認証試験へ向けて

 奮起したミクロアと共に認証試験に向けての準備を開始する。


 まずは試験がどんな風に行われるのかを把握したい。ということで定期的に開かれている公開試験を見学しに行くことにした。機密性の低い物ではるが、基本的にやることは変わらないらしい。物によっては一般公開もされるそうだ。


 なのでミクロアを引っ張って一緒に見学へ。今回は職員のみ公開の”空間魔法を利用した船の推進力を確保する魔法の改善結果”という内容だ。


 室外実験場に特設された高低差のある100人ほど座れそうな客席。それの半分を埋める程度の職員が集まっていた。ミクロアは客席の隅っこにちょこんと座る。


 衆目が集まるであろう位置にはプロジェクターを映す時に使うような真っ白の大きな布が広げられ、今日の発表者であろう職員たちが忙しなく動き回っている。横には五メートルほどはありそうな簡易的な船の模型まで用意されていた。


「おい。あれって……」

「あぁ、転移魔法の……」


 場違いな単語が聞こえて来て振り返ると、若い男性職員の二人組が俺たちを見てコソコソと言い合っていた。


 こんな場所でも奇異な目を向けてくるなんて。まだ若いしここへは勉強しに来ているはずだ。集中しろ、集中。


 ミクロアも男たちの視線に気づいているのか、俯き膝の上で苦痛に耐えるようにぎゅっと手を握りしめる。他人の言動なんて無視すればいい、と言うのは酷だろう。ただでさえこういう場には慣れていないはずなのに。


 だからこそ、背筋を伸ばして堂々としなくちゃならない。おどおどと縮こまっていたら何かやましいことがあるのでは、と勘繰られてしまうものだ。人は他人の醜態が好きだからな。態度一つであることないこと想像するんだ。


 俺は少しでも勇気づけられたらと、ミクロアの膝の上に乗って自ら堂々として見せた。あんな物は気にしたら負けだという風に。


 ミクロアは俺を撫でながら、けれど落ち着かない様子で待ち続けた。やはり人目を気にして縮こまってはいたが、それでも逃げ出さずに堪えたのは称賛に値するだろう。


 そうしていると、役員が集まって来た。如何にも厳格そうな壮年から初老の男性が三名。その中にはクルントの姿もあった。


 一瞬、クルントがこちらを見た気がしたが確信を得る前に用意された席へ着いてしまい表情が見えなくなっていまった。若干、気にはなるが発表が始まったので意識をクルントから外す。


 認証試験は一時間に渡って執り行われた。初めはそわそわしていたミクロアも、時間が経つにつれて周囲のことを忘れて食い入るように発表を見入っていた。


 大まかな流れとしては、研究内容の説明、チーム内で行った開発の内容説明、実演と続き、最後に役員からの質疑応答が行われる。やはり完成品を見せて終了、というわけにはいかないようで、それなりに有用性を見せなければならないようだ。


 基本的には前世のプレゼンと変わらないっぽい。これなら俺でもどうにか出来そうだ。


 問題はミクロアか……発表が終わった後、人がはけるまで立ち上がることが出来ないくらいに人慣れしてない彼女をどう教育するべきか。


「凄かったね。空間魔法にあんな使い方があったなんて、知らなかった。いい勉強になったよ」


 帰り道、楽しそうに歩くミクロア。本来の目的は試験のやり方を見るためだったんだが、まあいいだろう。あと数回見学に行けば空気くらいには慣れそうだ。


 しかし、ミクロアは転移魔法関連の事柄しか興味がないと思っていたのだが、どうやら魔法全般が好きなようだ。


 好き、という感情はプレゼンにも役に立つ。モータルとも魔法学の話では初めから臆することなく喋っていたし、上手く乗せることが出来れば案外なんとかなるかもしれないな。


 後は発表がいつになるかだな。せめて一ヵ月くらいはみっちりと練習したいところだが……。


 そうして歩いていると、前からクルントが歩いてくるのが見えた。


 ドキリと、心臓が跳ね上がる。ミクロアに至っては立ち止まってしまっていた。しかも奴の顔を見て、顔を青ざめている。これでは何かあると言っているようなものだ。


「にゃあ」

 と声をかけて歩くように促す。なんとかミクロアは我に返ったようで、慌てて歩みを再開させた。


 二人の距離が縮まっていく。敷地内の昼間、周りには他にも職員がいる。何か仕掛けてくることはないはずだ。それでも緊張する。俺はなんとか素知らぬ態度を作れているが、ミクロアは明らかにクルントを意識して顔を背けている。


 何かフォローをした方がいいか、そう思いながらすれ違おうとした直前、クルントの口が開く。


「ミクロア」

「は、はひっ!」


 名前を呼ばれてミクロアは大袈裟に反応しながら立ち止まる。そうして恐る恐る、顔を向けた。対するクルントは無表情、何を考えているのか掴めない。


「最近、随分と調子がいいみたいじゃないか。マーロックの娘」


 警戒を強める俺たちにクルントは言った。世間話、というにはあまりにも感情の籠っていない無機質な声だ。


「えと……その……」


 どう答えればいいのか分からないのだろう。狼狽するミクロアの耳元へ、クルントは自然な動作で口を近づける。


「今度は成果を燃やしたりしないでくれよ」


「……っ! そんなこと、しません……!」


「ならいい。認証試験、楽しみしている」


 それだけ告げてクルントは去って行った。俺には見向きもせずに。


 いったいなんだったんだ。陽動のつもりか? ミクロアも不安げながらも、困惑した様子で奴の背中を見送り自室へと戻った。


 そのすぐあと、エクルーナから俺の首輪を通して認証試験が一週間後に決まったと報告があった。


「一週間後って……! い、いくらなんでも、早すぎじゃないですか……?」


『えぇ、モータルの件もあったし、なんとか日程を先延ばしにしてもらおうと思ったのだけれど、領主様がどうしても早く見たいとおっしゃってね……クルント副所長が、勝手に話を通していたみたいで』


「領主様が……? ということは、試験には領主様も……!?」


『いらっしゃるわ』


「ムム、ムリです! そんな一週間でなんて……」


『無理でもやるしかないの。一応、日程の件はもう少し粘ってみるけど、とにかく準備を始めておいて』


 それだけを告げて通話は切れた。静まり返った室内で、ミクロアはぺたりとへたり込む。


 認証試験、これに落ちるとかなり厄介な事になる。有用性が示せなければ、開発の凍結からの破棄もあり得るらしい。完成品があるので、余程のことがない限りは大丈夫だと思うが、ミクロアが上手く説明できなければ担当の資格なしと判断されて転移魔法の開発は他の人間の手に移るだろう。


 最悪の場合は盗用を疑われてしまう恐れもあった。もしかするとモータルが襲われたのはミクロアの差し金、なんて話にまで発展する可能性もある。


 もしそうなれば、いくらエクルーナの後ろ盾があったとしても守り切れないだろう。下手をすればエクルーナにまで責任の追及が行き兼ねない。領主の前で失態を見せればそれだけで立場は危うくなるだろう。


「ど、どうしよう……」


 頭を抱えるミクロアに近づき、鼓舞する意味も込めて足に爪を立てた。


 とにかく今はやるしかない。俺も出来る限り協力するからと、目で訴える。


 ミクロアはなんとか立ち上がったものの、今朝までのやる気は微塵も感じられなかった。

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