第6話
俺はできるだけ早くシャワーを浴びたつもりだった。
「お待たせ」
俺は暗い部屋に声を掛けた。彼女は電気を消していたみたいだ。
「暗すぎて見えないよ」
俺は電気をつけた。
しかし、そこには誰もいなかった。
あれ…。もしかして、幽霊だったのかなと思ったけど、俺のカバンの中身が空だったから、現実だったということが証明された格好だ。スマホも財布もなくなっていた。スマホはiPhone14だ。財布もハイブランドだし、こちらもフリマサイトで売れる。それに、現金が十万くらい入っていた。免許証やマイナンバーカードも入っていたけど、もう、どうでもよかった。二度と使う機会はない。
俺は東京の夜景を見下ろしながら、たった一日で、色々なことがあったとおかしくなった。それにしても、さっきの女性は随分得をしたなと思った。俺がしたことと言えば、ちょっと胸を触らせてもらったくらいなのに。
俺は明日の朝にホテルの従業員に見つかっても恥ずかしくないように、ホテルに備え付けのパジャマを着た。十二時を回る前に俺はベッドに入った。
なぜか涙が溢れていた。
何が待っている訳でもないし、やりたいことも特にない。
冷蔵庫から無料のミネラルウォーターを一本取った。
人生で飲んだ水の中で一番うまかった。
さて。
これから、例の儀式をやらなくては。
俺はカバンに入れていた薬を取り出そうとした。最後の日に使うつもりだった薬が入っているはずだ。すると、目当てのポーチがなくなっていた。そうか。ハイブランドの製品だったから持って行ったのだろう。笑いがこみ上げて来た。あんな物を持っていたら、逮捕されてしまうのに。どうやって処分するんだろうか。
「あーあ。予定が狂った!」
俺は気が付いた。ここで終了の儀式をするのは、さっきフロントで対応してくれた人に申し訳ない。どうしても、人間は思い詰めると視野が狭くなってしまう。俺は人生を終わらせるのをもう少し延期することにした。
「あ~あ。せっかくホテルに来たのに…金もないし。どうやって帰りゃいんだよ!あんな不細工な女に引っ掛かりやがって。まったく!」
俺は久しぶりにテレビを見た。ラグビー、中国のアニメ、お笑い芸人。
チャンネルを変えても、それほど興味を惹くコンテンツはなかった。
スマホがないと何もすることがない。
天井を眺めながら、一日で随分無駄遣いしてしまったと思った。
薬物のことがあるから、警察に盗難届は出せない。
しかし、スマホとクレジットカードを止めなくては。
俺はホテルの人に事情を話して、カスタマーサービスに電話を掛けさせてもらった。クレジットカードを止める手続きをしながら、こうやってまた元の生活を続けるんだろうと思っていた。
それと同時に、真夜中にも働いている人がいると気がついて、俺はますます申し訳なくなっていた。
最後の日 連喜 @toushikibu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます