寄り添う
あの後、図書室の管理人に本を入れる布袋を貰い(伝えるのに苦労したが)なんとかジャスタから勧められた本を持って外に出ることが出来た。貸出カード的な物はないようで、管理人の前を通って外へ出ても別に何も言われなかった。
勉強は施設外でやってもいいのだが、本の置き場がない。借り物だし汚したり、紛失でもしたら最悪だ。出来ることなら本は施設の外には持ち出したくない。
やはりミクロアの所で勉強をするのが一番適切だろう。あそこなら必要な物は全て揃っているだろうし、ジャスタへ質問をしに行くのにも効率がいい。
何より俺の仕事はミクロアの監視なので、あの部屋から長時間離れるのも気が引けた。そんな頻繁に倒れたりはしないだろうが、与えられた仕事はきっちりとしなければならない。
時刻は昼前、先に食堂に寄って弁当を取りに行こう。ミクロアへ弁当を持って行くついでに部屋に入れるかの確認もしておきたい。まだ入れなさそうなら、とりあえず小屋の横で待機だな。
重い本を背負って食堂へ向かえばまだ少し早い時間にも関わらずちらほらと食事をしている職員の姿があった。それを横目に料理の受け渡しを行っているであろうカウンターの上に飛び乗った。
「あぁ、こらこら。入ってきちゃダメだよ」
俺に気が付いた料理人の男が慌ててこちらに走ってくる。一瞬、エクルーナから話が通ってないのでは、と不安になったがカードを見せれば表情を綻ばせた。
「あぁ、お弁当を取りに来たのか。もう少しで出来上がるから、そこで待っていてくれ」
言われた通りにカウンターの隅に移動して出来上がるのを待つ。その間に昼休みに入ったのか、職員たちがぞくぞくとやって来た。
忙しくなる食堂。料理を注文しに来た職員が、弁当を待つ俺をちらりと見る。なんならついでにと撫でて行く。それなりの時間が経過して、ようやく先ほどの料理人が弁当を持って戻って来た。紙袋に入れてくれたので、それを咥えてミクロアの部屋へと向かう。
本三冊と弁当二つというのは猫にとってそれなりの重量だ。施設内を移動するだけで疲れる。
施設の隅にあるミクロアの前まで辿り着いて、さてどうやって入ろうかと思えば、扉の下部に見慣れない物が設置されていることに気が付いた。
木の蓋のような装飾が施されていて、それは前世でも見たことがあるペット用の出入口だと分かった。押せば簡単に小さなドアは開き、苦もなく室内に入ることが出来た。
部屋の中はぐちゃぐちゃに戻っている。半日見なかっただけでこれとは……頭を抱えたくなったが、それよりも机の上で突っ伏すように頭を落として座るミクロアに目が行った。
げっ、もしかしてぶっ倒れたか?
ドギマギしながら机の上に乗って近寄ってみれば、寝息が耳に届いた。肩も規則的に上下している所を見るに、眠っているようだ。表情は下になっていて確認できないが、少なくとも死んでないと分かって安心する。
「にゃー、にゃーにゃー(おい、起きろー。弁当持ってきたぞ)」
呼びかけながらポンポンとミクロアの頭を叩く。
「ほぁっ、おお、おはようございます。所長――」
ガバッと起き上がり、寝ぼけ眼で辺りを見渡して、部屋の中に俺しかいないことに気が付いて体全体を脱力させる。
「なんだ、きみか……びっくりしたぁ。というか、どうやって入って来たの」
どうやら扉に細工されていたことには気づいていないらしい。どうやってあのペット用ドアを取り付けたのかは知らないが、この娘、あまりにも警戒心がなさすぎやしないか。
俺は机から降りて弁当の入った紙袋を咥えて机の上へ戻る。そうして袋をミクロアの目の前に置いた。
「なに、これ」
警戒心マックスの状態で紙袋を覗き込み、それが弁当であることに気が付いて安堵の息を吐き出した。
「なんだ、お弁当……きみが持ってきたの?」
俺が頷くとミクロアは袋を床に移動させる。
「わたしの分、勝手に食べていいから」
それだけ言ってミクロアは作業を始める。どうやら飯を食うつもりは微塵もないようだ。
袋の中には二人分が入っている。全部食べるほど食いしん坊でもないし、そもそもミクロアに食事をさせるために持ってきたのだ。俺だけ食べるわけにはいかない。
再び袋を咥えてミクロアの前に置く。露骨に鬱陶しそうな表情をしながら、今度は俺ごと机の端へと退けて作業を再開させる。
あまりにも頑固な行動には流石の俺も腹が立つ。こうなったらと、弁当を袋から出して見せつけるように食事を始めてやった。
しばらくは無反応を決め込んでいたミクロアだったが、匂いが気になるのかちらちらとこちらを見始める。極めつけはぐうぅ~、と盛大に腹の虫を鳴かせていた。
勝ちを確信して、俺はもう一個の弁当を取り出してミクロアの前へと差し出した。
まんまと釣られたことを察したのか、伸ばしかけた手を引っ込めて仕事に戻ろうとするが、やはり食欲には勝てなかったようで観念したように食べ始めた。
「……食べると眠くなるのに」
ぼそりと愚痴を呟きながらも体は正直なようで、後に食べ始めたにも関わらず俺よりも先に完食していた。それを見て、満足しながら俺も自分の食事を進めた。
俺が食べ終わる頃にはミクロアは食事を終えて仕事に戻っていた。けれど目が半眼で、今にも眠ってしまいそうだった。
確か、掃除していた時に毛布があったな。と思い出してぐちゃぐちゃに戻ってしまった部屋の中から毛布を発掘し、日向になっている所に敷いた。
そうして、ミクロアの視線の前に出て「にゃー」と鳴き、俺に意識を向ける。
「なに、邪魔しないでって……」
集中力が切れているのか、一度の呼びかけで応えてくれた。ミクロアが文句を言い終わらない内に俺は机から降りて毛布の上に移動する。そうして寝転んだ。
思った通り、この場所は昼寝するのに最適だ。ぽかぽかと暖かな陽気が肌を優しく温める。建物から少し離れているので、職員たちの気配も程よく感じることが出来て安心する。
そんな快適な寝床の中から、俺はじっと彼女を見つめた。
ミクロアは最初、俺の事なんて無視しようとしていたが、気持ちよくくつろぐ俺の姿を見て立ち上がり、フラフラと近づいてきた。そうしてしばらくこちらを見下ろし、
「ちょっとだけなら……」
と呟いた。
釣れたな。と確信した直後にミクロアは倒れるようにして寝転がった。
危うく下敷きにされそうになって、慌てて飛び退いた。
いきなりなんだ。危ないだろう。と文句を言おうとしたときには、すでにミクロアは夢の中へと落ちていた。
さっきも無理やり俺が起こしたわけだし、相当疲れていたのだろう。仕方ないなと、俺はミクロアの腰辺りで寄り添うようにして寝転がった。
食後のひと眠りを始めて十分ほどしたくらいだろうか、ふとミクロアが俺に抱き着いて来た。
細い腕が身体に絡みつき、顔が近づいたのか耳に息がかかってくすぐったい。背中には彼女の豊満な胸が押し付けられて思わずドキリとしてしまう。
うぐぐ、こいつ、普段はまるで興味を示さない癖にこういう時だけ抱き枕にしやがって。
これでは満足に眠れそうもないので勉強でもしようと起き上がろうとしたが、さらに腕に力が籠められる。
「おとうさん……」
そうして弱く、か細い呟きが耳に飛び込んできて――エクルーナが話してくれたミクロアの過去を思い出す。
父親の凶行、それからの辛い生活。今まできっと、安眠なんて出来なかっただろう。病的なくらい仕事に打ち込んでいたのも、そのせいかもしれない。
やれやれ、と思いながら俺は静かに自分の状況を受け入れることにした。
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