とあるエルフの思惑

 パン屋からの帰り道、猫の鳴き声を最後に仕掛けていた魔法が消えた。どうやら対象に気づかれたらしい。


「ジャスタ、ちょっといい?」


「――どうした。パース」


 わたしが呼び止めると、彼だけでなく先を歩いていたミクロアとラムダも立ち止まる。


「ちょっと忘れ物。ラムダ、ミクロアと先に帰ってて」


「わかりました」


 そう言うとラムダは大人しく従う。ミクロアは一瞬怪訝な表情を浮かべながらも、ラムダと共に帰路へついた。


 二人の姿が見えなくなるのを確認して、わたしはジャスタを連れて近場の路地へ。人目に付かない場所へ入ると同時に自身に掛けていた魔法を解く。


 身長と耳が伸び、髪は茶色から金へ。年若い顔つきから年月を重ねた厚みのある顔へと変貌を遂げる。


「もう変装はいいんですか。エクルーナ所長」


 背後にいたジャスタがさっきまでとは違う、かしこまった口調で問いかけてくる。


「少し厄介な事がわかったの。それをあなたにも話しておきたくて」


「何が……もしや、あの猫ですか? 触れ合った時に細工をしているのは気づきましたが」


「あら、気づいていたの。彼、凄い所に潜り込んでくれたわよ」


 パン屋への誘導や研究所へ侵入するといった、猫に似つかわしくない行動を見てもしや、と思い遠聴とおちょうの魔法を仕掛けてみれば、とんでもない情報を拾って来た。


 エルフのパン屋の裏に隠れた巨悪の根っこ。それに関わる重大な会話だった。わたしは彼を通して聞いた悪巧みをジャスタへ告げる。


 話を聞いたジャスタは驚きの表情を見せつつも、右耳を指で撫でる。考え事をするときの癖だ。


「まさかと思って今回はミクロアに経験を積ませるのも兼ねて調査に来てみれば、当たりだったわね」


「……最近発生している”祝福者エルフ”の失踪事件と関係しているのでしょうか」


「その可能性は高いわ。もっと調べてみないと確定ではないけれど」


「所長」


 打って変わってジャスタは声と表情に不安を滲ませる。わたしはそれに気が付かないふりをして「なに?」と聞き返した。


「事件は騎士たちに任せたらどうですか。あなたがわざわざ動かなくても、手がかりさえ提供すれば、後はあちらで解決してくれるでしょう。帝都へ応援を要請することも出来ます。この件にはあまり深く関わるべきではありません」


「もちろん、騎士たちとは情報共有をするつもりよ。けれど任せっきりというのはどうかしら」


「我々はあくまでも魔法を研究する学者です。失踪事件など、解決したところで何の得もありません。それに我らもエルフである以上、危険に晒される可能性が増えるだけです」


「……ふふ、今日は随分とお喋りね」


「心配なのですよ。ただでさえ所内であなたを今の立場から落とそうとする不穏な動きがあります。もし、あなたの身に何か起こったら……ミクロアだってどうなるか」


「その時はジャスタ、あなたに任せるわ。その意味も込めて、こうしてあなたに話しているのだから」


「自分には荷が重いですよ。特にあの娘の世話は」


 苦笑する彼の気持ちは良くわかる。しかし、今回のエルフ失踪事件はどうしても放っておくことが出来なかった。失踪、とは言っているが何者かの手によって連れ去られているのはほぼ確実。騎士隊もそのつもりで調査をしている。


 ”祝福者エルフ”はその希少性から人攫いに狙われる。それはエルフを保護下に置いているアルラッド帝国内でも変わらない。わたしも実際に何度もこの身を危険に晒した。


 しかし、今回は営利目的の人攫いではないく、もっと根の深い陰謀が隠れている気がしてならないのだ。


 耳が疼く。この感覚は前の領主が暗殺された時と似ていた。しかも今回は、それより大きな事態に発展する予感がする。それを裏付けるように得られたのが先ほどの密会だった。


 エルフの親子が営むパン屋、ということで念のため調査してみてよかった。それにあの足先だけ白い黒猫――アレは恐らく普通の猫ではない。


 アレが何かは分からない。だが、悪いモノでないことは確かだろう。予期せぬ収穫だった。せいぜい、街の平和を維持するために利用させてもらいましょう。


 わたしはジャスタにも気づかれないよう、小さく口角を上げた。

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