とある新米騎士の奮起

 どうしてここに母のドラゴンが。皇帝陛下に何かあったのだろうか。不安を抱きながら近づいて行くと、門番の隊員と談笑する母の姿を発見する。同時に母も私のことを見つけたようで、右手を頭上へ挙げて大きく振り回す。


「おーい、ラムー!」


 大声で家族間の愛称を呼ばれて、ちょっとだけ恥ずかしく思いながらも私は母の元へと近づいて行く。


「どうしたの、お母さ……どうかしたのですか、何か問題が?」


「違う違う、あなたに会いに来たの。だって、全然顔を出してくれないんだもの。仕事、忙しいんでしょ? 少し見ない間に逞しくなっちゃってー」


 相変わらず感情豊かな母親に自分とのギャップを感じてうんざりする。今は一番会いたくなかったのに。


「そんなことのために、持ち場を離れて来たんですか? わざわざドラゴンに乗って」


 嫌な感情に引きずられて、とげとげしい態度を取ってしまう。けれど母は特に気にした素振りも見せずに笑顔のままだった。


「いいのいいの、最近なんにもなくてずっと籠りっぱなしだったから気分転換にね。あなたも久しぶりにシュルートと会えて嬉しいでしょ」


「え、今って結構大変な時なんじゃ……」


 魔法研究所の騒動や町に蔓延る敵など、問題は山積みのはず。


 疑問を浮かべる傍らで、名前を呼ばれて大人しく座っていたドラゴンが反応を示した。大きな体をゆっくりと屈めて鼻先を私の顔へと近づけて来て、自分の身体の半分以上あるドラゴンの顔が、甘えるように引っ付いて乱暴な鼻息が私の髪を巻き上げた。


「わっ、ちょっと、やめて……」


 いつもなら、戯れるのは楽しいはずなのに、今日はそんな気分にはなれなかった。グイッとドラゴンの顔を押し返す。


「あれ、どうしたの。いつもなら飛んで喜んでたのに」


「……もうそんな年じゃないよ」


「そう? でも、さっきから元気ないじゃない、もしかしてなんかあった?」


 ドキリと心臓が跳ね上がる。どうしてみんな、わかるんだろう。私はそんなに顔に出してしまっているだろうか。それでも、言えるわけない。自分の娘が臆病者だなんて知られて落胆されるのは、嫌だった。


「なんでもない。それより、用事があるから、私はこれで」


 そう言って通り過ぎようとした私は腕を掴んで引き止められる。振り返れば母は満面の笑みを浮かべていた。


「ラム、ちょっと付き合って」


「え、な、何に……?」


 私の疑問には答えず、強引に私は引っ張っられる。振り払おうにもビクともしない、いっそ強化魔法を使おうかと迷っていると、母はフル装備の私を片手一本で放り投げるようにドラゴンの背に乗せた。


 腹ばいから姿勢を直すと、すでに母は私の前に座っていて、


「行くわよ、シュルート。ラム、しっかり掴まってなさい」


「な、待って、きゃぁっ!」


 襲い掛かる重力の奔流に、私は母の腰にしがみついて持ちこたえる。ぐんぐんと地表が遠ざかり、あっという間に私は空の中にいた。


 吹きすさぶ冷風が素肌を晒している顔に容赦なく殴りつけてくる。けれど、そんな身を裂くような痛みなんて気にならない光景が目に飛び込んで来た。


 夕日で真っ赤に染まった町と海、セメント同じ高さに浮かぶ雲は燃えるように、けれど裏側は影で黒く染まり、頭上の空は藍色に染まっていく。


 たった数分の黄昏時、その中心を私たちは飛んでいた。


「なにがあったのか知らないけどさー」


 前を向きながら声を張り上げる母の声が風に乗って耳に届く。


「悩みがあるんなら一人で抱えちゃダメよー。どうせ、誰にも相談してないんでしょう。あんたは父親に似て口下手だからねー」


 全て見透かされていたみたいだ。だけど、隠し事を暴かれたような羞恥はなく、なぜか胸に安堵の暖かさが溢れた。


「話しても解決するかはわかんないけどさ、抱え込むより誰かに話した方がすっきりするでしょう。もし誰にも聞かれたくない恥ずかしい事でも、母親のワタシになら話せるんじゃない?」


 ぎゅっと母を抱く腕に力が入る。やっぱり母には敵わない。母の背中に顔を押し当て、温もりを感じて最後の勇気をもらう。今な全部、曝け出せる気がした。


「お母さん、私……凄く自分が、情けない」


 吐露した。これまで抱えていた苦悩を。


「そっか……大変だったんだね。よく頑張った。別に騎士を辞めて違う仕事を探すのもいいんじゃない。家に帰るんだったらお父さんも喜ぶだろうし。あの人、元々あんたが騎士になるの反対してたから」


 肯定的な意見に、嬉しくて、悲しい。そんな相反した感情が胸の奥で渦巻いて締め付ける。自然と涙が零れて、口から嗚咽が漏れだした。


 そんな、私の情けない告白や涙も、母の優しい言葉も空の狭間に流れて消える。


 しばらくして、母は私に問いかけた。


「それで、本当に辞めたいの? それであなたは後悔しない?」


「――辞めたくない。私は騎士を、続けたい」


 改めて考えて、そう思う。本心からできることなら続けたかった。でも、私にそんな資格はあるのか、誰かを守るために戦い続けることができるのか、自信がなかった。


「うん、それなら今の任務を終えてから、また考えればいいじゃない。今度はちゃんと、周りの仲間に頼ってさ。本音を全部周知しなくてもいいから、辛いことや自分だけじゃ厳しいことはちゃんと伝えて。ワタシも出来る限り助けてあげるから」


「……うん、ありがとう。もう少し、頑張ってみる」


「よーし! じゃあ、景気づけにかっ飛ばすわよー!」


「え、なに言って――きゃぁぁあああ!」


 そうして一時間ばかり空の散歩を満喫してから、私たちは着地した。

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