第49話* 婚礼

 僕のマンションから姉が出ていき、彩寧が入居するようになると、いよいよ結婚に向かって話は進みだした。


 僕と彩寧は姉を呼んで来年の3月に結婚することを告げた。姉は大喜びして僕たちを祝福した。その姿に僕たちは胸をなでおろす。が、姉が辞去する際、僕でないと判らないほど微かに寂しげな表情を浮かべたのに、僕の胸が音を立てて痛んだのをよく憶えている。


 そして結婚式と披露宴の当日、僕たちの婚礼を誰かが呪うかの様に前夜半から季節外れの吹雪が吹き荒れていた。おかげで牧師の到着が遅れるわ、親戚の車が吹き溜まりに突っ込み身動きが取れなくなって式を欠席するわと大混乱をきたした。


 いざ式が始まると主役となるはずの僕たちの次に、いや、僕たち以上に耳目を集めたのは誰あろう姉だった。


 結婚式での誓いのキスのあと、僕の目は自然と姉を探す。姉は力を入れた握りこぶしを膝の上に置き、うつむいてじっと床を見ていた。式の間、必死に何かに耐えていた姉は、披露宴が始まってウエディングケーキ入刀の瞬間、しゃくり上げながらぽろぽろと涙を流し始める。姉の涙は止まらず、僕らがキャンドルサービスに行くとひときわ強く泣いた。


「姉さん、みっともないぞ」


 と僕がからかうようにたしなめると、


「うるさい」


 と姉は鼻をすすりながら真っ赤な潤んだ目で僕をにらみつけた。


 これは失敗だったかもしれないが、花束贈呈で僕は両親だけでなく姉にも花束を手渡すことにしていた。案の定姉は顔をくちゃくちゃにして号泣した。


「今までありがとう」


 と姉に言うと


「うんっ、うんっ。姉ちゃんもっ、姉ちゃんもありがとうだよっ」


 と何度もうなずきながら涙を流して言うのだった。


 そのあとの2次会3次会と僕や彩寧はお互いの医局の人たちに連れ回されて飲まされてもうぐったりだった。


 日付もとうに過ぎた頃ようやく僕と彩寧は開放され、部屋に戻ることができた。彩寧はシャワーを浴びて着替えると、何やらぶつぶつ言いながらそそくさとベッドに潜り込みすぐに寝息を立ててしまった。僕もシャワーを浴びてベッドに入る。


 ところがふっと目が覚めてしまう。時計を見るとまだ3時半だ。だが眼が冴えてとてもじゃないが寝直すなんてできなさそうだ。飲み過ぎたのかもしれない。だがそれとは別に僕はある予感に駆られる。服を着替えダウンを着て僕はホテルを出た。吹雪はすっかり収まったものの深々と雪が降り積もる深夜だった。


 ホテルの自動ドアをくぐると同時に携帯が鳴る。2コールで僕は出た。


「よっ」


 姉の声はどこかまだ鼻声だったような気がする。


「よっ」


 と僕も軽く答える。


「駐車場においで」


「駐車場?」


「そっ」

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