一章:新たなる生、新たなる世界
目覚め
耳元がやけに騒がしい。
俺は、どうなったんだ? ここは、病院か? 助かったのか?
起き抜けのまだ意識だけが覚醒した状態で、自分の現状を把握しようとする思考するが、何度も顔や体に押されるような感触が加わり邪魔してくる。やめろ、と文句を言おうにもうまく言葉が出なった。
だが、こうして思考も出来て感触もあるのなら助かったのだろう。という結論に辿り着く。半ば安堵しながら、あぁ、喉を刺されたんだから声なんて出るはずもないかと納得する。
もしも一生、喋れないままだったら仕事に支障が出るな。なんて自分でも驚くくらいに冷静に呑気なことを考えていると、ざらりとした感触が俺の頬を舐めた。
意識を失う直前にも感じたこれは、猫の舌だ。にしては感じる面積がやけに大きいような……いや、そんなことより、まさかとは思うが俺はまだ道路で寝ているのか?
そういえば背中や喉に痛みがない。もしかして刺されたのは夢で、酔っ払ってそのまま路上で寝てしまっているのではないか。
そう思って目を開ければ、視界いっぱいに猫の顔が広がった。予想以上の近さに驚いて、身を引いた拍子にコロンと身体が転がる。受け身を取ろうとするが手足は思うように動かず、後ろに一回転して姿勢が再び前を向いた。
身体の不自由に疑問を抱くよりも、まずは正面の光景に目を疑った。俺のすぐ近くで、黒い生物が蠢いている。しかも複数。
一瞬、化け物かと思ったが、それらが猫の、それもほとんど生まれたての子猫だと俺の脳は導き出す。それ以上は驚愕で思考が止まってしまった。
驚愕の原因は子猫が傍にいたから、などという可愛げな理由じゃない。そいつらがとても大きかったからだ。体感で俺と同じくらいのサイズはあるだろうか。そんなあり得ない存在が今、俺の目の前にいる。
それだけでも腰を抜かしそうなほど驚いたのに、さらに大きな存在が俺の視界を遮った。
自分の数倍はありそうなほどに巨大な猫。それが俺の顔を覗き込んでいたのだ。
「ぴゃーーーーーー!(うわぁぁぁぁ!)」
思いっきり叫んだつもりだった。なのに口から出たのは男の絶叫なんかじゃなく、甲高く弱々しい声だった。その声に反応して巨大猫がさらに俺の方へと顔を近づけて、ぺろりと顔面を舐めてくる。
なんなんだコイツは!? なんでこんなにデカい猫がいる!?
てっきりいつも会ってる黒猫かと思っていたが、よくよく見れば目前の巨大猫は牛柄で俺の知らない猫だと分かる。
執拗に舐めてくる巨大猫のざらついた舌から逃れようと身体を動かして、ふと自分の手先が白い毛で覆われていることに気が付く。同時に人間の手ではないことも。
これは猫、猫の手だ。裏返してみれば、ちゃんと肉球もある。
「にゃー!?(なんじゃこりゃ!?)」
声を発したつもりが、口から出るのはやはり甲高い声で、しかもそれは完全に子猫の鳴き声だった。試しに適当な言葉を喋ってみるが、やはり猫の声しか出てこなかった。
何がどうなってる? どうして身体が猫に?
混乱し、肉球の付いた両手で頭を抱える俺の尻を巨大猫が舐めようとしてくる。
人が真剣に考えている時にやめてくれ。そう伝えようにも俺の喉からは「ぴゃい、ぴゃい」と意味の無い音しか出てこない。そもそも人間の言葉を話せたところでこいつに伝わるのか?
そして自分より何倍も大きな存在から逃げることも抵抗することも出来ず、最後にはされるがままに尻を舐められることを受け入れる。
逆恨みで刺されて、意識を失って、目が覚めたら猫になっていたなんて。もう何が何やらさっぱりだった。これは悪い夢なんだと思いたかったが、尻から伝わってくる感触は疑いようもない本物だった。
とんでもない羞恥プレイだ。自分の親にだって尻を拭われたことがないのに、知りもしない猫にだなんて……。
いや、待てよ。もし仮に、猫に生まれ変わったのなら巨大猫は母親で、他の連中は兄妹ということになるのか。じゃあ、別にこの行為も自然の摂理であって何も恥ずかしいことじゃない。
そう、これは普通。普通の事なんだ。と、俺は猫になったという異常事態を棚に上げて現実逃避をすることしか出来なかった。
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