深淵の入口

 ミクロアたちと合流してからも犬の襲撃はあったが、その度に魔法で蹴散らしながら下水道を進んで行く。


 途中ではぐれた仲間たちと合流し、猫の数は十数匹まで集まった。けれど入って来た時とは比べ物にならないくらいに減ってしまった。猫の死体や血液などは見ていないのでやられていないことを願うばかりだ。


 下水道住みの猫たちの協力を得ながらアリィを攫った化け物の痕跡を辿り、奥へ奥へ。次第に外の光が入り辛くなってきたのか、辺りは薄暗くなっていき、しばらくして今までとは様相の違う場所へ辿り着いた。


 これまでの通路はコンクリートのように岩肌を滑らかに削って作られた、明らかに人間が手入れしていると分かる場所だった。それが目の前で終わり、先にはこれまでよりも造りが雑な通路が続いている。


 石壁で補強はされているが、岩肌も露出しているような、大昔に作られた通路を下水道として活用している、というような武骨な通路だった。


 光を取り入れる穴も物もないのか、最奥まで見通すことの出来ないような暗闇に染まっている。


『申し訳ないけど、アタイが協力できるのはここまでよ』


 見ればサビ猫の耳がぺたりと後ろに張り付いていた。とても怯えているようだ。


『この先は、だれも入ったことがないの。暗いし、それに……なにかが潜んでいるような感じがして……』


 見れば以前から下水道にいた猫たちだけでなく、地上住みの野良猫や親衛隊の何匹かも、どこか落ち着かないようにソワソワとしていた。俺には感じられない何かを感じ取っているのだろうか。


『わかった。ここまで案内してくれてありがとう。この礼はいずれ必ず返すよ』


『えぇ、期待してるわ。最後まで力になれなくてごめんなさいね』


 そうしてサビ猫含む下水道組と、ここまでノリで協力してくれていた野良猫たちは去って行った。残ったのはアリィに恩がある十匹にも満たない猫たち。


『ここからはさっきよりも危険な場所みたいだ。みんなも、無理しないで帰ってくれ。あとは俺たちでアリィたちを助けてくるから』


『なに言ってんだよ。オレたちも行くぜ!』


『ここまで来て尻尾巻いて逃げろってか? そんな情けないことができるかよ!』


 そうだ、そうだと他の猫たちも同意する。彼らも俺と同じくらい、アリィを助けたいと思っているのだ。


『みんな、ありがとう。絶対俺たちでアリィたちを助けるぞ!』


『『『おー!』』』


 と、意気込んでみたものの、ここからどうしよう。案内がなければまともに進める気がしないんだよなぁ。相変わらず鼻は利かないし、この先は灯りすらなさそうだ。


 どこにさっきみたいな化け物が潜んでいるか分からない場所を闇雲に探すのは危険すぎる。時間もそれほどかけられないだろうし、何か策を講じないと。


「道案内してくれてた猫、どっか行っちゃったけど、もしかしてこの先の道は、わからない?」


 ミクロアに問いかけられて、俺は反射的に頷いた。


「それなら、これが使えるんじゃない?」


 そう言ってモータルが取り出したのは筒状の棒だった。なんだろうかと思いながら見守っていると、モータルは説明を始める。


「これはぁ、開発中の探知魔法だよぉ。ここに探したい対象に関連している物を入れて魔法を発動させれば、導いてくれるのぉ。今回は、あたしを襲った奴の仮面を粉末にした物を入れて試してみるよぉ」


「……猫に説明してもわからないでしょ」


「気分だよ。気分。じゃぁ、行くよぉ」


 モータルが魔法を発動させると、棒の先から青い粒子が排出され、フワフワと辺りに漂い始める。それらは次第に固まっていき、川が流れるように暗闇の先へと向かって行く。


「成功、かな? さっき試した時は周りに散らばるだけで安定しなかったし」


「ひとまず、これを辿って行ってみよう。攫われた子の所まで行けるか、祈っててねぇ」


 祈るって……本当に大丈夫なんだろうか。しかし、今は他に頼る術はない。こんな所でモタモタしている暇もないし、進むしかないだろう。


 俺たちは再び歩き始めた。灯りはミクロアが光球を出して確保する。


 真っ暗でじめっとした通路。しかも横道が多く枝分かれしていて、道しるべがなければ一瞬で迷ってしまっていただろう。魔法さまさまだ。


「そんなに引っ付いたら、逆に危ないよぉ」


「だ、だって……こわいんだもん……」


 先行する俺たちの後ろで二人の話し声が聞こえてくる。振り返れば真っ青な顔をしたミクロアが、平然と歩くモータルに抱き着くような感じでぴったりと張り付いていた。


 洞窟という武骨さも相まって、今にも何かが飛び出してきそうな雰囲気が辿っている。しかも木の根がそこら中に張り巡らされていて、それがパイプに見えるものだからエイリアンの舞台と錯覚してしまいそうになる。


 気づかない内に天井から這い寄って来た化け物に一人ずつ食われていく――そんな光景を想像したら俺も怖くなってきた。魔法の煙を追うことに集中しよう。


 辺りにほとんど音はない。猫の聴覚と感覚があれば敵が接近してきてもすぐに気づける、はずだ。何か起こればすぐに対処できるよう、襲われた場面を想定しつつ、なおかつ警戒をしながら不気味な通路を歩き続ける。


 張り詰めた緊張の中、予想に反して敵は現れない。もちろん、天井も含めてまんべんなく視界確認を行っているが、ネズミ一匹出てこなかった。こうなってくると逆に恐怖心が増してくる。相手は謎に満ちた生物だ。音も姿も消して近づいてくる、なんて芸当もしてくるかもしれない。


 それどころか仲間が入れ替わり、すでに無事なのは自分だけなんじゃ……なんて妄想も浮かんでは消えていく。


「ひやぁっ!?」


 突然響いた叫び声に、俺含めて数匹の猫が飛び上がる。毛を尻尾の先まで膨らませながら振り返ると、モータルが怪訝な表情を浮かべてミクロアを見ていた。叫び声を上げた当人であるミクロアは、足元に視線を落としている。


「どうしたのぉ、いきなり大きな声出してぇ」


「いや、なんか……ぐにゅっとした物が……」


 ナメクジでも踏んだのか? インドア派のミクロアは慣れていないのかもしれないが、それくらいでいちいち悲鳴を上げないでくれ、心臓に悪いから。


「あんまり声出したら、敵がよってくるよぉ?」


「ご、ごめん……あれ、なにこれ……?」


「んん? ……え、これって」


 ミクロアだけでなくモータルまでもが強張った声を出すものだから、前を向き直ってすぐ振り返る。光球を地面に近づけ、食い入るように二人は地面の何かを注視し始めた。


 なんだ、そんなにデカいナメクジだったのか? 少し興味をそそられ、俺も二人の足元へ近づいて、ぎょっとする。


 通路を横切るようにして伸びる一筋の線。俺が今まで木の根だと思っていた物体は植物なんかじゃなく、もっと生物的な物だった。


 光に照らされたことで赤っぽい色味が浮き出し、まるで血が流れているかのように時々脈打っている。まさか、と思って天井を見上げた。二人も同じ想像をしてしまったのだろう、球体の出力を上げて辺り一帯を照らし出す。


 そこはまるで生き物の腹の中のように、至る所に肉の筋が這い回っていた。

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