問題対処
一週間ほどオルトの動向を観察し、おおよその行動パターンは掴めた。
朝はパン屋に寄り、午前は町の見回り、昼飯は見回りの時に買った物(パンだったり握り飯だったり、軽く食える物)で適当にその辺で済まし、午後は新人の稽古。
といった感じだった。休日は週二回、恐らく不定期なのだろうが、オルトは二日とも家で筋トレして港で釣りをしていた。
クレーマーの方はというと、シャム猫に協力してパン屋の様子を見守ってもらっていたのだが、なんとあれからほぼ毎日来ており、いつも昼時に来るようだった。
最近、稼ぎ時になって来ていた多い時間帯だ。クレーマーにそこまで意図はないだろうが、完全に嫌がらせだな。しかも店側が完全にカモにされている。そろそろ本気でどうにかしなければ、先にレノアのメンタルがやられそうだ。
最初はタイプライターでオルトに直接知らせようかと考えたが、今の俺の語彙力じゃ怪文書しか書けない。宛先不明の怪文書なんて貰ったらパン屋そっちのけで差出人を探されかねないので諦めた。
なら、取れる手段は限られる。だがクレーマーの来る頻度を鑑みるに良さそうな案を考えている時間はなさそうだ。早く対処しないと店の悪評が広まってしまう。
数日、俺はいつでも行動を取れるようオルトの近くに付き、シャム猫を含む数匹の猫たちに協力を頼んでクレーマーがパン屋に近づいたら知らせるように伝えてある。
これであとはオルトをうまく誘導できるかだが……。
昼時、呑気に店先で肉の挟まったサンドイッチを購入するオルトを眺めていると、遠方から「あおーん、あおーん」と猫の雄たけびが聞こえて来た。
これはクレーマーが来たときの合図だ。俺はオルトへ忍び寄り、身を低くして狙いを定める。
こちらに気が付いていないオルトは人の邪魔にならない場所で、立ちながらサンドイッチにかぶり付こうと口を開ける。
そんな警戒心の欠片もない相手に飛びかかり、肩を経由してサンドイッチを強奪した。
「うおっ! なんだ!?」
急襲に驚きの声を上げるオルト。俺は地面に着地し、少し離れた場所で振り返ると驚きに目を見開くオルトと目が合った。
刹那、駆け出す。
「あ、ま、待てコラ!」
オルトが見失わない程度の速度を維持しながら町の中を逃げ回る。
オルトは途中、何度か諦めようと立ち止まったが、着いて来ない気配を感じると俺は立ち止まり挑発するように振り返った。
それを何度か繰り返し、オルトも途中からは意地で追いかけて来ているのが気配で分かった。
そうしてパン屋の前まで誘導して、俺は一気に屋根の上へと駆け上りオルトを撒きにかかる。
肉体強化が出来るであろう鎧を装着していたので屋根の上まで追いかけて来る可能性も考えていたが、流石にそこまではしないようで諦めたようだった。
「くそっ、なんだって俺の昼飯を……」
恨みがましく俺を見上げるオルト。いつも撫でさせてやってるんだから昼飯のひとつくらいいいだろ。それよりお前にはやるべきことがあるんだよ。
「だからぁ、何度やったら気が済むんだ!? 客を舐めてんのか、あぁ!?」
俺が何かアクションを起こす前に店の中から男の怒号が発せられた。驚いて振り返ったオルトがようやく自分の現在地に気が付き、異変を察知して店内へと入って行く。
事の成り行きを見届けるため、俺はサンドイッチを咥えたまま屋根から降りて店内を覗き込んだ。
レノアへ怒鳴りつける男にオルトは近づき声をかける。
「どうかしましたか」
「あぁ? なんだ……あ」
「オルトさん」
オルトの存在に気が付いたレノアは安堵の表情を浮かべ、男は青ざめる。一瞬、気圧された男はすぐに威勢を取り戻す。
「き、騎士がなんの用だよ」
「たまたま通りかかったら騒ぐ声が聞こえたもので。何か問題ですか?」
「い、いや、あんたには関係な」
「ちょっと聞いてよ騎士さん! この人、いっつもここに来ていちゃもん付けるのよ! どうにかしてあげて!」
最近新しく常連になったおばさんが声を上げた。男は鋭く睨み付けるが、周囲の視線を感じて言葉を詰まらせる。しかし、男はすぐ逆切れ気味に声を張り上げた。
「この店のパンにいっつも猫の毛が混じってんだよ! 文句言うのは当然だろ!」
「嘘よ! わたしが買ってもそんなパン当たったことないわよ!」
「うっせぇババァ! 黙ってろ!」
言われた女性はかなり心外そうな顔をしながら反論を口にしようとする。かなり荒れそうな場をオルトが「まあまあ」と宥めながらクレーマーへと向き直った。
「確か、パンに毛が混じっていたって話でしたよね。それは自分の衣服に着いた物がパンに付着しただけなのではないですか」
「ち、違う! がっつりとパンの中に入ってたんだ。この店の周りに猫もうろついてるし、きっとその猫の毛が入ってたんだろ!」
それはないだろう。その点に関しては俺もレノアもかなり気を遣ってる。
俺なんて抜け毛が飛び上がらないように毎日毛繕いや水浴びをしているし、レノアだってパンを作る前は絶対に猫には触れない。もちろん厨房に入るなんてご法度だ。中に混じることなんて本来はあり得ない。
クレーマーが現れてからは更に衛生管理は徹底しているはずだ。
「ちなみに、混じってた猫の毛の色は?」
「いちいち覚えてねぇよ、そんなこと」
「なら、毛が混じっていたっていうパンは? 持ってきてるんですよね?」
「ね、ねぇよ。捨てた」
ふむ、とオルトは考える仕草を見せてから男の目を見据えて言う。
「俺は毎日ここへ来てパンを買っていますが、猫の毛が混じっていたことは一度もありません。仲間へ配るためにそれなりの量も買ってますが、食べた人間から毛が混じっていたなんて話も聞いたことがない」
「そ、そんなの、知るかよ。オレが買ったパンは実際に」
「なら、実物を持って来てください。話はそれからでしょう。それともまだ何か主張があるのなら外で俺が対応しますよ」
男は口を開きかけたが、結局なにを言うでもなく舌打ちだけして店を出て行った。そこで一気に場の雰囲気が軟化し、客たちは自分の買い物を再開させる。
クレーマーの姿が見えなくなったタイミングで、レノアはオルトに頭を下げた。
「ありがとうございます。オルトさんが来てくれて助かりました。本当は私がどうにかしないといけないのに、ご迷惑をおかけしてしまって」
「いえ、これも仕事の内ですから」
なんともないように言ってのけるオルトを見て、ようやくレノアの表情も弛緩する。
「ああいうのは多いんですか?」
「そこまでは……でも、あの人は頻繁にやってきます。毎回、パンに不備があったって言われて」
「そうなんですか。また、何かあればいつでも呼んでください。大通りには他の騎士も巡回しているので、必ず助けになりますよ」
「はい、ありがとうございます。そう言ってもらえると安心します」
完全にレノアの気持ちが持ち直したのを見て、オルトは会話をそこそこに店を出た。店先で、すでにサンドイッチを食べ終えた俺と目が合う。
「あ、お前……まあもういいか。もしかして、このことを俺に知らせたかったのか?」
ぐりぐりと俺の頭を撫で回しながら、オルトは冗談めかした口調で言う。恐らく本人は本気でそんなこと思っていないだろうが、なかなかいい線行ってるぞ。というか鎧のまま撫でられると痛いな。
ちらりと店内を見やると、接客しながらもレノアがオルトの方へ視線を向けているのが分かった。前世では色恋沙汰に無縁だったので確証はないが、脈アリなんじゃないか。
そんな視線には気づかず、オルトは仕事へ戻るべく店から離れた。
「あ、パン買えばよかったかな」
と、去り際に呟くオルトの言葉を聞きながら、俺はオルトへ『頑張れよ』と心ばかりのエールを送るのだった。
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