第46話* 客室

 僕は驚いた。


「これっ、スイートかよ!」


「いやあ、スイートは埋まっててさあ、エグゼクティブになっちゃったんだよー」


「大して変わんないだろ! いくらしたんだよ!」


「だって最後の思い出じゃん。金に糸目はつけないさ。詐欺にあって以来堅実に生きてきたからねえ」


「なにが堅実だよこんな散財しやがって。げ、しかもダブルかよ! 何やってんだよ!」


「どうせ同衾どうきんするんだからいいじゃない」


 おどけながらもどこかしら妖艶な瞳を投げかける姉。


同衾どうきん言うな!」


「ほらほらバスルームガラス張り。さすが判ってるねえ」


 どや顔の姉。


「何がだよ! やだよこんなの!」


 失敗した。疲れてたこともあって油断して姉に全てを任せたのが失敗だった。僕は激しく後悔した。記憶にないとはいえ既に一度禁忌を犯した僕に再度過ちを犯さずに済むか自信がなかった。気が重い。が同時に自然と鼓動が早まる自分がいるのも確かだった。


「さ、レストラン行こ」


 そんな僕の思いを知ってか知らずかいつにも増してはつらつとした姉は僕を誘う目をする。


「あ、ああ」


 レストランでフレンチのコースを食べる僕たち。姉は初めての経験だったので、色々僕から教わりながらぎこちなく食べていた。


 客室に戻ると姉はパパっと服を脱ぎ捨てる。


「さーお風呂おっ風呂ぉー」


「だから弟の目の前でストリップすんな!」


「いいじゃん姉弟なんだからさあ」


 姉はニヤリと笑うと服を脱ぎ捨てたまま素っ裸でバスルームに飛び込む。まあ確かに見慣れた姿ではあるのだけれど、今の僕には刺激が強すぎる。しかも小さくともユニットバスではなくガラス張りのバスルームなので丸見えだ。僕は目をそらしてずっと窓の外を眺めていた。が、一度だけちらりと覗いてしまった。立ってシャワーを浴びている姉と目が合う。姉はまたニタッと笑うと変なポーズをとってこっちを向こうとしたので、僕は急いでそっぽを向いた。


 次に僕が風呂を浴びたが姉にガン見をされて生きた心地がしなかった。


 そのあとラウンジに行こうと姉に誘われたので一緒に行ってみると、なんとバーラウンジだった。


「いや、やめよう。帰ろう。戻ろう」


「えっ、なんで?」


 表情の硬い僕に素で返す姉。僕は姉の退院日にバーで飲み過ぎた挙句の酔態を思い出した。これ以上過ちを繰り返すわけにはいかない。


「この前みたいに飲み過ぎたくないからさ」


「ちゃんとセーブすればいいじゃん。変なの。ねっ、早く行こっ」


 姉は蠱惑的な目で僕を魅了する。僕は姉に引きずられるようにバーラウンジへ連れていかれてしまった。こうして流されるのが僕の悪いところなのは判っているのだけれど。


 姉の言うように僕は慎重に飲んだ。一方で姉は相変わらず全力全開で飲んだ。その姉は終始僕に笑顔を振りまく。それが僕にはとてつもなく愛おしい。治療できてよかった。本当に良かった。


 バーラウンジから姉は僕に寄りかかりながら客室に帰った。ニヤニヤへらへらしながら時にはしゃいで僕にしがみついたりする。


「うぇーい!」


 客室に戻るなり姉はダブルベッドにダイビングする。これは相当酔ってるな。


「あははー、なんかぐるぐるするー」


 やっぱり。 


「優斗もおいで……」


 仰向けに転がった姉がこっちを見ながら言う。


「あ、ああ……」


 僕も横になる。僕ら姉弟の視線が絡み合った。

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