決意を胸に
昨夜、祝いの準備をすると別れたモータルは帰ってこなかった。約束を放棄され、半ば不貞寝した翌日の早朝、エクルーナが訪れモータルが何者かに襲われた事実を聞いた。
「なん、で……モータルさんが……」
「調査中だけれど、恐らくは開発していた魔法を奪取しようとした人間の犯行、ということらしいわ」
「モータルさんは、無事、なんですか?」
「……生きてはいる。けれど意識不明の重体らしいわ。今は医療施設で処置中よ」
「そう、ですか……」
お見舞いに行く、というつもりはないようで、ミクロアはそれ以上の追及はせずに俯いてしまう。
「ひとまず、あなたも狙われる可能性があるからあまり出歩かないように……それと少しでも異変を感じたらヨゾラに言ってワタシを呼ぶのよ」
ミクロアは俯いたまま小さく頷いた。かなりショックだったようで、トボトボと部屋の奥へと戻っていくと静かに座り込んだ。
そりゃ、ついさっきまで仲良く喋っていた人間が襲われて意識不明の重体だなんて聞かされたら精神的ショックは計り知れないだろう。俺が刺された時も、こうして落ち込んでくれた人間はいたのだろうか……。
「ヨゾラ、ちょっといい?」
エクルーナが外に出るように促してくる。ミクロアを一人で放っておくのは心配だが、どうやら彼女には聞かれたくない重要な話っぽい。俺はエクルーナの誘いに乗って、部屋を出た。
「これ、何かわかる?」
辺りに誰もいないことを確認してからエクルーナは懐から白い物体を取り出した。どこかで見たことがある気がする。
「モータルは、かなり激しく抵抗したみたいで、大きな爆発もあったらしいわ。爆心地の近くの物陰に、これが落ちていたみたい。誰の物で、なんなのかもわからなかったから、騎士団がこちらで調査してほしいと持って来た物なの」
事件現場の近くにこれが……なんだっけ、これ。白い表面に皿のような凹み、おまけに人の顔ほどの大きさで楕円形の――仮面か!
ノーレンスと密会していた男が付けていた物だ。こんな変な物を付けている人間なんてそういないだろうし。
それを知らせようとして、エクルーナから紙とインクを渡されたので気づいたことを報告する。
「やっぱり、あの化け物が絡んでいるのね。ということは、クルント副所長の仕業かしら。ミクロアが出てこないから、モータルを狙ったのね……」
そこまでは分らないが、転移魔法と化け物が関係しているならその可能性は極めて高いだろう。モータルから転移魔法の情報を得ようとしたのだろうか。しかし、わざわざ襲わなくても副所長の立場なら転移魔法の情報を得る機会なんていくらでもあるはずなのに。
ミクロアには、このことを伝えない方がいいだろう。ただでさえ精神面で弱い彼女が、自分の代わりにモータルが襲われたのだと知ればますますふさぎ込んでしまう。もしかすると立ち直れないくらいに。
「ジャスタたちに続いてモータルまで……やりたい放題されて、不甲斐ないわね」
自虐を含んだ呟き。表情は変わらないが、仮面を持つ手に力が籠っているのが分かった。
「今回の件で、他に何か手がかりが見つかればいいのだけど……とにかく、あなたは引き続きミクロアのことをお願い。これ以上、奴らの好きにはさせない」
そうしてエクルーナと別れた。俺は、何が出来るだろうかと考える。ミクロアを見守って危険が近づいたらエクルーナに報告する。それだけだ。それくらいしか、今の俺に出来ることはない。
やれることはやったんだ。あとはもう俺の手に負えることじゃない。自分にそう言い聞かせて、床に座り込んで落ち込むミクロアへそっと寄り添った。
しばらくそうしていると、初めは無反応だったミクロアの手が静かに動き、ゆっくりと俺を撫で始める。慣れない手つきはこそばゆく、あまり心地の良いモノではなかったが、これで少しでも彼女の気持ちが落ち着けばいいと大人しく撫でられ続けた。
「やっぱり、間違いだったのかな」
ポツリとミクロアの口から零れ落ちた言葉は震えていた。
「モータルさんが襲われたのって、転移魔法のせいだよね……? だって、完成した直後に、襲われて……わたしが、協力をお願いしたから。だからあんなことに」
流石に勘付くか……しかし、一概にミクロアのせいだとは言えない。悪いのはあくまでも犯行に及んだ人間なのだから。
「わたしがいると、いろんな人が不幸になる。エクルーナ所長だって、わたしのせいで、立場が危なくなったって、聞いたし。モータルさんは、襲われるし。お父さんだって、きっとわたしのせいで……」
それはあまりにも飛躍し過ぎだ。ちょっと冷静になれ。君は何も悪くないだろう。ただ、自分の仕事をしただけじゃないか。うじうじする必要なんてないだろう。
そう伝えたいのに、出来ない。俺の口からは「にゃあ」という”鳴き声”しか発せられない。それがとてももどかしかった。
「これならいっそ、わたしはいない方が――」
気分が落ち込んで思考が変な方向に進んでしまっている。それを止めるために、俺はミクロアの足に前足を置いて、爪を立てた。
「いたっ!? な、なに!?」
驚き我に返るミクロアを尻目に、俺は机の上に飛び乗って手紙をしたためる。ミクロアへの激励でも、慰めでもなく、今起こっていることについて。
謎の化け物のこと、転移魔法をその化け物一派に狙っていること、クルントや認証試験で敵をおびき出す作戦をエクルーナが考えていること。
そして、父親の事件にも繋がるであろうことを、簡潔に書き記して座ったままのミクロアへ渡した。
この手紙に書いたことは何も確証は得られていない。化け物が裏でよからぬことをしているかもしれないのも、クルントが化け物と繋がっているのも、俺の思い過ごしかもしれない。
彼女の父親の事件に関しては、父親の論文が出て来たからという理由で思い至った。完全に推測だ。
けれどミクロアがうじうじと見当違いな自己嫌悪に陥って前に進めないのは、彼女が何も知らないからだ。部屋に引き籠っているのも、自分から行動できないのも、他人に恐怖を抱くのも――周りで何が起こっているのかを知らないからだ。知らなければ動きようがないのも当然だろう。
今の真相すら曖昧な状態で、ミクロアへ伝えるのが最善かは分からない。でも、今のミクロアに必要なのは優しい慰めの言葉なんかじゃなくて、奮起して立ち上がる理由なのだと、俺は思った。
ミクロアはやれば出来る人間だ。指針さえ示してやれば愚直に行動できる人間だ。
転移魔法を開発している過程で確信した。
でなければ何年も一人で魔法の研究に取り組んだり、今まで対人関係から避けていた状態から初対面だったモータルと共同で作業したり出来るはずがない。
俺の手紙を読み終えたミクロアは、信じられないという様子で俺を見つめている。俺は真っすぐに彼女の瞳を見つめ返した。
このタイミングで明かした意図を、聡い彼女なら察せられるだろう。自分に仇名す敵を、仲間を酷い目に遭わせた敵を打ち倒すべく立ち向かえと、目で訴える。
自分のせいだと思うのなら改善するために行動しろ。父親の事件の真相を知りたいのなら自分から仕掛けろ。
そうしないと、いつまで経ってもこの狭い部屋の中で毛布にくるまっているしかない、か弱い少女のまま変われないぞ。
それらの想いが伝わったかどうかは定かではない。けれど明らかに、ミクロアは何かを決意した。それはモータルに研究の協力を申し出る時と同じ、闘志の宿った表情だった。
「認証、試験……そこで、全部わかるの? お父さんがあんなことをした理由が」
俺は頷いた。
断定は出来ない。けれど現状で一番ミクロアの目的を達成できる可能性が高いのは認証試験で敵をおびき出すことだ。今はそこに賭けるしかない。
「やる。やるよ……。絶対に、成功させよう。それで敵を、お父さんやモータルさんをあんな目に遭わせた奴らを見つけるんだ」
ミクロアは俺の手紙を握りしめて、力強く立ち上がった。そうして俺を見下ろす。
「きみも協力。してくれるよね?」
もちろん、と俺も力強く頷いた。
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