突然の訪問者

 モータルの所へ行った翌日、施設内がいつもより騒がしかった。職員たちがバタバタと駆け回り、何かの準備をしているようだった。


 駆け回る職員たちの声を聞くに、どうやら帝都から偉い人間がやってくるらしい。どうやら予定にない訪問らしく、迎える準備にてんてこ舞いのようだった。


 お偉いさんの突発訪問は前世でも経験があるが、本当に迷惑だからやめてほしい。通常業務を後回しにして準備をしなければならないから仕事が遅れるし、何より心臓に悪い。正直デメリットしかない案件である。


 まあ今回は俺に関係する事柄でもないし、ミクロアもいつものように無関心を貫くだろう。俺が気にすることは何もない。


 しかし、どうやら帝都の使者はドラゴンに乗ってやってくるらしく、視察云々で慌てているというよりもドラゴンを迎えるのが大変なようだった。


 ドラゴンと言えば、俺がまだ森で生活していた頃に何度か目撃したことがある。もはや懐かしい記憶だ。そういえば町に来てからは一度も見てないな。


 今からモータルのおススメ空間魔法の本を探しに図書室へ行くところだったが、ついでだし見物に行ってみるか。


 純粋に間近でドラゴンを見てみたいし。


 着陸地点は野外実験場のようで、そこにはすでにたくさんの人が集まっていた。その先頭に立っているのはエクルーナ所長とクルント副所長だ。


 あの二人が出迎えるなんて、どれだけ立場の高い人間が来るのだろうか……期待と不安を交互に抱きながら待っていると、空の中で何かが光った。


 赤い輝きを放つその物体は、徐々にこちらへと近づいて来て輪郭をはっきりとさせていく。


 左右に伸びた鋭い翼、遠目からでも分かる強靭な肉体は真紅の鱗に包まれている。そして何か大きな箱のような物を抱えているようだった。


 猛スピードで迫ってくるドラゴンは一度頭上を通過すると、ゴォッと風を裂く音が轟き歓声に似た声があちこちから上がった。ドラゴンは空で大きく旋回し、今度は速度を緩めながら近づいてくる。


 ゆっくりと下降し、砂埃を巻き上げながら運んでいた箱を置いて自分は少し離れた場所へ着地する。ドラゴンは身を低くし、背の騎手を降ろした。


「お疲れ様、ちょっと待っててな」


 女性の声で騎手はドラゴンの鼻先を撫でながらそう声をかけると箱へと近づいて行く。豪奢な装飾の施された箱には、よくよく見れば窓のような物が取り付けられており、それが人を運ぶための物だったと理解する。


 そうして騎手は扉に当たるであろう部分をノックして「失礼します!」と良く通る声で告げてから手をかけ、開く。


 そこからまず現れたのは、オルトだった。久方ぶりに見るオルトの顔はいつも以上に引き締まっており、一分の隙も感じさせない空気を纏っている。


 オルトは地に足を着けると同時に出入口から一歩、横へずれて騎手と対面するように直立した。続いて、人影が姿を現す。


 少女だ。身に着けている服は黒を基調にしたドレス、かと思いきや胴や腕には鎧を身に着けていた。なんとも物騒な装飾だ。いや、あれは装飾なのか?


 年齢は十代後半くらいだろうか、顔にはまだ幼さが残っているものの鋭い瞳と凛とした表情が相まって大人びた美しさを感じる。真紅の長く美しい髪は流れるように腰まで伸び、黒い服に良く似合っている。


 そして頭部の左右からは猛々しくも立派な角が生えていた。よく見てみれば瞳は黄色く、瞳孔が縦に細長い。猫の眼、というよりは後ろにいるドラゴンと同じような瞳をしているようだった。


 そして衆目に晒されながらも堂々とした佇まいは、気品さえ感じられる。明らかに普通の少女ではない。


 エクルーナとクルントが彼女へと歩み寄り、片膝を着いて頭を下げる。


「ようこそお越しくださいました。ドレイナ皇帝陛下」


 エクルーナの発した言葉を聞いて耳を疑った。皇帝陛下って、聞き間違いでなければあの少女はこの国のトップということになる。


「うん、出迎えご苦労。長旅で疲れてしまった。早々に部屋へ案内してくれるか?」


「かしこまりました」


 そんなやり取りを経てエクルーナとクルントは立ち上がり、歩き出す。エクルーナの先導にドレイナとオルト、そしてクルントが続く。


 いつもは騒がしい職員たちもこの時ばかりは静かに、そして佇まいを正しながら一行を見送る。


 建物へと入る寸前、ドレイナが俺へ視線を向ける。たった一瞬、それなのに全身の毛が逆立つのを感じた。


 生物としての本能が、彼女には適わないと無意識に平服する。それほどまでに彼女の瞳には特別な力が宿っていた。


 姿が見えなくなって、ようやく人心地つく。周りの職員たちも、次第にいつもの騒がしさを取り戻していった。


 一目見ただけでただ者ではないとは分かったが、まさか皇帝陛下とは……軽い気持ちで来ただけなのにとんでもない人物を目撃してしまった。


 だけど、この国のトップがわざわざ視察のためにこんな港町の研究施設に来るなんて。俺が思っていたよりもここは重要な施設だったのか。それとも視察と言うのは建前で、もっと重要な要件のために来たのか。


 気にはなったが、流石に盗み聞きしに行く気にもなれず、俺は野外実験場に残ったドラゴンへと視線を戻した。


 騎手は近づいてきた職員と何やら話をしている。その様子をドラゴンは行儀よく座って見守っていた。


 ふと、ドラゴンと話せるのか気になった。一応、動物に対しては鳥だろうとネズミだろうと言葉は通じていたが、ドラゴンはまた別ベクトルの生物だ。


 人間に従っているということは相応の知能があって、意思疎通も可能なのだろう。こんなチャンスはなかなかないだろうし、ぜひとも話したい。


 近づいたら怒られるだろうか。まあその時は逃げればいいか。よし、話しかけてみよう。


 意を決して、俺はドラゴンの方へと向かった。ドレイナほどでないにしろ、威圧感が凄い。俺からしたらもう完全に怪獣だもんな。


 ドラゴンが俺に気づいて視線を向ける。そのタイミングで、俺は口を開いた。


『こんにちは』


『やあ、こんにちは』


 挨拶が通じた。しかも思ったより気さくな感じだ。


『猫に話しかけられたのは初めてだ。君はオレのことが怖くないのか?』


『別に、敵意も感じないしね。さっきの人間の方が怖かったよ』


『ははは、確かにそうかもな。ドレイナ様はとても凄いお方だから』


『どう凄いんだ?』


 聞かなくても分かっているが、あえて聞いてみた。するとドラゴンは得意げに教えてくれる。


『ドレイナ様はオレたちの群れの長なんだ。龍族だけじゃない、人間も全部まとめ上げているんだ』


『そりゃ凄い』


 俺が感嘆の声を上げるとドラゴンはまるで自分のことみたいに嬉しそうだった。やはりさっきのは聞き間違いでもなく、マジもんの皇帝陛下だったらしい。


 彼は気前よく話が出来そうだし、ついでに気になることも聞いておこう。


『そういえば、ドレイナさまは眼が君と同じだったけど、普通の人間じゃないのか?』


『あぁ、ドレイナ様は龍族と人間の間に生まれた子なんだ。強さも半端じゃない、オレなんて手も足も出ないだろうな』


『へぇ、とんでもないね、それは』


 見た目は普通の女の子なのに俺の目の前にいる五メートル越えのドラゴンより強いとか、それは半端ない。やっぱり怪力なんだろうか、それとも特別な魔法が使えるとかだろうか。


 何はともあれ、関わらないに越したことはなさそうだ。目をつけられでもしたら多分、生きていけない。


「シュルート、お待たせ。ん、この猫は?」


 騎手が戻って来て俺を見下ろした。シュルートとはこのドラゴンのことだろう、彼はグルルと甘えた声で顔を近づける。


「そう、さっそく友達ができたんだ。しばらくここに滞在する予定だから、君もこの子と仲良くしてやってあげてね」


 そう言いながら騎手は俺の頭を撫でると、シュルートを連れて職員の案内で施設の奥へと向かって行った。


 俺もシュルートと軽い別れの挨拶を交わして、去り行く背中を見送る。彼らが向かって行くのは屋内実験場がある方向だ。


 屋内実験場は三つくらいあるからそのうちの一つに寝泊まりするのだろう。広さも申し分ないだろうし、たまに遊びに行くとしよう。


 思わぬところで新しい友達が出来てちょっと嬉しくなりながらも、空間魔法の本を手に入れるため図書室へと向かった。

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