第51話* 牧場

 僕と彩寧が結婚してからも姉はきっちり月に一回の割で僕たちのマンションに遊びに来た。


 ほどなくして彩寧が妊娠した時一番に喜んでくれたのは誰あろう姉だった。姉は彩寧と一緒にはしゃぎながらベビー服を選んだり、産院に入院した時は着替えを持ってきたりとそれはもうかいがいしく面倒を見た。そして十二月に長男の冬樹が誕生すると写真を撮りまくって両親に見せ、職場でもまるで自分の子であるかのように自慢していたそうだ。


 僕はその姿に胸が痛んだ。姉は重篤な子宮筋腫によってわずか二十七にして子宮を全摘していたのだ。卵巣機能も失われている。これが姉の病によるものなのかは未だ定かではない。今にして思えば姉は自分の子の代わりとして僕と彩寧の子になにがしかの思いを投影していたのではないか。そんな気がする。


 翌々年の四月に次男の春樹が生まれた際も姉の献身は並々ならず、冬樹の面倒をよく見てくれた。その際僕の家で冬樹を真ん中にして川の字で僕と姉は寝た。これくらいの夢を見せてやったっていいだろうとの思いだった。


「ほんとに夫婦みたい」


 冬樹の広い額を撫でながら嬉しそうに姉は言った。


 冬樹が五歳、春樹が三歳の春、僕たちはバーベキューに行った。以前に姉と二人で行ったグランピング場がある引退競争馬牧場の隈原牧場「シェアト」だ。岩山パークランドは春樹にはまだ早いという理由もあったが、僕の言葉に彩寧が興味を持ったからだった。姉は賢明にも口出しをしなかった。


 姉は相変わらず馬の餌やりにパニック状態になり馬と係員を困惑させた。そんなになるならやるな。馬車で牧場を一周して気持ちの良い風に吹かれたり、やはりお絵描き教室で子供たちに絵をかかせたりする。そしてグランピング場で僕は懸命に肉を焼き彩寧と子供たちと姉はこれを腹いっぱい食べた。姉は終始いつになく満ち足りた表情で僕の心の底に引っかかる。そして僕たちの写真をいっぱい撮っていた。そしてその姉は妙にでかいバッグを持って来ているのもなんだか気になる。


 姉も連れて「シェアト」から帰宅して大の大人三人で大騒ぎして息子二人を風呂に入れると二人はたちまち眠りこけた。僕たちはほっと一息つく。


「ねえ、いいかな?」


 姉はそのでかいバッグからロング缶六本パックとバーボン一瓶を取り出した。


「それで自分の車で来なかったのか。僕をドライバーにする気だったんだ。本当に呑兵衛だな」


「まあまあ、今日は大事な日だからさ。景気づけにと思って」


「大事な日?」


「そっ」


 いつも通りに見える姉のいたずらっぽい目の奥は何かに怯えているようで僕まで不安になってくる。


 姉がビールを開けると彩寧が残りのビールを冷蔵庫に入れ、僕たちにはジュースを持ってくる。姉はあぐらをかいてビールを一気に半分飲み干すとため息を吐いて盛大にげっぷをした。


「おっさんかよ」


「ふふふ、なんとでも言いたまえよ」


 姉はバッグに手を突っ込んで何やらまさぐる。まだ何か入っているのか。なぜだろうか、僕はその中身を見たくなかった。


「これさ、二人にも見てもらって参考にしたいんだけれど……」


 五センチくらいの厚みはある紙の束、おそらくは何かのパンフレットが僕たちの前にどさりと無造作に置かれた。


「な、なんだよこれ……」


 一番上のパンフレットの表紙を見ただけで僕は凍り付いた。


「うん、姉ちゃんどっか遠いとこに移住しようと思ってね」

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