第47話* 過誤
だめだ、流されてはいけない。これ以上過ちを繰り返してはいけない。僕は心を鬼にした。普通の弟だったら鬼になんてならなくてもいい当たり前の案件なのだけれど。
「姉さん、今日は何もしないからな」
「えっ?」
姉は意外そうな顔になる。
「何もって、何?」
「だから、退院日の夜…… 何も憶えていないんだけど……」
「だよね…… 何も憶えてないって言ってたよね……」
ふと視線を外してクスリと笑う。
「じゃ、教えてあげよっか。あの晩ね…… あんた……」
姉が僕の頬を思いっ切りつねった。
「一人でとっとと寝ちゃったんだからねっ」
姉の手に力が入る。
「いってーっ!」
「一人でさっさとマッパになってパジャマ着てさ! 一人で勝手にベッドに潜り込んでガーガー寝ちまったんだからね!」
「
「『据え膳食わぬは男の恥』でしょ! 恥なのよ恥! あんたは男の恥! 恥の男!恥男よ恥男! これからあんたのこと恥男って呼ぶからね恥男!」
「
「あたしたちは特別な姉弟だからいいの!」
「
姉はようやく僕の頬っぺたから指を放してくれた。
「ふーっ、いやしかしよかった」
「なにが」
「僕たちがしなかったこと」
「なにがよかったんだよ。最悪だよ。千載一遇のチャンスだったのにさ……」
「そんなチャンス要らない」
姉はベッドに横になったまま服を脱いでパンツとキャミソールのいつもの格好になってベッドにごそごそ潜り込む。僕もバスローブに着替えてベッドに入る。フットライトを残して明かりを消す。
薄暗がりの中で姉の目が光ったような気がした。
「ねえ、抱きしめて」
僕は黙って姉を抱きしめた。酔った身体が火照っている。姉が僕にきつくしがみついてくる。その姉の行動には応えず僕たちは姉弟なのにきつく抱き合って眠りについた。まるで愛しあう恋人同士のように。
朝、目を覚ますと姉は隣で高いびきをかいていた。額と頬と鎖骨に口づけをすると僕は着替え、起きるまで姉を眺めていた。色々なことがあった。本当に色々なことがあった。あの頃から姉は僕に姉弟のそれとは違う愛情を抱いていたのは薄々以上に気づいていた。今ではその想いを全開にして僕に詰め寄ってくるが。
じゃあ、僕の思いはどうなんだ。僕は自分の胸の内から目をそらした。
「寝ているときは天使なんだけどなあ」
僕はつぶやく。
「起きてる時は大天使じゃん」
にやっと笑って目を開ける姉。
「聞いてたのか」
「ふふっ」
「朝ごはん食べに行こ」
「うんっ」
姉はぱっぱと着替えて顔を洗って簡単にメイクをするとブッフェスタイルの食堂に行く。
「取り過ぎるなよ」
「判ってるよ」
判ってなかった。明らかに食べきれない量の料理をてんこ盛りにして、満面の笑顔の姉。僕はほとんど取らなくて正解だった。
「なんだよ、前に東京に行った時とおんなじじゃないか。学ばない奴め」
「だあってえ、みんな美味しそうなんだもおん」
そんな甘え声には引っかからないぞ。すごく可愛いけど。
すぐに食べきれなくなった姉の余った料理を食べながら、昨晩のことを反芻していた。良かった。過ちを犯していなくて本当に良かった。
でも心の内ではどうなんだろう。身体では過ちを犯していないが心ではどうなんだろう。僕はまた自分の心から視線をそらした。
こうして僕たちのお泊りデートは終わった。姉は相当疲れたようで、帰宅するとすぐベッドに潜り込んで爆睡してしまった。悪いことしてしまったかな。
そして翌週、姉の引っ越し日が来た。
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