脱出

 あれこれ考えていたのが馬鹿らしくなるくらいにあっけなく救出してしまった。もしかして、俺はいらなかっただろうか。


 微妙な感情に陥りながらも二人の元へと駆け寄ろうとして、彼女たちへ触手の攻撃が襲いかかるのを見る。


 危ない! と思った瞬間にモータルが現れて防壁を展開する。


 間一髪、触手は弾かれる。ラムダは驚いた様子を見せるとほんのりと表情が和らいだ。


「あなたたちは……救助に来てくれたんですね」


「そのつもりだったんですけどぉ……すみません、あたしたちも結構カツカツでぇ」


 つぅ……とモータルの鼻から血が流れ出る。かなりギリギリみたいだ。あの防壁も長くはもたないだろう。


 猫たちはシャム猫の指示に従い、頑張って囮役をしてくれてはいるが、流石にアリィを奪還したことと、人が増えたことで化け物の興味は彼女たちから離れず執拗に防壁を攻撃していた。


 通路までは十メートルくらいだろうか。防壁を解いて逃げたとしても、疲労困憊であろう彼女たちでは辿り着けるか分からない。


 なんとかして一度注意を逸らさなければ。そう考えている間にも防壁にヒビが入り、今にも割れそうになる。


 すると、モータルが懐から何かを取り出した。折り畳まれたそれを、防壁魔法の展開が解けないように、片手で器用に広げると彼女は叫んだ。


「ミクちゃん! お願い!」


 直後、防壁の中に黒い穴が現れる。転移魔法であると一目でわかった。


「これに入って、早く!」


 必死の形相でモータルが言うと、アリィとラムダは同時に穴の中へと飛び込む。


 その一瞬、触手の攻撃が止まった。細い触手を絡め合わせて一本の太い触手を作り出すと、それを勢いよく地面へ向かって振り下ろす。


 モータルは防壁を解くと転がるように穴の中へと飛び込んだ。強力な一撃が地面に叩きつけられ、部屋全体が大きく揺れる。


 恐らく肉塊で覆われていなければ崩れてしまっていたのではないだろうかと思うくらいに強力な一撃だった。


 呆けている暇はない。俺は即座に叫んだ。


『全員、通路に走れ!』


 俺の声を聞いた数匹が逃げ出す。部屋中に散らばった猫たちが逃げ遅れないように俺は可能な限り化け物を引き付けようと部屋を駆け回った。一点集中の攻撃のおかげで、相手の手数はかなり減っている。ほぼ、全員が部屋から逃げ出した所で、俺も通路に向かって駆け出した。


 獲物を逃がした化け物が苛立たし気にうねっている。三つの大口が一斉に俺へ向かってくるが、小さく素早い相手を捕えるのは苦手なようで避けるのは割と容易かった。


 そうして俺も通路へ転がり込んだ瞬間、背後で盛大な衝突音が鳴り響き、出入口が瓦礫で塞がる。逃げたみんなは少し先を走っているようで、通路の奥に光球による光とそれに照らされる背中が見える。俺もそれを追いかけた。


 懸念していた天井の肉塊による追撃は、今の所ないようだ。部屋から充分離れた場所で、人間勢の限界が来たらしく倒れるようにへたり込む。


「はぁ、な、なんとかなった……」


「あぁ~、もうむりぃ。一発も魔法使えないぃ」


 布で鼻を抑えながら蹲る二人にアリィが歩み寄って背中を摩る。なんとか猫たちも一匹も欠けることなく切り抜けられたようで、仲間たちはお互いの健闘を称え合っている。


「アリィさん、大丈夫ですか? 食べられてましたが……」


「うん、わたしは平気。おねえさんが助けてくれたから。わたしより、おねえさんの方がボロボロ……」


「問題ありませんよ」


 ニコリと笑って答えるラムダだったが、鎧も至る所が損傷しており、素肌の見えている顔にも多くの擦り傷が付いている。この中では一番重症だろうに、座り込むこともなく平然を装っていた。


「私より、お二人です。危ない所を助けてもらいました」


「いやいや、そんなぁ。と言いたいところですけどホントによくやったと自分でも思いますぅ」


「まさか、わたしたちだけで、助けられるとは……」


「というかぁ、援軍が全然来ないんだけど、どうなってるの。ちょっと所長に文句言ってやらなくちゃ。猫ちゃん、ちょっと所長に連絡入れてくれる?」


 確かにあまりにも遅すぎる。結局、俺たちだけで全部やってしまった。俺の首輪で位置は常に把握しているはずなので道に迷っているわけでもないだろうし、現状確認も兼ねて所長へ連絡しよう。


 首輪に仕込んだ遠聴の魔法を発動させようとした。その時だ。


 通路の奥から誰かが近づいてくる気配を感じて動作を止める。他の猫たちも気が付いたようで、ワイワイとはしゃいでいた空気が一気に沈んだ。


「どうしたのぉ?」


 モータルの問いかけに反応することも出来ず、近づいてくる人物に注目する。灯りは付けていないのか、暗闇の中で足音だけが響いていた。それだけでも異様なのに、近づいてくる足音は一つだけだ。しかも、感じる気配は、どこか嫌な感じがした。


「ウゥ~……」


 と、仲間の何匹かが威嚇の唸りを上げる。暗闇の中から現れたのは、真っ白な仮面を着けた人物だった。

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