第41話* 寛解

 梅雨も明けたばかりの蒸し暑い晴天の日姉は退院した。完治には程遠いものの、日常生活に支障がないくらいには充分快復をした。


 退院時に同室のまだ11歳の女の子佐瀬理恵ちゃんに挨拶をする姉。僕は彼女の肩を掴んで、「次は君の番だからね」と強く言った。病状芳しくなく熱に浮かされた理恵ちゃんは弱弱しい笑顔でうなずいた。


 車に姉を乗せ僕のマンションへ向かう。


「初めてきたけど結構きれいにしてるじゃん」


 の姉の言葉にほっとした。実は大変な大掃除をして部屋中をピカピカに磨いておいたのだ。


「何か飲みたいものある?」


 僕は冷蔵庫の扉を開けて姉に訊く。


「コーラ!」


 予想通りの反応だ。僕は苦笑いをしてキンキンに冷やした500mlのペットボトルを取って姉に差し出す。


「ほい」


「にひひー」


 だが懸命になってキャップを回そうとしても開けられない姉。まだ筋力が戻っていない。悔しそうな顔をする。


「開けてゆーくん」


 僕が難なくキャップを開けると、それを受け取った姉は嬉しそうに一気に半分位飲み干し盛大にげっぷをした。


「ここでしばらく暮らしてゆっくりでいいから新居探しなよ。僕も手伝うからさ」


「えっ」


「えっ?」


「ずっといちゃだめなの?」


「は?」


 姉がここを出て行ったら僕はここで彩寧と同棲を始めるつもりだった。


「そりゃだめだよ。僕はここで彩寧と暮らすんだからさ。だから早く出て行ってもらわないと困るの」


「はー」


「なに?」


 僕は少しつっけんどんに言った。


「姉ちゃんはゆーくんがそんな薄情な子になっちゃったとは思わなかったよ……」


 涙をぬぐう仕草をする姉。


「ばっ、ばかっ! なにいってんだよ!」


「3人で暮らすのはダメなの? ほらほらハーレムハーレムぅ」


「はあ……」


「だめ?」


「ハーレムもだめ。とにかく引っ越し先は僕も手伝うから」


「あら」


「なに?」


「またデートができるようになるなんて姉ちゃんうれしい」


「真剣に頭痛くなってきたな……」


「せっかくなんだからさ今日は外で食べようよ。雰囲気のいい店でさ」


「普通に大等舎だいとうしゃでもいいんだぞ。予約とれればの話だけど」


 「大等舎」とは盛岡で冷麺が一番うまい店という人も多い焼肉店だ。観光客はもっと有名なお店に流れることがほとんどだが、大等舎はいつも地元の人の予約でいっぱいだった。


「んー」


「なに?」


「この間お泊りしたときの最後にさ、『バーに行こう』って言ってたじゃん。そこ行きたい」


「じゃあさ、駅前にメキシコ料理屋があって、そこでおなか一杯にしてからバーに行こう」


 気がつけば僕もすっかりノリノリだった。


「いいね!」


「じゃ早速」


「うんうん、善は急げってね!」


 僕たちはここに帰ってきたままの格好で表へと出た。不思議と気分が弾む。

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