魔法の恐ろしさ
いくら待っても食事に行こうとはしないので、しょうがなく俺は一人で食堂に向かう。
懸念していた閉店時間はまだ先のようで、ほどほどの人数が食事に来ていた。今いる人々は一様に目が死んでいるが気づかなかったことにしておこう。
昼間と同じように受付へ行き、所長カードを見せて弁当が出来るのを待つ。
そういえば、このカードはどこまで有効なのだろう。三食だけしか使えないのか、それとも好きな時に好きなだけ飯が食えるのか。今度試してみるか。
「あー、ねこちゃんだぁー」
間の抜けたような声がして振り返ると、そこには若い女性職員がいた。二十代前半くらいだろうが、眼の隈がひどい。三徹目くらいだろうか。
青みを含んだ黒髪をサイドテールで纏めているが、髪質はボサボサでオシャレというより邪魔だからそうしている感じだった。
「コックさーん、この猫なにぃー? 飼い始めたのぉー?」
「知らないのかい? 所長の使い魔だよ。通知魔法が来てたじゃないか」
顔を見せないで厨房から声だけが返ってくる。「えぇー?」と首を傾げながら女性は記憶を探って、思い当たる情報を見つけたのか「あぁー」と独り納得したような声を発した。
「そういえば来てたっけ。追い込み時だったから、あんまり気にしてなかったなぁ」
両膝を床に着けてカウンターに顎を乗せながらトロン、と今にも眠りそうな疲れ切った目を向けてくる。
「きみぃ、触っていいタイプの猫ぉー? よければ撫でさせてほしいなぁ」
かなりお疲れの様子だ。ミクロアといい、この施設はブラックなのかもしれない。まあ、撫でるくらいなら。と、俺は了承の意を込めて彼女の鼻先へ頭突きする。
「おぉー、これっていいってことだよねぇ。やたぁー、じゃぁ遠慮なくぅー」
両手で捏ねるように顔をもみくちゃにされる。乱暴な撫で方だが、これはこれでいいかもしれない。
そんなことをしている間に俺の弁当がやって来た。するりと手から抜け出して弁当を受け取る。
「えぇー、お弁当取りに来たの? 偉いねぇー。使い魔って初めて見たけど、そんなことも出来るんだぁ」
よしよし、と頭を撫でられる。お使いだけで褒められるなんて最高か?
「所長の使い魔なんだ。それくらいできて当然なんじゃないか」
「確かに使い魔になった動物はある程度、知能が上がるって聞きますけどぉ、ここまでお利口になるなんてのは聞いたことがないですねぇ」
「ふーん」とコックは興味があるのかないのか判断の付かない反応を示す。
「撫でさせてくれたお礼にあたしの魔法を見せてあげるねぇ」
そう言って彼女は魔法陣の描かれた紙を取り出すと、そこへ弁当の入った袋を乗せる。そうして紙に触れて、集中するためか瞳を閉じた。ぼんやりと魔法陣が輝き始め、キラキラと輝く粒子が袋を包み込んだかと思えば、一気に収縮した。弁当ごと。
「ンニャッ!?」「んなぁっ!?」
俺とコックは同時に驚きの声を上げた。弁当が、俺の掌――つまりは猫の掌に収まるくらいのサイズに縮んでしまったのだ。
「フフ、どう? 凄いでしょぉ。これはあたしたちが新しく開発した魔法でねぇ。一時的に空間を圧縮して対象物の小型化を」
得意げに解説しているが俺としてはそれどころじゃない。メシが、俺の晩飯が一口未満になっちまった……。ここのご飯は旨いから楽しみにしてたのに……。
「おい! モータルお前、オレの料理になんてことしてやがる! ヨゾラが悲しそうにしてるじゃねえか!」
俺の代わりにコックが苦情を叫んでくれた。何気に名前を憶えてくれていることが嬉しい。
「だ、大丈夫、大丈夫。十分くらいした勝手に元に戻るからぁ。中身に変化もないはずだよぉ……たぶん」
「それなら、まあ……てか、なんでこんなことを」
「いや、持ち運びやすいかなぁって。一応、運搬技術として開発したし、実験も兼ねてお礼しようかなぁと」
礼なら実験台にしないでほしい。確かに運びやすいだろうけど。
「というか、開発中の魔法を実験室の外でやっていいのか? 機密とかあるだろ」
「バレなきゃ大丈夫、大丈夫」
あははー、と笑う女性職員、改めモータル。これ以上、俺の弁当に何かされると困るので、さっさと弁当を回収してミクロアの元へ戻ることにした。
「じゃーねぇ。また撫でさせてねぇ」
というモータルの声は聞こえないふりをして部屋へ急ぐ。
結局、小さくなった弁当は十分経っても元に戻らず、三十分待ってようやく爆発する勢いで元に戻った。
部屋はぐちゃぐちゃになるわ、驚いた腰を抜かしたミクロアに怒られるわで、散々な目に遭いながら、もしも我慢できずに小さいまま食べていたら死んでいたと考えゾッと背筋を凍らせる。
まだ開発段階なのだろう、やはり魔法は恐ろしく、厄介なのだ。身に染みて理解した。
同時に今度、モータルに会ったら噛みついてやると心に誓う。
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