最終話* 写真
それからは毎週のように姉から写真が届くようになった。メールでもきたし、時にはわざわざ印刷して郵送しても来た。
古民家を改修した広い自宅。ダルマストーブに囲炉裏。新しい仕事場の人々の笑顔。八百メートルも離れたお隣の老婆。新しい車。三キロ先にある見たこともないコンビニの風景。山桜。青葉。紅葉。釣果の川魚。僕には名前も判らない様々な鳥。夕焼け。星空。朝焼け。虹。月。自分で作った大きな雪だるま。
姉は新生活を謳歌できているようで彩寧は胸をなでおろした。だが僕は姉が音を上げて帰ってくるか、そうでなくとも電話の一本でもかけてくるんじゃないかと心配していた。いや、心配していたのではなく、期待していた。その時僕は姉を優しく慰め
翌年。姉のメールや手紙が送られてくる頻度が少し減ってきた頃、大量の鴨肉が送られてきて僕たちは仰天した。その中にあった数枚の写真を見て更に仰天した。なんと猟銃を背負い獲物を持って得意げな笑みを浮かべる姉が写っていたのだ。
メールや手紙がほとんど送られなくなってきた翌年には鴨肉は鹿肉になり、調理法については悩み抜いたものの、僕たちの食卓を大いに賑わせた。しかしその量はいかんともしがたく二人の職場の同僚に配って回っても余るほどだった。
ちょうどいい機会だと思った。無性に姉の声を聞きたくなった僕は姉に電話を掛ける。長い呼び出し音のあとようやく姉が出た。
「出るのが遅い」
「おーゆーくんごめんごめん、手ぇ離せなくってさあ」
どこか面倒くさそうな姉はそれでも元気な声を響かせる。僕の胸は高鳴る。まるで遠距離恋愛しているかのように。平静を装い声をかける。
「久しぶり」
「えっ、そお? あー、まあ久しぶりっちゃ久しぶりか? で、何? 今ちょっと手空いてないんだけど」
姉の声は久しぶりの会話に歓喜する様子はみじんもなかった。僕は軽いショックを受けたがそれでも話を続ける。
「肉。ありがたく頂戴しました」
やっといつものはじけるような姉の声が聞こえてきた
「あ、美味かったでしょう! あたしが仕留めて、あたしがバラして、あ、でも冷凍は猪川のおっちゃんだけどね。まあだいたい自分でやったんだ」
「美味かったけどさ。多いわあれ」
その時遠くから「まーちゃんなにやってんのー?」と年かさの男性が大声で呼ぶ聞こえ、やはり酔った男性たちの爆笑が聞こえた。姉は受話器を手でふさぎ「弟から電話なのー!」と叫んでいるが丸聞こえだ。一同はまた爆笑し「あー、弟かあ」「自慢の弟ねー」「あのあれか、目に入れても痛くないって弟か」「命の恩人なんだってな」「ゆうくうーん」などと口々に言っている。僕は一気に不愉快になった。
「それでえっとなんだっけ?」
大人げないが、僕の声は少しとげとげしかったと思う。
「美味かったけど、量。多すぎ。四分の一くらいにして」
「おー、美味くて良かった! じゃ量はほんのちょびっとにしとくね」
「よろしく。あと何? 何してんの今?」
「あー、猟師のおいちゃんたちと飲み会。騒がしくしてごめんね」
「大丈夫なのかよ、そんなおっさんたちいっぱいうちに入れて」
「何? 心配してんのあんた? 可愛いー」
「ばっばかっ! そんなこと言うならもう心配なんかしてやんないからな」
「はいはい。おいちゃんたちすっかり枯れてるし、猟のことしか考えてない熱く燃える
「あ、ああ。たまには電話くらいしてこいよな。メールも写真もすっかり来ないし。だから今日は姉さんの元気な声が聞けて嬉しかった。」
数年ぶりの姉の声に胸躍らせる僕の言葉に一瞬の沈黙が流れる。いかにも何か言いたそうな間が開いた後、姉はため息を吐くように言った。
「あたしも優斗の声聞けて嬉しかったよ…… すっごく」
急におとなしい声になった姉の声が懐かしかった。それはさっきまでとはまるで違ったどこか懐かしい甘い響きだった。
「そか…… な、なんかあったのか?」
だが長年の経験がそうさせるのか、姉弟の繋がりだからこそ理解できるのか、姉は言いたいことの全てを口にしているようには全く思えなかった。
「……ふっ、なあんにもないよー。順調順調。山村暮らしホントに楽しいしね。じゃまた。急いでるから電話切るよっ」
それに返事をする間もなく電話はぷつりと切れた。
その翌々年の秋、少しのアケビと共に同封された写真には、獲物のイノシシを背に、姉と肩を組むひげの濃くて姉より若い男性ハンターが満面の笑みをたたえて写っていた。僕には程遠いがほんの少しイケメンだった。
――了――
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