から特大の火球が放たれ、一体の頭を吹き飛ばした。あれほどの火力を惜しげもなく扱える存在は世界広しと言えどそういない。
オルトは見つけたと巨人たちの元へ向かった。
途中でいくつかの戦闘を見かけたが、どこも危なげなく対処できているようだ。巨人の方へと意識を戻せば、吹き飛ばされた頭が再生されている。
レノアを襲った個体と魔法研究所に現れた個体は頭を潰せば消滅したと聞いたが、奴は少し違うようだ。
あれが本気で暴れると被害がとんでもないことになりそうだ。それを危惧して、ドレイナも奴の討伐を優先しているのだろうとオルトは考える。だからこそ、迂闊に攻撃ができないでいるのだろうとも。
戦闘は町一番の広さを有する環状交差点で行われているようで、いつもは市民が行き来し賑わう円形の場には多くの騎士たちが巨人を見上げていた。その中心に赤く凛々しい人影を発見する。
オルトは大剣を構えて屋根から跳躍し、巨人の左足へと向けて横なぎに振るった。そのひと振りで巨人の太い脚は切断され、巨体が地へと落ちる。
崩れ落ちる巨人の横を通り抜けて、オルトは凛と佇む赤い人影の近くへと着地する。
「何をやっておられるのですか! 非常時に勝手なことをしないでください!」
開口一番、苦言を呈するオルトに対してドレイナは笑顔で返す。
「お早い登場ね。流石だわ」
「この状況じゃ皮肉にしか聞こえませんね」
言葉を交わす傍らで巨人の切断された脚が独りでに移動し、くっついて再生する。周囲を囲んでいた騎士隊からはどよめきの声が上がりつつも、誰一人として逃げようとする者はいなかった。
そんな彼らへ向けて、オルトは叫ぶ。
「総員、この場を離れろ! 逃げ遅れた民間人の保護と周囲にいる化け物たちの対処へ回れ!」
「で、ですが陛下の安全は……」
「皇帝陛下は俺が死守する。みんなは町の保護を頼んだ」
「わ、わかりました!」
戸惑いながらも、騎士たちはオルトの命令に従い散っていく。
「あなたに守ってもらうほど弱くはないつもりだけど」
「建前ですよ。部下をあなたの戦いに巻き込むわけにはいきませんから」
「ふふ、わかってるじゃない」
軽いやり取りをしている間に巨人は吹き飛んだ頭も、切断された脚も、完全に元に戻って復活を遂げ、鈍い虹色の大きな目玉が二人を見下ろしていた。
それを見上げて、ドレイナは楽しそうに笑う。
「じゃあ、久しぶりに全力で暴れるとしましょうか」
彼女の宣言を合図に巨人が動く。右腕を振り上げ、二人へと振り下ろす。迫りくる豪胆な腕を迎え撃つべきオルトは前に出て、横に振るう。
一刀両断された腕は地面に着地することなくドレイナが受け止め、自身の身体と同等以上はある巨人の拳を投げ返す。
砲弾の如く飛来した拳を狂人は顔面に受け、後ろへ仰け反り巨体を傾かせる。オルトはすかさず、巨人の背後へと駆け込むと跳躍して背中を蹴り上げた。
後ろへ倒れかけていた巨人は強制的に体勢を戻され、たたらを踏む。その瞳はつい数秒前に顔へ叩きつけられた自身の拳が、目前で爆散するのを映していた。
熱風が瞳を焼き、左手で庇おうとするが、肘から先の部分はすでに存在せずオルトによって細かに斬り刻まれていた。
熱で焼かれて霞む視界にドレイナが小さな赤い影として飛び込んでくる。咄嗟に振り払おうと右腕を払おうとするが、今度は肩から先がなくなっていた。
ドレイナは空中で華麗に身を前転させると脳天へ踵を振り下ろした。巨人の頭はへしゃげて首元へとめり込む。
怒涛の攻撃に巨人が後ろへよろめくが倒れることも許されず、再びオルトから背中を蹴られて強制的に交差点のど真ん中へと移動させられる。
堪らず膝を着く巨人の背後で、ドレイナがオルトを踏み台に巨人の頭上へと跳躍した。
なんとか頭部を再生させた巨人はドレイナの気配を察知して空を仰ぎ見る。
紅い乙女は大きく口を開けて呆然と見上げる巨人を見下ろすと、特大の火球を放った。
業火の炎は接触することもなく巨人を灰に変え、地面に接触すると同時に大爆発を巻き起こす。特大の火柱を上げながら周囲の建物を吹き飛ばし、辺り一帯を焼き尽くす。
巨人は跡形もなく消し飛ばしたドレイナは華麗に着地すると、更地と化した環状交差点と瓦礫に変わった建物を見てポツリと、
「やり過ぎた」
と言葉を零した。
瓦礫の中から這い出したオルトは、一変した周囲を見て瞠目し、元凶である人物への元へと駆け寄る。
「加減を知らないんですか、あんたは! せっかく町に被害を出さないよう配慮して戦っていたのに全部無駄になったじゃないですか!」
目上の相手にも関わらず横暴な物言いで叱責するオルトに、ドレイナは苦笑いで答えた。
「これでもかなり抑えたのよ? ただ、久々だからちょっと調整を間違えちゃって」
「ちょっとの騒ぎじゃないでしょう……これならあの巨人が暴れた方が被害は少なかったんじゃないですか」
流石に人的被害は出ていないと思うが、建物は魔法を使ったとしても元通りにはならないだろう。後処理を考え、オルトは頭痛を覚えた。
「やってしまったものは仕方がないわ。それよりも他の敵を殲滅に行きましょう」
「あなたはもう何もしないでください! 町を更地にするつもりですか!」
尚も戦闘を続けようとするドレイナを制止するオルト。
「とにかく、後は我々に任せて陛下は安全な場所へ――」
無理やりにでも連れ戻そうとオルトがドレイナへ詰め寄った時、ズンッと地面が揺れた。
二人は同時に周囲を警戒する。しかし、周りに敵の姿はない。地面の揺れは収まることなく続いていて、徐々に激しさを増していた。
「地下――!」
と、ドレイナが足元へ視線をやった刹那、地面が盛り上がるように隆起する。
飛び退くようにその場から離れる二人が目にしたのは、地面を割って持ち上がる肉塊だった。
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