魔法について
エクルーナと話し合った後、俺はミクロアの元へと向かった。しかし昨日と同様に扉も窓も閉まっていて中には入れなかった。
締め出しの件は先ほど報告して対処してくれると言われたばかりなので、今日、部屋に入れないのは仕方ない。だが、ただ待って時間を潰すのももったいない気がして、俺は図書室へ行くことにした。
もともとここへは魔法の勉強をしに来たのだ。所長の許可を得た今、こそこそ隠れて本を漁る必要もない。堂々と図書室で魔導書を物色できる。
昼間の図書室は深夜帯とは違い、多くの職員が利用しており、各テーブルで本を広げて議論を繰り広げていた。私語厳禁、というわけでもないらしく、活気に溢れていた。
全員が真剣に、仕事について話し合っているこの場の空気は前世の職場に似ていた。どこか懐かしい気分に浸りながらも、何かいい本がないかとうろうろしてみる。
職員たちは俺を物珍しそうに横目で見てくるものの、咎めたり追い出そうとしてくる人間はいなかった。所長の使い魔、というのはそれなりに良い立ち位置なのかもしれない。
気兼ねなく図書室を歩いていると、見覚えのある人物を発見した。ジャスタだ。真剣な眼差しで書籍群を眺めていたが、ふと俺の存在に気が付いてこちらを見ると、おもむろに歩み寄って来てしゃがみ込む。
「お前は……ここへ来たということは魔法に興味があるのか?」
周囲に聞こえないように配慮してか、小声での問いかけに俺はコクリと頷いてみる。
「ほぉ、まさか本当に言葉がわかるとは。所長から話は聞いている。新しく職員になる猫に魔法の手ほどきを頼まれた時は耳を疑ったが……」
無理もない。立場が同じなら俺も同じ反応をする。というかあの所長、そんな口添えまでしてくれていたのか。ありがたい。
「面白そうだ。付いて来い。軽く魔法について講義してやろう」
そう言ってジャスタは立ち上がると歩き出した。渡りに船だったので大人しく従うことにする。道中、ジャスタは本を二、三冊抜き取ると図書室の奥にあった扉を開けてそこに入って行った。中は小さな会議室のようだ。
ジャスタは俺が部屋に入ったのを確認してから扉を閉め、中央の丸机に本を置くと着席する。椅子に座った方がいいかと迷ったが、そうすると本が見えないので机の上に飛び乗った。
「さて、こちらとしても猫相手に教鞭を振るうのは慣れていないのでな。どこまで理解できるか分からんが、基礎から教えてやろう」
「にゃー(よろしく)」
「……なんだか変な感じだな。まあいい」
ゴホン、と咳払いしてジャスタは話を始めた。
「まず、魔法は基本的にエルフ……我々のような耳の長い種族にしか扱えない」
そう言ってジャスタは自身の耳を指し示した。
「それはなぜか――エルフは生まれながらに『世界の真理を聴いた』と言われている。だがその正体は不明だ。俺もエルフであるが、出生時に何かを聴いた記憶はない。しかしエルフは、人間が歩き方や喋り方を覚えるように、魔法をいつの間にか使えるようになっている。故に、エルフは神様から魔法の使い方を教わった、世界の真理を聴いたと言われているのだ」
ふむ、なんとも抽象的な話だ。やはり脳の構造や体質的な問題なのだろうか。
「こんな神話や民話のような根拠のない話が魔法の根幹に関わるかもしれないと言われているのは、魔法についての研究がまだ発展途上というのが大きい。そもそも魔法学というのは百年ほどしか経っていない学問だ。魔法陣に至っては五十年ほどの代物だ」
そんなに日が浅いとは驚いた。魔法は人々の生活に浸透しているようだし、昔からある代物だと……まあ、前世でも携帯やIT周りは驚異的なスピードで発展し、人々に浸透していたしあり得ないことではないのだろう。
「魔法自体は太古より存在しており、魔法学がない時代はエルフだけが使える神聖な力と崇められていた。だが、百年ほど前にワーディン・アブロンズというエルフが、人類が使えるようにと魔法学を立ち上げ、魔法陣を開発したのだ。その研究の成果として、魔法は空気中に漂う”
魔子……原子や元素みたいなものだろうか。
「魔子は全ての現象の源となる物質だ。そしてエルフの長い耳は魔子を集める器官となっている。エルフは耳で魔子を集めて取り込み、身体を通して魔子を炎や水といった現象に変換して放っているのだ。物を動かす場合も同様に、圧縮させた魔子を操作して物体を動かしている」
なるほど、だからエルフ魔法陣なしで魔法を扱うことが出来たのか。
「原理を解明したワーディンは一連の流れを研究し、現実世界へ書き出した物――それが魔法陣だ。魔法陣によって魔子の収集と変質命令を行い、使用者の人体を通して魔子を変換し、放出する術として確立させたのだ。これによってエルフ以外でも実行可能となった」
それで魔法が普及したわけだ。決まった現象しか引き起こすことは出来ないが、誰でも使えるようになる、というのは前世の電子機器に似ている。
「魔法陣、という明確な指標ができたことで魔法学は飛躍的に発展した。現象の法則性を理解することで魔法陣の量産や強化、そしてこれまでは不可能と思われていた遠距離での会話や飛行による運搬など、様々な技術が魔法学によって誕生した。その過程で魔法学に対する反発などがあったが……これはまた後日、話してやろう」
魔法の仕組みについては理解できた。思っていたより複雑な感じではなさそうだ。魔法陣さえあれば俺でも魔法が使えるようになるのだろうか。
「魔法陣の登場によって多くの人間が魔法を使えるようになったが、魔法陣を使えば誰かれ構わず魔法が扱えるようになるわけではない。構造を理解し、体の中でどのように変換させるのかを操作しなくてはならん。一歩間違えれば、取り込んだ魔子が暴走して悲惨な事故に繋がることもある」
事故、と聞いて脳裏に体が爆発する光景が浮かぶ。やはり魔法習得は一筋縄ではいかないようだ。
「逆に言ってしまえば、魔法陣の構造と魔子の扱い方さえ習得できれば誰でも使えるようになる。ということだ」
言外に、理解できる頭があるのなら俺でも習得が出来るということを伝えていると察する。
「お前は確か、文字を扱えるのだったな?」
コクリと頷くと、ジャスタは持って来ていた本を俺の方へと押し出して言った。
「これには魔法の基礎が書かれている。一週間、その間に使える魔法陣を一つ描いて俺に見せてみろ。そうすれば本格的に指導してやる」
一週間で魔法陣を一つ……果たしてそれがどのくらいの難易度なのか、今の俺には想像できないがやってみるしかないだろう。俺は理解した旨を伝えるためにもう一度頷いた。
「もし、わからない文言などがあれば文書を作成して俺に伝えろ。仕事の開始前と終了後、一時間ずつなら時間が取れる。ここへ来てくれ」
そうしてジャスタは立ち上がる。それ以上は何も言わず、部屋から出て行った。俺もとりあえず部屋から出ようと、ジャスタの置いて行った重そうな本三冊を見て、どうやって運べばいいのかと途方に暮れた。
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