窮地と好転
『くそっ! なんなんだよ、あいつは!』
下水道に住む猫の力を借りながら、順調にアリィたちの追跡を続けていた俺たちの前に現れたのは、犬のような化け物だった。
犬、と言っても目玉は一つで脚も六本あるし、一メートルくらいあるしで完全に化け物なんだが。幸いにも機動力は猫の方が勝っているようで、今のところは犠牲もなく逃げられてはいるが、仲間たちも散り散りになってしまい立ち往生を余儀なくされてしまっていた。
俺の周りにいるのはサビ猫と、三匹の猫たちだ。一応、みんなには危なくなったら逃げろ、とは伝えてあるがはぐれた連中は上手く逃げられているだろうか。
心配だが、今は自分の身を守ることで精いっぱいだった。後ろからは執拗に二匹の犬が追いかけてきている。
どうする、一か八か戦うか? こっちは五匹、数の上では優勢だ。それにアリィたちが連れ去られてからすでに一時間以上が経過している。一刻も早く見つけ出して助けてやらないが……。
いや、駄目だ。戦っても敵を仕留める手段がない。猫は基本的に自分よりも図体の大きな生物には無力。もちろん、相手が普通の動物ならば追い払うことは出来るだろう。
しかし、後ろから追ってきているのは未知の化け物。それも傷が治るような奴らだ。俺たちが束になっても一匹倒せるかどうか怪しい。
このまま逃げていても目的地から遠ざかる一方だ。無理やり奥に進んだとして、新しい敵と鉢合わせになってしまえばそれこそお終いだ。というか、ずっと走っていたら普通に体力が持たない!
やはり、ここは反撃に出るしかない。
『みんな! 俺が奴らの気を引くから、その間に目を潰してくれ! 同時にだ!』
一緒に逃げている四匹のうち、以前から面識があるのは一匹だけ。即興で息を合わせられるかは分からないが、この場を切り抜けるにはやるしかない。
『行くぞ!』
と、俺は叫んで急ブレーキ、からの踵を返して犬の方へ走った。突然の方向転換、それも自分たちの方へと向かってくる俺に対して犬たちの動きが止まり、注目が集中する。勢いを殺さず、俺は一気に犬たちの間を駆け抜けた。
数歩進んで振り返る。犬は二体とも俺の方を振り返っていた。意識が逸れた相手に向かって猫たちが飛び掛かる。ちょうど一体に二匹ずつ、爪が目玉を切り裂き牙を食い込ませる。
痛みにもがき暴れる犬たち。それを見て俺は再び叫んだ。
『よし! 今の内だ! 行くぞ!』
俺の声に猫たちは敵から離れて俺の方へと駆けてくる。近くに来るのを待って、俺も走り出した。
『ねえ、ちょっと! あいつらやっつけないの!? 倒すのに協力してくれる約束だったじゃない!』
『一体ならともかく、二体も相手にできないって! せめてもっと仲間と合流しないと』
そこまで言って、前からさらに三匹の犬たちが向かって来ているのに気づいた。慌てて俺たちは立ち止まる。
『ヤバい! 引き返せ!』
くそ、どれだけいるんだ!
胸中で悪態を吐きながら踵を返して来た道を戻ろうとしたが、さっき足止めをしておいた二体の犬が傷を再生させて戻ってきている姿が見えた。
マズい、挟まれた! もう戦うしかないか……!? だが、もう奇襲は通用しないだろう。数でも同じになってしまった状況で、勝ち目は――戦いようはあるのか?
そんなことを考えている間にも犬たちが迫る。もう反撃に転じる暇はない。
終わった。そう確信した刹那、ヒュッ、と一陣の風が頭上を通過する。
一斉に、五体の犬が上下で真っ二つに裂けた。制御の利かなくなった白い肉体が俺たちの周りに振ってくる。
『な、なんだ――!?』
突然の出来事に驚く俺の耳に、聞き覚えのある声が届く。
「よかった……! 間に合った……!」
「うわぁ、所長から貰った魔法、威力えぐいねぇ」
下水道の奥からやって来たのは二人の少女――ミクロアとモータルだった。どうしてここに、と困惑気味に見上げる俺へミクロアが手を伸ばし、首輪に触れて
「エ、エクルーナ所長。聞こえますか? ヨゾラと、合流しました」
『聞こえているわ。ちゃんと首輪を付けていてくれてたみたいね』
どうやら首輪の魔法陣で位置を割り出したらしい。そんなことも出来るなんて知らなかったが、なにはともあれ助かった。
『ヨゾラと会えたなら、そのまま攫われた人たちを追いかけて。きっと彼なら追跡ができるはずよ。そうよね、ヨゾラ?』
問われて俺は頷く。
「う、頷いてますけど……え、わたしたちだけで行くんですか!? ここにはわたしとモータルさんしかいませんけど」
『他のチームとあなたたちとの距離が離れすぎてる。狙われていた子供、アリィと言ったかしら。その子が攫われてもうかなりの時間が経ってるわ。何をするつもりかはわからないけど、合流している時間はないわ。あなたたちの後を追うように指示は出すから』
「あんまりここに長居もしたくないしねぇ。あたしとミクちゃんなら大丈夫だよ! エクルーナ所長から攻撃用の魔法陣もたくさん預かってるんだし」
俺以外の猫たちと戯れながらモータルが言った。表情はどこか楽し気だし、たぶんだがこいつ魔法をぶっ放したいだけなのでないだろうか。
ただ、急いだほうがいいだろうというのは俺も同感だった。犬の化け物はさっきの魔法でやられたのか、ノーレンスやクルントの時と同じように体が崩れていっている。これを見る限りだと、彼女たちだけでも先に進む分には問題ないように思えた。
「う、うぅ……あんまり、気乗りはしないけど……」
「そうこなくっちゃねぇ。じゃぁ、猫ちゃん。案内よろしくぅ」
俺は頷いてサビ猫に向き直る。
『案内の再開、頼むよ。道はまだわかるよな?』
『それは大丈夫だけど、人間も従えるとか、アンタ本当になんなの?』
『君と同じ、ただの野良猫だよ』
というか、従えてるわけじゃないんだけども。説明している時間も無いので適当に答えておく。
あまり納得してなさそうだったが、サビ猫は追及してこず案内を再開させた。新たに頼もしい、と言うにはちょっと頼りにない人間たちを仲間に加えて、俺たちは下水道を駆け出した。
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