第40話* 闘病

 僕たちの賭けは続いた。姉に処方された薬剤の副作用は激しく、全身の浮腫ふしゅ、痺れ、吐き気と食欲不振、激しい眩暈めまいが止まらない。僕が手を取って姉を励ましても、虚ろな表情でうなずくことすらできなかった。あの朗らかな姉の顔から笑顔が完全に消えた。


 だが、そうしたぎりぎり限界の状況も九週間目から少し変わってくる。熱発が消失しはじめ脚の運動機能が回復し始める。それに合わせ少しずつ減薬すると吐き気や食欲不振が若干ながら解消した。それにともない体力も回復し、カメの歩み以下の速度ではあるが姉の病状は改善しつつあった。


「姉さん」


「あ、ゆーくん」


 僕が病室に向かうとベッドに横たわったままかすかな笑顔で姉が迎えてくれる。


「具合どう?」


「まあ最悪よりまだまし」


 そう言うと姉は手を差し出してきた。僕はその手を握る。生きる力を取り戻しつつある姉の手はもう熱で火照った危うさはなく温かで柔らかだった。


「はあああ、生き返るう」

 目を細めて喉を鳴らす猫のような顔で喜ぶ姉。


「大げさなんだよ」


「そんな事ないよ。姉ちゃん、ゆーくんの手にいっつも元気もらってる」


「僕の方こそ…… 姉さんがこうして生きてることが何よりの励みだ」


「えっ、そっ、そう?」


 姉は、そしてたぶん僕も赤くなって互いに目をそらした。僕は何事もなかったふりをして姉の枕元のパイプ椅子に座る。


「と、とにかく姉さんの体力は病気と副作用の両方に勝ったんだ。小さい時から鍛えておいた甲斐があったよ。あの頃はただ辛いだけだったけどね」


「そっか。でもあのリハビリやトレーニングもゆーくんがいたから続けられたんだよ。姉ちゃん一人だったら心折れてた絶対」


「そうかなあ、大した事してないよ、僕」


「ううん、ゆーくんがいてくれただけですっごい励みになったんだ。ありがと」


「今日はもう戻るけど何かあったら何でも言ってね」


「うんっ、ありがと」


 治療チームの中での僕の見方は少しずつ変わってきた。懐疑と侮蔑の念から激しい嫉妬の視線が僕を突き刺すようになった。世の中そんなものだ。そんな中でも数人の僕より若い医師の中には、僕に好感を抱く様になっていった者もいたように見えなくもない。


 だが僕がねたまれそねまれようと好感を持たれようと関係ない。全くどうでもいい話だった。僕にとっての全ては姉を治癒させること。ただその一点だった。


 姉はゆっくりと治癒していく。僕はそれを見つめる。それに気づいた姉も僕を見つめ返す。僕たちは間違いなく幸福だった。

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