第44話* 依存
姉が引っ越し先を見つけるまで、結局2か月半もかかった。姉はどの物件を見てもあら捜しをするように不満な点を見つけ、ずっと不動産業者を困らせていた。
その間食事や弁当は姉が作ってくれるのはとてもありがたかったが、そのお礼として一緒に風呂に入ったり添い寝したりすることをしれっと要求してくることには閉口した。が、3回に1、2回は僕もその要求を呑んだ。姉は「新婚さんみたいでキュンキュンするぅー」とご満悦だったが、それをたしなめる僕も次第に姉に依存しつつある自分を自覚しつつあった。
なのでようやく引っ越し日が決まると早速、姉が今度こそ本当に最後のデートに行こうと切り出してきたのも、当然のことだったのかもしれない。姉が要求してきた日は連休だったし、奇跡的に当番も入っていない。僕は困ったような渋い顔をしながらも胸が高鳴ったのを覚えている。
僕は表向きは不承不承うなずく。
「イェーイ!」
姉はもろ手を挙げて快哉をあげた。
小岩井牧場は昔行ったことがあったので、今回は穴場的である盛岡市の北部近郊にある隈原牧場「シェアト」(※)に向かった。
受付を通り抜けると、そこは青空と寒風と紅葉と馬たちの世界だった。平日だからか人影はほとんどない。
「おおーい! 早く来いよー!」
姉は1人駆け出すと振り返って笑顔で僕に叫ぶ。
「おお!」
僕も駆けて姉に追いつく。走る姉の姿なんて20年以上ぶりだろうか。あの頃からもう姉と杖は切っても切れないものになっていた。そう思うと感無量だ。
僕は姉の背中に追いつくと後ろから肩をきつく抱く。
「んっ?」
天を見上げ涙をごまかす。
「いや、姉さん、まだ寛解だけどここまで改善して本当に良かった……」
「優斗のおかげ」
「いや、僕だけじゃない。全ての医療スタッフのおかげだ。看護師から技師の一人一人に至るまで」
「そうだね」
姉が僕に体重を預けてくる。
「でも姉ちゃんにとってはあなたが一番の功労者だから。MVP」
「うん」
僕たちはしばらくさわやかな山の風に吹かれていた。
ここは「引退競走馬」が余生を過ごしたり、転職するための訓練をする牧場なのだそうだ。競馬のことは全く知らない僕たちだったが、競馬好きには非常に有名な馬も多数いるという。
その馬たちに餌をやるコーナーがあったのでやってみると、意外と意外に姉はビビりだったことが判明した。
「ひぃーっ! ひいぃーっ!」
「大丈夫だって、パッと手を離しゃいいんだからさぁ」
「あのお、あまり大きな声を出されますとお馬さんがびっくりしてしまいますのでえ……」
20歳そこそこの若いショートボブのスタッフに言われても姉の叫び声は止まらない。人参スティックを馬に上げるたびに「ぎゃー!」だの「うわー!」だのいちいち大声を出すので僕は恥ずかしかった。
「お馬さんのもぐもぐコーナー」を早々に後にして牧場を一周する馬車に乗ったり、乗馬体験したり、珍しいものではお絵描き教室というのもあった。ミドルヘアのやせ細った物静かな女性が講師で、それによると姉はとてものびのびした筆致で才能があるという。僕からみたら小学生のお絵かきにしか見えなかったが。
腹が減ったらグランピング。
僕はひたすら焼く。肉肉肉肉野菜肉といった具合に焼く。姉はひたすら食べる。本当によく食べるようになった。やせ細っていた体も次第に健康体重へと近づきつつある。僕は目を細めて姉の食べっぷりを眺めていた。
牧場を出たころには15時を回っていた。
「楽しかったね」
「ああ、楽しかったな」
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