合流

 俺たちが辿り着いた部屋は肉塊に支配されて、天井には肉の花が咲き、そこから数多の触手が伸びている。そのうちの三本は太く、先端に醜悪な口がついていた。思わず立ち止まってしまうほどに壮絶な光景だった。


『うわっ! なんだあれ!』『気持ち悪い!』『あ、アイツがいるぞ! 無事だったんだ!』


 背後で猫たちの野次が飛ぶ。執拗に叩きつけられる攻撃に対して、ラムダとシャム猫が懸命に対処しているが見えた。しかしアリィの姿はどこにも見当たらない。


『お前たちは部屋の外で待っていてくれ! まずは俺が様子を見に行く。呼んだらすぐに来られるよう待機していてくれ!』


 みんなにそう言って駆け出した。状況は分からないが、ラムダらは目の前の化け物に対して逃げようとせず、果敢に攻撃を仕掛けるタイミングを見定めているように思えた。嫌な予感を覚えながらも、俺はシャム猫の元へと近づいて行く。


 かなり疲弊しているのかいつもより動きが鈍い。そう思ったのも束の間、シャム猫は細い触手の薙ぎ払いを受けて倒れる。そんな彼を捕食しようと、大口が迫る。


 俺は走る足を緩めることなくシャム猫に接近すると、首根っこに噛みついて引っ張りながら間一髪のところで大口から逃れる。


『大丈夫か!?』


『オマエ、来てくれたのか……! 助かったぜ……』


『よく頑張ったな! とにかく逃げるぞ』


『ま、待ってくれ。アリィが、アイツに、食われちまったんだ。早く、助け出さねえ

と!』


『なんだって!?』


 言われて化け物を仰ぎ見る。そのタイミングで再び大口が襲い掛かって来たので慌てて逃げる。走りながら俺はシャム猫に問いかけた。


『アリィが食われたのはいつだ? どれが食った?』


『ついさっき……あの口を閉じているヤツだ』


 ちらりと見れば三つのうちの一つが口を閉ざしているのが見えた。あいつか。口を閉じっぱなしということは、まだ呑みこまれてはいないと思いたいが……。


『すまねぇ……オレじゃ、アリィを守り切れなかった……』


『お前はよくやったよ。あとは俺に任せて、休んでろ。あそこにみんながいるから』


『いいや! オレも最後まで戦うぜ。やられっぱなしで逃げられるかよ』


 体は傷だらけなのにシャム猫は化け物を力強く睨み付ける。


『――分かった。一緒にアリィを助けよう!』


 とは言っても俺たちじゃどうしようもない。触手は天井から生えているからジャンプした所で届かないし、壁を伝って行くわけにもいかない。例えアリィを食ったっていう大口の元に辿り着けたとしても、助け出す手段が……。


 いや、ひとつだけある。クルントの事件後、もしもの時にとエクルーナ所長から透過の魔法陣を貰っていたのだ。これを使えば、なんとかアリィを助け出せるかもしれない。


 問題はどうやって彼女の元へと行くかだが……。ミクロアたちは部屋に入って来ず様子を窺っている。加勢したいができないと言った様子だ。もう魔力が残っていないのだろう。ラムダはひたすらに触手の攻撃をいなしていた。ただ、視線は一心にアリィを食った個体に注がれている。


 今ある材料で可能な救出作戦を考え、なんとか頭の中でまとめ上げる。正直、成功するかは微妙だがやってみるしかない。


『お前、まだ走れるか?』


『なんとか……なにか思いついたのか?』


『あぁ、仲間たちと一緒にアイツのかく乱を任せたい。出来る限り、盛大に。その指揮を任せていいか』


『ああ、わかった。任されたぜ!』


 辛いだろうに力の籠った返事を聞いて、俺は「にゃおぉぉぉん!」と吠えてみんなに合図を送った。そうすれば部屋の外で待機していた仲間たちが一斉に部屋の中へと流れ込んでくる。


『とにかく化け物の注意を引き付けてくれ! 戦わなくてもいいからな!』


 言いながら今度はラムダの方へと駆け出した。天井付近にいる敵の元へ行く方法として、彼女に投げてもらうのが一番手っ取り早いと思ったのだ。アリィを捕食した個体までの高さは五メートルくらい。天井も十メートル程度。それくらいの高さなら、例え失敗したとしても猫であれば楽々着地できる。


 問題はどうやって俺のことを投げてもらえるように伝えるかだが。


 なんてことを考えている間に猫たちのかく乱が始まった。突然、多くの獲物が現れたことで化け物はかなり混乱しているらしく、目に見えて動きが鈍った。もともと二人でもいなせていたのだ。対処し切れないだろうとは思っていた。


 きっと慣れるまでにもそれなりの時間が掛かるはず。その間にアリィを救出しなければ。


 ラムダへどうやって伝えるか、様々なシミュレーションを頭の中で考えながら走り続ける。これなら伝わるだろう、といくつかのジェスチャーに目星をつけて、ラムダの足元へ到達しようとその時だった。


 ラムダは、じっとアリィを捕える個体を見据え、膝を曲げた。かと思った次の瞬間、彼女は勢いよく跳躍する。


 地面が割れるほどの衝撃に吹き飛ばされながら、俺はまるでロケットのように飛んでいき、大口の一体に衝突するラムダを唖然とした気持ちで見ていた。


 高さ五メートル、距離は数十メートルは離れていそうな場所まで一度のジャンプで辿り着くなんて、どんな脚力をしているんだ。


 ラムダ渾身の体当たりを食らった個体はぐらりと傾きはしたものの、地面に落ちることも口が開くこともなかった。しかし、ラムダも落下することなくしがみついている。付け根の部分を両足で挟んで逆さの状態になると、大口に向かって拳を叩き込んだ。


 かなりの力が籠っていたのか、殴られるたびに大口の表面が波打つ。二度、三度と攻撃を畳みかけた所で大口は堪らず部屋の中央付近に落下した。ふらついた足取りでラムダは立ち上がると、口先へと移動して化け物の口をこじ開ける。


 口内には魔法の防壁を展開させて身を守っていたアリィがいた。意識もあるようで、ラムダの顔を見た瞬間に彼女の胸元へと飛びつく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る