変わるきっかけ

 謎の虫に対して何度か検証を行った結果、魔法陣の不具合はあの虫たちが起こしていることが発覚した。


 実際に虫に群がられた魔法陣は効力を失い、魔法を発動することが出来なくなった。


 この虫たちは、魔子を食う。その事実を確かめた後、俺たちはひとまず船を降りた。


「まさか、魔法陣の不具合の原因があのような虫だったとは。見つけてくれて感謝する」


 歩きながらジャスタは言った。たまたまだったが、力になれたみたいでよかったよ。


「もう少し調査は必要だが、これでなんとかなりそうだ。だが魔子を食う昆虫なんて初めてだ。恐らくどこかの島で拾って来てしまったのだろう。広がると厄介だ。周知と駆除を急がねばな。外に出回っていないといいのだが」


 独り言ちるように今後の対処を口にした。どうやらジャスタもあの虫は初見のようだ。


 あんなデカい虫がそこら中にたら嫌だな、と思うと同時に俺の生まれた森の中にはデカい蝶やダンゴムシがいたことを思い出す。


 ドラゴンもそうだが、この世界には本当に色んな生き物がいるのだと驚かされるな。


「おかげで手紙の件も対処できそうだ。今日中には無理だが、近いうちに動くとするよ。事が事だから時間はかかるかもしれないが……君の方でも調査を続けてくれると助かる」


 それはもちろん。証拠が不足しているのは確かだし。あっちもすぐに大きく動くことはないはずだ。


 そもそも目的すら判明していないんだ。それくらいは調べておかないと、ジャスタも動くに動けないだろう。


 だが、今はとにかく味方になってくれる人間が必要だった。俺に何かあったとき、周知していないと危機がそのまま闇に葬り去られることになるからな。


「さて、俺は船に戻るとするよ。部下を呼んであの虫の駆除を済ませなければならないからな。これでようやく研究施設へ戻れる。潮風はなかなか身体に堪える」


 ジャスタもいい年だろうし、港町での仕事はキツイ物があるのかもしれない。少なくとも前線でバリバリ仕事をするような年齢ではないだろう。


 クルントの件が片付いたらジャスタの下について仕事するのもいいかもしれない。魔法の勉強も捗りそうだし。


 ただ、彼の飼い猫になるのはちょっと微妙だ。仕事人間っぽいし、あまり構ってくれそうにもない。


 なんてことを考えながら、俺はジャスタと別れて研究施設へと向かった。


 ジャスタが戻ってくるまでに何かしらの悪事を見つけとかないといけないからな。


 あと、そろそろミクロアの様子を見に行かないと。三日くらい顔出してないし。別に俺がいなくてもなんの問題もないだろう。心配なのはぶっ倒れてるかもしれないということくらいだ。


「今までどこに行ってたの?」


 特に何も考えずミクロアの部屋へ入ると、えらく不機嫌なミクロアが出迎えた。


 あれ、なんか怒ってる。まさかクルントが仕掛けて来たのか?


 不安を募らせる俺へ、ミクロアは一枚の紙を差し出した。しわくちゃになったそれは手紙のようで、どうやらモータルから勉強会の誘いがあったようだ。


「わたしの名前、使っていいって言ったけど、全部きみがどうにかするのが条件だったよね。どうしてくれるの」


 どうするもなにも、俺としてはやればいいとしか。あと全部とは言ってない。


 勉強会、いいじゃないか。手紙に書いてある通り、モータルから教わるにしても文字媒体じゃ限界がある。


 俺が空間魔法についてモータルから学ぶとしても、予備知識のない状態で深く理解するのは無理だし、例え理解したとしてそれをまたミクロアへ伝えるのは結局文字だ。


 せっかくの機会だし勉強会をすればいいと思うが、ミクロア本人にやる気がないならやってみ意味がない。ここは断りの手紙を書くしかないか……。


 今後の対応について逡巡していると、不意に頭をミクロアが撫でた。


「……もう勝手に、どこかへ行かないで」


 追い打ちをかけるように投げられる言葉。そこには先程までの怒気はなく、しおらしさにも似た小さな声。


 もしかして、寂しかったのか? なんだ、結構可愛らしい所もあるじゃ――。


「きみは使い魔なんだから、遊びに行ってないでしっかりしてよ。突然知らない人が来て、びっくりしたんだから。それと、お弁当。また持って来て」


 粛々と告げると、俺の頭をポンポン、と軽く叩いてミクロアは仕事に戻った。


 その態度に、ほんの少し、カチンと来た。俺だっていろいろ大変だったんだぞ。

 モータルの件だって困ってそうだから協力したのに。もちろん、恩に着せるつもりはなかったが、言い方ってもんがあろうだろう。


 こうなったらこの勉強会、開いてやろうじゃないか。ミクロアだっていつまでも人間不信を拗らせて引き籠ってばかりもいられないだろう。仮にも社会人なんだし、この機会にちょっとは人慣れさせてやる。


 それに、転移魔法の研究を進めればクルントの狙いが分かるかもしれない。転移魔法を何に利用するつもりなのか、もしくは化け物との関係が判明すれば、ジャスタやドレイナに知らせられるし対処もしやすくなる。


 何より、何よりだ。俺が世話をしているという構図が気に入らない。俺はあくまでもミクロアの監視役であって世話係じゃないんだ。


 これまではお節介を焼いていたが、それは仕事上とはいえ関係を持った以上、仲間として最低限の面倒は見るのが当たり前だと思ったからだ。


 だが、ただ厚意を享受するだけで自分からは何も行動を起こさないなら話は変わってくる。


 正直、クルントの件が片付くまでは俺だってヤバいんだ。危険を冒してまでここに居座る必要はない。タイプライターだって、もっと探せば使える場所はあるだろうし。全部放り出して飼い主を探しに行ったって構わないんだ。


 途中で投げ出す、というのは嫌いだからやらないが。


 というわけで、俺は適当な用紙を使ってサッと文字を書き記す。


 内容としては、勉強会をしないのであれば今後、部屋の掃除や弁当の運搬は一切やらないこと。

 俺は監視を任されただけで、世話は本来の業務内容には含まれていないこと。

 勉強会を開くのであれば全面的に協力はすること。

 などを簡潔にまとめてミクロアに提示した。最初は興味なさそうにしていたが、読み進めるうちに顔が険しくなっていく。


 一度顔を上げて、物申そうとしたのか口を開けたが言葉は発せられず。再び視線を俺の提案書へ落とし、しばし逡巡すると決心したような表情で俺を見た。


「わ、わかった。勉強会、やる。その代わり、協力、してよ」


 驚くほどすんなりと受け入れた。もっと嫌がるかと思ったが意外だ。もしかするとミクロアもこのままじゃいけないと分かっていたのかもしれない。


 俺はもちろん頷いた。

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