第43話* 虚言
「優斗…… 優斗……」
姉の声が聞こえる。うるさいなあ、また柿の木まで行くのを付き合えっていうんだろっ、僕だってまだ宿題終わらせてないんだからな。あそこのカラスはなんだか不気味で嫌なんだよ。それにロフストランドクラッチだっけ? あれ突きながらそんな遠くまで行けるの?
僕はがばっとベッドから跳ね起きた。
「クスクスクス……」
隣に朝日を浴びる姉が寝ていた。僕のワイシャツを着て。なんだよそれ彼シャツってヤツかよ。僕は自分の格好を見る。普通にパジャマを着ていた。ボタンがずれてるけど。僕は少し安堵した。
姉は横になったままじっとこっちを見ている。慈愛に満ちた目だ。なんなんだ、そういうのって彼氏に向かって投げかけるまなざしだろ。例えば「朝チュン」したときみたいな。
朝チュン!
僕はパジャマの下を確認した。下着を着てなかった。
血の気が引く。
「どうしたの優斗具合悪そう……」
「いやそんなことないんだ、そんなことない……」
「そっか、夜疲れすぎちゃったのかと思ったよ」
「えっ!」
「なに? 大声出して」
「ぼっ、ぼっ、僕はっ…… 一体何を…… したっ?」
姉はきょとんとした顔をする。
「憶えてないんだ」
姉は少しがっかりしたような顔になった。
「不本意ながら……」
僕はうなだれる。
姉は起き上がって僕をそっと抱擁した。いつもの雑で適当でいい加減な姉とは全然違っていた。本当に恋人に対してするような態度だった。シャツの下は恐らく全裸なのだろう。そう想像すると僕はさらに気が重くなっていった。飲み過ぎていたとはいえ自分自身の軽挙妄動に怒りすら覚える。
その姉は僕の背中に手を回し顔を胸に預けうっとりとした声で言った。
「すごっく優しくしてくれた」
何をですか!
「だって病気と薬の副作用に耐えきったらご褒美くれるってあなた言ったじゃない。だからおねだりしたの」
あー、安請け合いしなきゃよかったー。
「だ、だから何をおねだりしたの?」
「ふふっ、憶えてない人には教えない」
「くっ」
僕はまだ少し酒が残っている頭を抱えた。
「なーんてねっ」
姉は突然いつもの姉の声に戻ってパッと僕から身を離す。
「えっ」
「うーそっ」
「嘘っ?」
「きゃははっ、その顔っ。その顔が見たかったのだよー」
「姉さん……」
「あははははっ、なにー?」
「ふざけ過ぎだっ!」
「きゃっ」
僕は怒りに任せて子供の時のように姉につかみかかったら、僕が姉を押し倒して覆いかぶさったような格好になってしまった。
「…………」
「…………」
見つめ合う姉と僕。再びさっきと同じような雰囲気になる。昨夜玄関で抱き合った時の記憶がよみがえってくる。あの後本当は何をしたんだ?
「……いいよ、優斗」
姉は僕の首に両腕を回してきた。僕を誘うかのように。
「だめだ…… 姉さん」
「あなただって本当はだめだなんて思ってないんでしょ……? そんなことくらいわかってるんだから」
「…………」
一体どれぐらいの時間見つめ合っていただろうか。姉は突然覆いかぶさった僕をすり抜けてベッドからストンと滑り降りる。
「さっ、朝ご飯にしよっ。姉ちゃんが作るから文句言わないでよ」
突然いつもの姉に戻り僕は調子が狂った。
「はいはい、手伝えることあったら手伝うよ」
「じゃ、トースト焼いて目玉焼き焼いてコーヒー淹れて」
「それ全部じゃないかよ」
結局僕が目玉焼きを焼いて姉がコーヒーを淹れる。
コーヒーを淹れながら全裸に弟シャツの姉がぽつりと言った。
「なにもなかったからね……」
「えっ」
「別になにもなかったから心配しないでいいよ」
そういう姉は能面のような顔になっていた。
「あ、ああそうか。それなら安心したよ……」
さっきまでみたいにはしゃぎながら適当にいなしていればよかったのに。
本当に嘘が下手だな、姉さん。
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