銀色の兎姫

二国の婚姻 -3

　シェリエンは、ガイレアの普通の村娘だった。

　つい半年前まで、彼女は国境から少し離れた小さな村で静かに生活していた。

　母娘二人で暮らしていたが、数年前に流行病（はやりやまい）で母親が亡くなった。それからは、子のなかった隣の夫婦が面倒を見てくれた。

「シェリエン、あなたに伝えなくてはならないことがあるわ。あなたのお父様は、この国の王子だったの」

　死を目前とした母から、そう告げられた。

　現ガイレア国王の息子、そのとき既に亡かった第三王子が、シェリエンの父なのだと。薄々勘づいていたことではあった。

　彼女の母が亡くなる少し前まで、時折夜遅くに家を訪ねてくる男性がいた。

　必ずシェリエンが寝てからの時間にやってきて、暫し母と言葉を交わす。そして帰り際に、眠っている少女の髪をそっと撫（な）でていく。

　眠っている、と、母とその男性は思っていたが、大抵の場合シェリエンは起きていた。

　それでも、子どもながらに何か事情があるのだろうと思い、寝たふりを続けていた。この人が自分の父親なのかもしれないと、普段より少し早い鼓動を抑え、目を閉じて頭に触れる手の温もりを感じた。

　男性は質素な身なりをしていたが、立ち居振る舞いからはどう見ても身分の高い人物に思えた。

　ある日、戦で第三王子が命を落としたと、村で噂が広まった。

　そのときの母の動揺は凄まじく、シェリエンは直感してしまった。あの人はこの国の王子だったのだ、そしておそらく自分の父だったのだろう、と。

　その後も、彼女の生活は変わらなかった。

　父親について自ら母に問いただすことはしなかったし、母もシェリエンの前では何事もなかったように振る舞った。

　母を亡くしてからも、周りの人たちは優しく、村での生活は不自由なかった。

　自分が王族の血を引いていようと、そもそもここで生まれここで暮らしてきたのだ。これからもずっとこうして生きていくのだろう、シェリエンはそう信じて疑わなかった。

　だが半年前、その考えはあっさり覆されることになる。

　何の前触れなしに、村に王の使いがやってきて言ったのだ。王宮に来てほしい。そしてガイレアの姫として、ウレノスに嫁いでほしいと。

　無理に連れていかれるようなことはなかった。しかしただの村娘であるシェリエンには、王直々（じきじき）の命で来た彼らに従わないという選択肢はなかった。

　すぐに王宮での生活が始まり、上流階級の礼儀作法や隣国の言葉を詰め込まれた。そのうちに両国の和平条約が正式に纏まり、彼女は隣国ウレノスに送られた。

　――こうして、今に至る。

　何もかもが突然すぎて、悲しんだりする暇はなかった。

　とにかく今、安全な部屋で一息つくことが許されている現状に、シェリエンはひとまず安堵する。

　しかし、気を緩められるのは一瞬だ。

　この後は国王一家が一堂に会す夕食の場と、夫との初夜が待っている。