準備のための下準備

 問題はどうやって協力してもらうかだが、どうしよう。


 交渉の基本は事前準備だ。いかに相手の利益を用意できるか。こちらに協力してどんな得があるのかということを提示できるかが重要になってくる。


 同じ職場だからと言って無償で協力してくれるなんて、余程の善人か上司命令かのどちらかしかない。


 例外があるとすれば友人関係であるとか、何らかの貸しがあるとか……要は人間関係の構築をしていた場合だが、今回はそれがない。


 エクルーナに頼んで所長権限を行使してもらう手もあるが、それをやるにもまずは有用性を示さなければならないし、下手に権力で人を動かしたらそれ相応のリスクもある。そもそも現段階ではモータルたちの研究を取り込んで上手くいく保証もないのだ。


 こういう分野の違う人間に頼みごとをするときは、まず雑談を交えながらそれとなく相談や技術の聞き出しを行うのが定石なのだが、ミクロアにそれを望むのは酷だろう。俺がここに来てから誰かと喋っている所を見たことないし。


 ここは俺が人肌脱いでやろうじゃないか。それに他のチームと仕事をすればミクロアの人間不信も解消されるだろう。そうなれば俺も気兼ねなくこの施設を使い続けられるし、ミクロアも仕事が捗る。ウィンウィンだ。


 あのチームとお近づきになるための手段として、まずはモータルと関係を深めて行こう。


 初対面でいきなり弁当に細工をされたが、あれだって親切心から来たものだろうし、モータルは性格もおっとり系っぽいからミクロアと相性も良さそうだ。


 それに弁当を爆発させたという話のきっかけもある。そして何より、彼女は猫好きだ。


 そうと決まれば、さっそく準備を始めよう。まずはモータルへコンタクトを取らなければならないのだが、俺が人間とやり取りするには手紙でしか方法がない。


 送り主の名前だが、俺の名前を使う場合、猫から手紙を受け取ることになる。まともに受け取ってくれるだろうか。使い魔がいるのはモータルも知っているようだったし、問題はないか?


 いや、待てよ……この施設内で俺の立ち位置は所長の使い魔ということになっている。所長の使い魔名義の手紙を受け取れば……もうほとんど所長命令と大差ないじゃないか。


 ダメだ。俺の名前で手紙を出すのは。そうなればやはりミクロア名義で出すのが一番いい。


 しかし、人間不信の彼女が部外の人間へ協力を頼むかだが……微妙な気がする。というか絶対にしないだろう。


 だが、無断で名前を使うわけにもいかないし、ここはダメ元で進言してみるか。

 ミクロアは俺が文字を扱えることは知っているし、手紙を出しても驚かないだろう。もしかしたらエクルーナが絡んでいると勘違いされそうだが、別に命令するわけでもないし問題ないだろう。


 さっそく俺はタイプライターでミクロアへの手紙をしたためる。


 内容としては『転送魔法の研究に対して、空間魔法が有効なのではないか』という助言だ。その中にモータルという女性に協力を願えそうなことと、協力を申請するにあたってミクロアの名前を借りてもいいか。という確認だ。


 あと、ついでに猫型ロボット漫画のワープ方法を軽く付け加えておいた。上手く伝わるかどうかは微妙だが。


 そうして完成した手紙をミクロアへ渡しに行く。部屋に戻れば荒れた波は収まったのか、静かに仕事をしていた。


 そんな彼女へ、俺は声をかけて手紙を差し出す。流石に要件が明確だと邪険にはされずに、ミクロアは手紙を受け取って中身を確認する。


 数分、無言で読んでから横で待機していた俺に視線を向ける。


「この方法って、きみが考えたの?」


 コクリと頷くと、ミクロアは驚きではなく疑わしい視線を送って来た。まあ猫がこんなことを考えるなんて理解してもらえないだろう。立場が逆なら俺だって同じ反応をする。


 そうしてミクロアは再び手紙に視線を戻し、唇を指でもむ仕草をし始めた。あれはミクロアが考え事をするときの癖だ。俺からの手紙ということで取り合ってくれないかも、と不安だったが杞憂に終わったようだ。


「空間魔法……か」


 ぽつり、と呟いたかと思えばミクロアは顔を上げて俺を見た。そうして半信半疑というか、どこか警戒した様子を見せながら口を開く。


「このモータルって人とのやり取りは、きみに任せても、いいの?」


 俺が頷くと、ミクロアは途端に興味を失くしたように手紙を机に置くと言った。


「わたしもちょっと、空間魔法には興味があるし。きみが、わたしの名前を使って、そのモータルって人とやり取りするのは、勝手にすればいいよ」


 かなり投げやりな感じだが、とりあえず許可はもらえたので良しとしよう。


 そこで話は終わりだとばかりにミクロアは自分の仕事に戻ってしまったので、俺もそれ以上は特に構わずモータルへの手紙を書くため部屋を出た。

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