頼れる人を求めて
皇帝の騒動の後で、俺はクルントについて調べていた。もちろん、正面から行くと何をされるか分からないから隠れてだ。猫仲間にも協力してもらった。
けれど、うまく行っていない、というのが実情だった。施設内では模範的な副所長として振る舞い、業務をこなしている。怪しいことは俺の見ている限りなかった。なら施設の外ではどうかというと、いまいち足取りを辿れない。
追跡を頼んだ猫に聞いてみれば、角を曲がると消えていたり気づいたらいなくなっていたりと、明らかに魔法を使って自分の足取りが分からないように工夫していたのだ。
俺に見つかったから、ではない。きっと以前からそうしていたのだろう。かなり手練れているようだ。そうでなければ匂いすら辿れないほど完璧に姿をくらまして行動することなんて出来ないだろう。
結局、三日ほど粘ってみたが判明したことは”何をしているか分からない”という事実。ただ、裏を返せば見られるとヤバいことをしている、という証左でもある。
これ以上は俺だけじゃどうしようもなさそうだ。それにあまり無茶をし過ぎると俺自身や協力してくれている猫も危険に晒されてしまう。
ここはやはり一度、誰かしらに知らせた方がいいだろう。とは思ってジャスタを探しているのだが、どうにも施設内にはいないようだった。
どうやら港の方へ出向いて仕事をしているらしい。なんでも、魔法陣の不備が出て、しかもその魔法陣の使用者がかなり権力を持っている商人らしい。問題に発展するとかなりマズいらしく、皇帝訪問そっちのけで対処に当たっているとのことだった。
重要な仕事をしている最中に摘発文なんて火力の高い案件を持って行ってしまってもいいものか、と悩む。しかしこれは時間が経てば経つほど厄介になる問題だ。とにかくジャスタの状況を確認して、手が回りそうなら伝えよう。
そう方針を決めて、俺はクルントの追跡結果を含めた摘発文を持って港へと向かった。
港にいる人間は貿易のため訪れる商人か漁師の二種類で、いつ来ても活気に溢れていた。ここへ来るのはかなり久しぶりだ。
一時期、魚をねだりに通っていたが縄張り争いに敗れて追い出された過去がある。ここは簡単に、しかも頻繁に余ったり商品にならない魚を恵んでもらえるので、競争率が激しいのだ。
下手にうろつくと他の猫に喧嘩を吹っ掛けられるかもしれないので早々に漁師が活動する地域を抜ける。幸いにも漁師と商人の活動エリアは別れているので、そちらへ行ってしまえば問題はない。
商人が活動するエリアには巨大な木造の帆船がいくつも停泊しており、大きな木箱がそこかしこに積み上げられていた。如何にも力仕事が得意そうな筋骨隆々の男たちが忙しなく行き来している。
しばらくうろついていると、停泊している一隻から降りてくるジャスタを発見した。耳が長いから見つけるのが簡単で助かる。
ジャスタの隣には恰幅が良くて身なりの派手な男がいた。きっとあれが偉い商人なのだろう。見るからに偉そうだし。
手紙を渡すために近づいてみれば、商人の怒声が聞こえて来た。
「未だに原因すら分らんとはどういうことだ! 三日後には出航しなくてはならんというのに」
「申し訳ありません」
「謝罪はいい! とにかく魔法陣を使えるようにしてくれ! じゃなきゃ荷物が運べないんだ。もし、期日までに解決しなければお前たちに賠償してもらうからな!」
そう言い残して商人は苛立たし気に去って行った。その背中を見送りながら、ジャスタは大きくため息を零す。
「はぁ、全く。どうしたものか……」
愚痴っぽく呟いたタイミングで遠巻きに様子を見ていた俺と目が合った。
「ん、お前は、ヨゾラか? こんな所でどうした。その咥えている物は……手紙か?」
嫌な予感がしたのか、ジャスタは露骨に顔を顰める。所長の使い魔がわざわざこんな場所まで手紙を持って来るなんて余程のことではないと察したのだろう。
ひとまず人気のない場所に移動してから、ジャスタは俺から手紙を受け取って目を通す。内容を確認して、ジャスタは渋い顔を作る。
「これは、本当なのか……? クルント副所長が得体の知れない化け物だというのは」
俺は頷く。ジャスタがどこまであの化け物のことを知っているかは不明だが、今はそう伝えるしかなかった。ちなみに調査は所長の指示ではなく、俺が個人でやっていることだというのも手紙に記してある。
ここを曖昧にしたり、所長の命令だと嘘を吐いたりすると、この話を所長に持って行かれた時に、ややこしいことになりかねないからな。
しかし、そうなると手紙の内容を信じてくれない可能性も出てくるが、ここはもう賭けるしかなかった。
ジャスタはしばらく考え込んでから、手紙を懐にしまった。
「よく知らせてくれたな」
そうして俺の頭を撫でる。これは、成功したか?
「だが、証拠が薄い。これでは俺もすぐに動く、というのは無理だ。今は厄介な案件も抱えているしな」
言いながら先ほど自分が降りて来た船を見やる。周囲の船より頭一つ抜けて大きく立派な帆船だ。
「せめて問題が解決すれば……」
「にゃん!」と、俺はジャスタへ自分を意識させるように呼び掛ける。視線を俺へ戻したジャスタは数舜あと、俺の意図に気が付く。
「……もしかして、手伝ってくれるのか?」
即座にコクリと頷いた。察しが良くて助かる。
ジャスタが大変そうなのはさっき確認した。俺がやれることは少ないだろうが、荷物運びくらいは出来るだろう。それに日頃世話になっているわけだし、出来ることがあるなら手伝いたい。
「確かに、お前なら力になってくれるかもしれないな。よし、ついて来てくれ」
言葉に従い、歩き出すジャスタの後ろに続いた。どうやら問題の発生している船の中へ行くようで、船橋を渡り甲板へと乗り込んだ。
何度か船には乗ったことはあるが、木造の船は始めてだ。現代社会で使われていた鉄製の船と違い、どこか心許なく感じる。何か異常事態が起きているらしいし、いきなり沈まないだろうな。これ……。
俺の不安を他所に、ジャスタはさっさと船の内部へと進んで行く。
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