就職

 エクルーナとのやり取りがあった翌日、俺はさっそく研究所へと赴いていた。場所は所長室を指名されていたので、開いていた窓から室内へ。窓からの侵入は昨晩に許可を貰っている。


「よく来てくれたわ。こちらへどうぞ」


 エクルーナが机の上に乗るよう促して来たので、窓辺から机の上に飛び乗った。エクルーナへ向き直って腰を落ち着けると彼女は話を始める。


「所内であなたはわたしの使い魔として通達しているから、これからは自由に歩き回ってもらって構わないわ」


 ということは以前のように職員から追いかけ回される心配はないということだ。それはありがたい。


「所内では制服を着てもらうことになっているのだけど、あなたは着られないからこれを身に着けるように」


 そうして渡されたのは銀色の丸いプレートが付いた首輪だった。


 プレートには『ミルナード研究職員 ヨゾラ』という文言が彫られている。名前は昨晩の内にタイプライターで伝えていたが、まさか半日も経っていないのにこんな物まで用意してくれるとは。なかなか手際がいい。


 エクルーナは首輪を俺に着けると立ち上がる。


「さっそく今日からミクロアの手伝いをお願いするわね。場所はわかると思うけど、初日だしわたしが案内をしましょう。ついて来て」


 促されて俺は机から飛び降り、エクルーナと共に部屋を出る。彼女の後ろについて、堂々と廊下を歩いていると職員たちが物珍しそうに俺のことを見ていた。


 一応、俺のことは通達されているという話だったが、まだ半日も経っていないのだから知らない人間が大半だろう。というかどうやって伝えたのか、やはり魔法だろうか。


 そういえば、使い魔という言葉はちょくちょく出てくるが、そういう存在を見たことがない。かなり珍しいのだろうか。それとも俺が気づいていないだけでそこら中にいるのかも。


 そんなことを考えている間に、ミクロアの研究室に到着した。研究所の隅っこにポツンと建っている小屋みたいな建物、そこの扉をエクルーナはノックする。だが応答はない。エクルーナは構わず扉へ開けて中に入ってくるので、俺も後に続いた。


 以前来た時と同様に室内は散らかり放題だ。その中心で、ミクロアは一心不乱に作業を行っていてこちらの訪問にはこれっぽっちも気づいていない。これも以前と同じだ。そんな彼女の様子にエクルーナは肩を竦める。


「こんな感じで、この子は作業に没頭すると何もかも忘れてしまうの。そのせいで何度か過労で倒れて、その都度、注意はしているのだけど改善しなくてね。わたしも忙しくて毎日様子を見に来るわけにもいかないし、任せられる人も少なくて困っていたの。あなたが来てくれて助かるわ」


 確かに、こんな人気のない場所でぶっ倒れられたら大変だ。だが、それならもっと人の多い場所で作業をさせればいいのに。どうしてこんな敷地の隅っこに……。


 俺の疑問を他所に、エクルーナはミクロアへ歩み寄ると数回呼びかけ、反応がないのを見てから肩を叩く。そこでようやく、ミクロアはびくりと身体を跳ねさせて振り返った。この光景もデジャヴを覚える。


「あ、おはようございます。所長」


「おはよう。また徹夜で作業してたのね? 通告は見てくれたかしら」


「通告……? す、すみません。まだ確認してなくて……!」


 慌てた様子でミクロアは机の上を見渡すと、一枚の魔法陣が描かれた紙に触れた。すると魔法陣は光を放ち、スッと半透明の小さなエクルーナの姿が現れる。


『本日より、あなたの補助としてヨゾラという使い魔を派遣するわ。今後、わたしとのやり取りは使い魔を通すように。簡単な作業ならできると思うから、彼と協力して研究を続けてね。あなたの働きに、期待しているわ』


 なるほど、こんな感じで職員たちへ通達したのか。つくづく魔法という存在は便利な物だと感じる。


「えっと、使い魔って、いうのは……?」


「この子のことよ。名前はヨゾラ、今日からあなたのパートナーよ」


 紹介されたので、俺は机に飛び乗って自分の存在を主張した。俺を見て、ミクロアは怪訝な表情を浮かべる。


「この猫が?」


 じとっとした疑いの眼差しだ。どうしてここに猫が入り込んでいるのか、心底理解できないような視線。どうやら、彼女は俺のことを覚えていないようだ。


「あたし、猫の世話なんて、できませんけど……」


「大丈夫。世話はしなくても問題ないわ。彼、優秀だから」


 果たして俺の何を知っているのか。まあ、自分の世話くらいは出来るのは事実だが。


「じゃあ、わたしは失礼するわ。後はお願いね」


 その指示はどちらに言ったのか。真意を確かめる間もなくエクルーナは出て行った。残された俺たちはしばらく見つめ合い、ミクロアが言った。


「変に物に触らないでね」


「にゃー(了解)」


 肩眉を上げて不思議そうな表情を示すが、すぐに俺から興味を失くしたように作業へ戻った。


 さて、俺はどうしたらいいのだろうか。仕事は”ミクロアに何かあればエクルーナに知らせる”、もしくは”簡単な雑用”だ。今のところ、異常はなさそうだし軽く部屋の掃除でもしておこうか。


 部屋の中はしっちゃかめっちゃかで足の踏み場もない。適当でも散らばっている紙類を纏めるだけでかなりマシにはなるだろう。さっそく掃除を開始する。


 散乱している紙には魔法陣が描かれている。だが、どれも半分だけだったり途中で放り投げらえたりと未完成な物ばかりだった。魔法陣に関する専門書に、まるめた紙くずに、食べかけのパン……。


 思った以上の汚部屋だ。きっとほとんど掃除なんてしていないんだろう。もしかしたら全くしてないのかもしれない。


 明らかなゴミは部屋の外へ。魔法陣の描かれた紙は完成度順に分けておく。進捗具合は完全に俺の独断になるが、仕方ないだろう。本類は適当に積むしかない。


 ようやく床が見え始めた辺りで昼を告げる鐘が鳴った。昼飯でも調達しに行こうかと掃除を切り上げると、ミクロアは作業に没頭したまま動こうとしないのに気が付いた。


 この世界にも昼休憩というものはあるし、他の職員も各々が仕事を中断して休息を取っているのが窓から分かる。けれどミクロアは集中しすぎて昼になったことも知らない様子だった。


 仕事熱心なのはとても良いことだが、飯はしっかりと食わなければ駄目だ。純粋に体に悪いし、作業効率も落ちる。腹が減っては戦は出来ぬとも言うしな。


 俺はミクロアに昼休みを告げる意味を込めて飯の催促をしてみた。足元から呼びかけても反応はない。頭をこすりつけてみても無反応。仕方なく机の上に飛び乗って無理やりミクロアの視界内に入る。


「ちょっと、邪魔しないで」


 鬱陶しそうに手で追い払おうとするが、俺は退かない。にゃーにゃー鳴いて、腹ペコをアピールする。


「……もしかして、お腹が空いたの?」


 しばらく攻防が続いて、ようやくミクロアは俺の意図を察したようだった。


「その辺にパンがあるから、適当に食べていいよ」


 けれどミクロアはそれだけ言うと作業に戻った。その辺のパンって、もしかして紙くずに埋もれてたカビの生えたパンのことか?


 いくら猫でもそれは食えない。舐め過ぎだ。俺は抗議の意味を込めて更に声量を上げて鳴きまくった。無視を決め込もうとしていたミクロアだったが、すぐに立ち上がり俺を抱き上げた。


 ようやく飯を食う気になったか。確か食堂があったし、そこまで連れて行って欲しいな。


 などと呑気に考えていれば、ポイと外へ放り投げられる。


「邪魔するなら出てって」


 と言われて扉を閉められた。


 その後、扉を引っ掻きながら呼びかけてみたが完全無視を貫かれたので、結局一人で食堂まで来た。


 旨そうな匂いが鼻孔をくすぐる。だが、社員食堂と言っても金がいるようで、無

一文の猫である俺はただメニューを眺めることしか出来なかった。


 周りでは白い軍服に身を包んだ職員たちが談笑しながら食事を囲っている。何人かは俺に気づく者もいたが、所長の使い魔という認識があるからか近寄ってこようとはしない。


 いい加減空腹も限界になってきた。俺はさっきからチラチラと俺の様子を伺っていた若い女性職員の二人組へと近づいて足元から見上げる。


「君、所長の使い魔の猫だよね。どうしたの?」


 問いかけながら頭を撫でてくる。喉を鳴らして応対しながら、期待を込めた視線を送り続けた。


「お腹空いてるんじゃない?」


 肯定の意味を込めて俺は「にゃー」と鳴く。


「ほら、やっぱりそうだ」


「何かあげる?」


「でも、所長にバレたら怒られるんじゃない?」


「うーん、でも……」


 押しの弱そうな方を、じっと見つめ続ける。女性はかなり迷った挙句「ちょっとだけね」とパンをちぎって恵んでくれた。ありがたく頂きつつ更に催促を続けると、今度は鶏肉の切れ端をくれた。


 そんな感じで、俺に興味のありそうな人間の足元を巡っては食べ物を貰うを繰り返し、あっという間に空腹は満たされた。


 もともと職場という娯楽の少ない環境下だと、やはり猫と戯れるというのは良い息抜きになるのだろう。外で貰うよりちょろかった。


 満足して俺はミクロアの元へと戻る。扉は閉まりっぱなしなので、掃除の時に開けておいた窓から室内へ。そこでは朝と同様に机と向き合うミクロアの姿があった。


 休憩もせず、恐らく昼食も摂ってはいないのだろう。気にはなったが、また追い出されても困るし彼女のことはひとまず放置して部屋の掃除を再開させた。

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