とある皇帝の会話

 ドレイナを迎え入れたエクルーナは応接室にて対面していた。オルトは部屋の前で待機、クルントには仕事に戻ってもらっている。


 二人っきりの室内には緊張感はなく、穏やかな雰囲気に包まれていた。ソファーに深く座り込み、くつろいだ様子のドレイナには到着時の気品さはなく、見た目相応の子供のような振る舞いを見せている。


「あぁ、まったく、人前に出ると疲れるわね」


「威厳を示すのも立派な仕事ですよ。ドレイナ様」


「二人っきりの時は呼び捨てでいいって言ってるでしょう。数少ない旧友なのだから、もっと気楽にしてよ」


「そういうわけにはいきませんよ。どこで、誰が聞いているかわかりませんから」


 ふふ、とエクルーナは悪戯っぽく笑いながら、声音を変えずに続ける。


「それで、ドレイナ様直々の訪問、ということは事態は深刻なのですね?」


「えぇ、アナタから送られてきたパン屋を襲ったっていう化け物の残骸……調べてみたら大当たりだった。大昔に世界を滅ぼす寸前まで追い込んだ化け物と、ほぼ同一の存在だって」


「では、古の怪物が復活したということですか?」


「いいや、復活していたら今ごろもっと大騒ぎしてるわよ。本体とは別の……子孫か何かが動き出したんでしょう」


「不吉な気配は感じていましたが……けれど、どうして今になって?」


「さあ、勢力が揃ったとか、いろいろ整ったんじゃない? いつかは戻ってくるとは言われてたけど、まさか自分が絵本で読み聞かせて貰っていた化け物と相対することになるなんてね……勘弁してほしいわよ」


 はぁ、と深いため息を吐き出して、ドレイナは天井を仰ぎながら続ける。


「絵本……”異界の勇者さま”ですね。懐かしいです。ワタシも幼い頃に読み聞かせてもらいました。しかし、その時はまさか本当の出来事だったとは思いもしませんでしたけど」


「御伽噺ならどれだけよかったか。一応まだ完全に復活したわけじゃないから、活動的になったいろいろが何なのかを調査しないとね」


「調査なら他の者に任せればよかったのでは? というか、よく許可が出ましたね。いつもなら側近なり、誰かしらが止めに入るはず……」


 疑問の言葉を投げかけると、ドレイナは天井からエクルーナへと顔を向けて、不敵な笑みを浮かべる。


「まさか、誰もに言わずに来たんですか?」


「今頃、帝都はてんてこ舞いでしょうね」


 くく、と悪戯を仕掛けて来た子供のように無邪気に笑いながら告げるドレイナに対してエクルーナは頭を抱えた。


「全く、あなたって人は……また御父上に叱られてしまいますよ」


「本格的な調査団はちゃんと結成させるように伝えてあるし、一刻を争う事態なのは間違いないでしょう。それに、化け物に変わったっていう主計官は私が選んだ領主の選抜だし、下っ端の責任はキチンと償わないと」


「ノーレンス主計官、ですか。ワタシも何度か会ったことはありますが、おかしい気配はまるで感じませんでした」


「エクルーナの人を見る眼は信頼してる。アナタの眼をもってしても見破れないほどに擬態がうまかったのか、もしくは――」


「裏で手を引いている黒幕がいる」


「その可能性は高いでしょうね。どんな理由で御伽噺の怪物なんてモノを復活させようとしてるのかは分からないけど、碌な目的じゃないでしょう。エクルーナは何か心当たりはない?」


「最近、エルフの失踪事件が多発しています。調査はしていますが手がかりは掴めていませんね」


「襲われたパン屋もエルフが経営してるって言ってたっけ。なるほど、確かに怪しい。町に住んでいるエルフたちに警告を出しておいた方が良さそうね。襲われたパン屋にも直接、話を聞いておきたいし、案内をお願いできる?」


「それならオルトが詳しいはずですよ。彼はそこのお店へ頻繁に通っているらしいので」


「へぇ……ちなみに、そこのパン屋って綺麗な女性はいるの?」


「はい、店主がとても美しい女性ですね」


「ふーん、だから彼の報告はやたらと熱が籠っていたわけね」


 何かを察して、ドレイナはニマニマと楽しそうに口角を上げる。そんな彼女とは対照的にエクルーナはどこか冷めた様子だった。


「……ドレイナ様、あまりそういった事に口出しするのはよろしくないかと」


「私もそこまで無粋じゃないわよ。でもまあ、そういうことならオルトには私がこの町に滞在している間、案内と護衛をお願いしようかな」


「あまりいじめないであげてくださいね。彼はこの町の大切な騎士なのですから」


「わかっているわよ。アナタ、私のことを信用していないの?」


「黙って抜け出してくるおてんば娘をどう信用しろと?」


 軽口を言い合いながら、二人は小さく笑い合った。


「さて、お父様がブチギレてここまで来る前にちゃちゃっと片づけてしまいましょう。久しぶりにアナタともお茶をしたいしね」


 そう言ってドレイナは立ち上がる。そこには直前までの子供っぽさはなく、皇帝然とした雰囲気を纏いながら部屋を出たのだった。

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