二国の婚姻 -2


 シェリエンは、ガイレアの普通の村娘だった。


 つい半年前まで、王都から離れた小さな村で静かに生活していた。

 母娘二人の暮らしだったが、数年前に流行病はやりやまいで母親が亡くなった。それからは、子のない隣の夫婦が面倒を見てくれた。


「シェリエン、あなたに伝えなくてはならないことがあるわ。あなたのお父様は、この国の王子だったの」

 そう告げられたのは、死を目前とした母から。現ガイレア国王の息子――そのとき既に亡かった第三王子が、シェリエンの父なのだという。薄々勘づいていたことではあった。



 母が亡くなる少し前まで、時折夜遅くに家を訪ねてくる男性がいた。

 彼は必ずシェリエンが寝たあとの時刻にやってきて、母と幾らか言葉を交わす。そして帰り際に、眠っているシェリエンの髪をそっとでていく。


 眠っている、と。母とその男性は思っていたが、たいていの場合シェリエンは起きていた。

 しかし子どもながらに何かを察し、寝たふりを続けた。もしかしたらこの人が自分の父親なのかもしれない――そんなひらめきに速まる鼓動を抑え、目を閉じて、頭に触れる手の温もりを感じた。

 男性は質素な身なりだったが、纏う雰囲気は村の大人たちとは違った。きっと身分の高い人物なのだろうという気がしていた。


 ある日、戦で第三王子が命を落としたと、村で噂が広まった。

 母の動揺は凄まじく、シェリエンは直感してしまう。あの人は王子だったのだ、そしておそらく自分の父だったのだろう、と。



 その後も、日々は変わりなかった。父親について自ら母に問いただすことはしなかったし、母もシェリエンの前では何事もなかったように振る舞った。

 母を亡くしてからも、周りの人たちは優しく、村での暮らしは不自由なかった。


 自分が王族の血を引いていようと、そもそもここで生まれここで暮らしてきたのだ。これからもずっとこうして生きていくのだろう、シェリエンはそう信じて疑わなかった。



 だが半年前、この考えはあっさりくつがえされることになる。


 前触れもなく、村に王の使者がやってきて言ったのだ。「王宮に来てほしい。そしてガイレアの姫として、ウレノスに嫁いでほしい」と。

 無理に連れていかれるようなことはなかった。けれどもただの村娘であるシェリエンには、王直々じきじきの命で来た彼らに従わないという選択肢はなかった。


 すぐさま王宮での生活が始まり、上流階級の礼儀作法や隣国の言葉を詰め込まれた。そのうちに両国の和平条約が正式に纏まり、隣国ウレノスに送られた。


 ――こうして、今に至る。


 何もかもが突然すぎて、悲しんだりする暇はなかった。とにかく今、安全な部屋で一息つくことが許されている現状に、シェリエンはひとまず安堵する。




 しかしながら、彼女が気を緩められたのはほんの一瞬だった。

 腰掛けたソファーがあたたまる間もないうちに、部屋に数人の侍女がやってきて衣服を召し替えられ、連れ出された先は国王一家が集う夕食の場。


 シェリエンは、自分が空腹なのかどうかを感じる余裕さえなく。付け焼き刃の食事作法を見咎められるのではと、終始はらはらするばかりで。

 が、結局のところ晩餐は何事もなく終了した。食卓に異国の姫がいることなど、誰も気にとめていない様子だった。



 残された仕事は、夫との初夜だ。

 こちらは夕食とは違い、何事もなく、というのは難しいだろう。


 ――夫婦となるには必要なことらしいけれど……。


 初夜についてはガイレアの王宮で学んでいた。姫としての立ち振る舞いの講師であった女官から、さも当然という風情ふぜいで淡々と説明がなされた。


 一応理解はしたはずが、正直言えばシェリエンには想像もつかなかった。よくわからないままに、怖いとは思う。しかも相手は先ほど初めて顔を合わせた人物。

 無事に夕食を終えて一旦胸をで下ろしたというのに、こうして次の予定を思えば身体が固くこわばるのを感じる。

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