良い変化
モータルとの勉強会に向けての準備を開始する。まずは日程を調整し、お互いの気になる点や困っている点などを予め交換しておき、当日までに調べておくよう手紙で双方に伝えた。
ただ、いきなり勉強会というのもあれなので、ミクロアの人見知り人慣らしを兼ねて近日中に交流会的なものをやろうと提案した。
本来は別にそんなことしなくてもいいのだが、勉強会と言えどコミュニケーションは大切だ。初対面で教え合うよりも事前に親睦を深めておくことに越したことはない。
ミクロアは猛反対したが、すでにモータルにもミクロア名義の手紙で伝えてしまっているので今さら断れない。強行過ぎる気もするが、こうでもしておかないと当日にドタキャンしそうなんだよ、コイツは。
ちなみに顔合わせの返事はすでにモータルからもらってある。手紙を渡しに行ったその場で「それなら一緒にご飯を食べよう」と提案されて、俺も受け入れた。
そのことを伝えるとミクロアはかなり絶望的な表情をしていたが、まあ大丈夫だろう。こういうのは慣れだ。慣れ。
というかそこまで怖がらなくても、モータルなら心配いらないと思う。彼女は社交的でありながら、割とマイペースな所もある。
つまりは他人の失敗に対して無頓着な性格なのだと俺は見ている。例え不自然な言動をしたとしても笑って流してくれるだろう。
関わるようになって彼女のことは何度か観察してみたが、仕事は率先して引き受け、部下や上司とも分け隔てなく、和気あいあいと談笑しているのを何度も見た。
俺がモータルと初めて会った食堂での一件もそうだが、根は優しいのだろう。少し抜けている所もあるが、それがいい愛嬌になっている。
つまりは、人見知りのミクロアであってもいい付き合いが出来る可能性があるということだ。
それをミクロアに言っても態度は軟化せず、朝から駄々をこねまくっている。
「ムリ! 昨日、決めたばかりなのにいきなり一緒に食事なんて絶対ムリ!」
そう言って毛布にくるまる始末だ。そんなことをしている間に、約束の時間がやってくる。コンコン、と扉がノックされ、びくりと大袈裟なほどにミクロアは飛び上がった。
「ミクロアさぁん、こんにちは」
「……っ!!」
まるで死神でも来たのかと思うくらい驚きと絶望を顔に浮かび上がらせる。そうして勢いよく毛布を被ると動かなくなってしまった。
「にゃあ!(おい、出てこい!)」
「風邪ひいたから、今日は帰ってって言って」
なに小学生みたいなこと言ってやがる。そんなことを許すはずもなく、俺は毛布を引っぺがしにかかる。が、抵抗が激しい。梃子でも動かないつもりのようだ。
こうなったら仕方がない。俺はミクロアの説得を諦めて出入口へと向かい、鍵を開けてモータルを迎え入れた。
「お邪魔しまぁす」
「ほぁっ!?」
流石に毛布にくるまっている姿は恥ずかしかったのか、すかさず飛び起きるミクロア。そうして出入口に立つモータルを見て、にへら、と不器用な笑みを浮かべる。
「こ、こんにちは……」
そこは”いらっしゃい”だろう。と、心の中でツッコミを入れる横で、モータルは「こんにちは」と返事をしていた。そうして携えていた袋を見せるように持ち上げる。
「お弁当、持ってきたから食べよ」
「は、はぃ……あ、ここに置いてくださぃ……」
語尾を小さくしながらミクロアはテーブルに促した。事前に片付けは済まして椅子も二人分用意してある。モータルは机の上に袋を置いて、弁当を並べ始めた。
「いやぁ、使い魔ちゃんから貸してもらったコレ、本当に便利だねぇ。見せただけでお弁当作ってくれるんだもん」
言いながら、モータルは俺が事前に貸しておいた引き換えカードを、俺の首輪に付け直す。
本当なら食堂で食事が出来ればよかったんだが、ミクロアがどうしても部屋から出ようとしないのでここまで持って来てもらったのだ。
さっきの状況を見る感じ、そうして正解だった。最悪ペットドアを封鎖されかねなかったし。
そうして始まった昼食。ミクロアはガチガチに緊張していて食事どころではなさそうだったが、俺とモータルは構わずに食べ始める。
「ミクロアさんは魔法学園出身なんですよねぇ。実はあたしもそうなんですぅ。奇遇ですねぇ」
「そ、そうですね……」
「あたしは204期生なんですけど、ミクロアさんは?」
「207期生、です……」
「わっ、じゃああたしが四年生の時に入学したってことですね。もしかしたらどこかですれ違ってたかもしれないですねぇ」
「そうですかね……」
という感じで、モータルが魔法学園という唯一であろう共有できそうな話題を中心に話は進んで行った。とはいっても、ミクロアは軽い相槌を打つだけなのでほとんどモータルが一人で喋っている形ではあったが。
しかし、モータルもまあよく一人で喋れるな。しかも別に気を遣って、という感じでもなく自然体だ。気まずい空気にはなっていない。女性がお喋りなのは知っていたが、ここまで喋り倒せるものなのだろうか。
「えっと、モータルさんは、どうして、ここへ……?」
ようやく、ミクロアから動いた。モータルは「うーん」と考える仕草を挟んでから問いに答える。
「たまたまかなぁ、卒業論文をエクルーナ所長が見てスカウトされたの。物体の構造を変える魔法についてって論文なんだけどぉ」
「あ、それ、読みました。鉄に伸縮性を与えるっていう……」
「そうそれ! いやぁ、学園主席卒業生に読んでもらってたなんて、光栄です」
「そ、そんな……」
純粋な称賛を送られて、戸惑いと照れが混じった反応を返す。そんな彼女にモータルはずいっと体を寄せた。
「それで、どうでした? あたしの論文。あ、遠慮せず率直な意見をお願いしますぅ」
「と、とても興味深い内容でした。これまでは、強度を上げるか、下げるかの魔法しかなかったので……。でも、魔法をかけた対象が、破損してしまう欠点が残ってましたよね?」
「そうなんです。魔法をかけるとどうしても欠けたり砕けたりしちゃって。どれだけ元の状態に近く戻しても駄目だったんですよねぇ。結局、最後まで完成はせず卒業しちゃって」
「そ、それなら、使えそうな理論があるんです。肉体強化の魔法を応用した魔法なんですけど――」
そこからは専門用語連発の話が始まり、俺には理解が出来なかった。けれど、ミクロアも物怖じすることはなくなっていき、途中からは自然と会話が出来るようになっていた。
たまたまなのかは分からないが、狙い通り親睦を深めることが出来てよかった。正直、ここまでうまく行くとは思っていなかった。俺が助けに入らなくてはならないだろうと待機していたが、いらぬ心配だったようだ。
俺は食事を終えて、魔法談議に花を咲かせる二人を眺めるのにも飽きた頃、食後の散歩にでも行こうとミクロアの部屋を後にした。もう俺がいなくても大丈夫だろう。というか放置される横で理解できない話を聞くのが退屈だったというのが本音だが。
散歩がてら、昨日の虫について調べてみることにした。恐らく、ジャスタが調査をするため持って帰って来ているだろうと踏んで、途中経過でも覗き見てやろうと施設の中を探してみた。
けれど期待に反してそれっぽい調査はおろか、変な虫が運び込まれた。という話題すら耳にすることはなかった。
もしかして、調査に回すことなくすべて駆除してしまったのか。それとも違う施設に運んだのか。とにかく、あの変な虫についての情報は施設にひとつも転がっていなかった。
魔法陣の不具合を起こす虫なんて発見したら大事件に発展しそうな物だが……不審に思いながらも、孤立しないように注意しつつ、生物図鑑とかに載ってるだろうかと図書室へ足を運ぶのだった。
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